1章〜神〜
雨は止むどころか、その雨足をさらに強めていた。
瑠璃のいる共同墓地を去りながら、ようやく俺は、涙を拭った。
「ただいま」
いつもなら、返事が返ってくるリビングからは、物音ひとつせず、明け方の日差しが差し込んでいた。
深いため息をつき遊椅子(廃棄物からできたソファー)に座ると、どっと疲れが押し寄せた。未だに現実味が湧かない。
瑠璃の前で約束もしたけど、この後の計画は無に等しい。俺は、つい8ナル前はただの学生だった。だから、情報を集める術などほとんど無い上に、戦闘能力も身体の講義で行った、基本的な護身術と受け身しかない。
「…せめて手掛かりの一つや二つぐらい欲しいんだけどな」
瑠璃の遺体のあった場所をもう一度見てみる。ラウーが2ナル探しても何もなかったのだから……
けど、やらないよりはマシだ。
結果は、必然的だった。何か血以外に異変はなく、どうやって入ったか、なぜ殺したかは全く分からなかった。唯一わかったことと言えば犯人が窓から逃げたということだけだった。窓以外の全ての鍵は閉まっている。
収穫なしか。
大きく伸びをする。
「ん?」
何か落ちている。
偶然にも、日の光が差し込んだ室内で僅かに何かが反射していた。
ー赤いまち針?
針の先には、瑠璃のものと思われる血がついている。
瑠璃の目にまぶたに刺さっていたまち針?…確か鑑定官が、死亡鑑定後邪魔だからといって、自分の隅に置いていたのを忘れていたみたいだ。
地面にぽつりと落ちているまち針は、光をかなり反射している。
ー………?
……鉄じゃない?この国で製造される鉄は、少し硬さが増すような加工のものが一般的で、光を反射しにくいとシュラールで学んだ…
だから、これは………………吸離を近付けると反射し、30cmほど吹き飛んだ。
間違いない。反鉄鋼だ。
この国の貧民街で流通している違法商品、反鉄鋼。吸離から遠ざかるという性質を持っており、法律上製造・販売は認められていない。
これが、犯人のものだとしたら……
「ラブラとの繋がりがある人間?」
始まりの手がかりは掴めた。あとは、行動するしかない。
反鉄鋼のまち針とナイフ、ローグウェイなどの必要最低限のものを持って家を出る。
「いってきます」
虚空に向かって話す。
未だに……「いってらっしゃい」という瑠璃の声が返ってくるんじゃないかという希望を捨てきれなかった。
ラブラは、都心の隅に位置しており、反鉄鋼だけでなく、違法薬物である幻想草や堕落樹なども流通している。
…怖い……
今まで、どんなにお金はなくとも悪行に手を染めた事はなかった。数m先では、同じくらいの年の少女が、ファンタジアを服用して意識を失っており、さらに数m先では死体が放置されており、通る人は、気にも留めなかった。
「やばいやばい…やばい…」
恐怖で足が震える。耳鳴りがする。戻りたい。家に帰って「日常」を過ごしたい。
……でも…犯人を見つけるために…俺は、変わりたい……
復讐するという行為自体が、悪ならもうすでに俺は悪だ。
「だから、」
そう自分位言い聞かせ、フードを深く被りラブラに入り、感じる視線に耐えられず、人目を避けるようにすぐに路地を曲がった。
「あ゛?」
ガラの悪い典型的なチンピラ三人がいて、ゴミを見るかのように睨んできた
「す…すいません!」
「は?意味不?何勝手に俺らウィール組の領域に入ってんだお前…!」
ウィール組?領域?
意味不は、こっちだよ!という思いは飲み込み、
「は…はぁ…すぐ出るので」
刺激しないように……この場をっ!?
「…っはぁ!」
一番手前のガタイのいい男に滑らかな動きで間合いに入られ、殴り飛ばされ、気付いた頃には、壁に叩きつけられていた。
ーー速すぎる…何も対応できない…
「領域に入ったやつの終わりを見せてやるよ」
座っていたリーダーらしき男は、思いっきり俺の腹に飛び蹴りをぶつける。
「…ゲホッ」
血を吐き出した。
ーー殺される
本能的に俺は悟った。
「もう終わりか。じゃ、とっとと終わらせますか」
そう言ってリーダーは、鉄パイプを拾い構えた。
「死ねぇっ!」
ーー!
目を瞑り、死を覚悟した。
ーー?
痛みがない?
目を開けると白い世界だった。どこまでも続くような、雲の中のような場所に俺はいた。
「…俺……死んだ?」
「だとしたら非常に馬鹿馬鹿しいな」
ーー!誰かいる?
振り向くと、空中にあぐらをかく、金髪の男が浮いていた。
「えっと……どちら様?」
「雷の神、シュルフ。神話を読んだことがないのか」
今日が人生で最悪な日だとでもいうような仏教面で、こちらを見下ろしている。
ーー待て待て、どういう状況だこれ?
「言語も忘れたのか、愚民」
「いや…喋れますけど…そのー……シュルフ様が僕に何のようで?」
「力が欲しいか?」
……?話が読めない
「力?」
「このまま戻せば、其方は死ぬ。仇どころか情報ひとつ得ぬままな。だが、其方は強い想いを持っていた。だから、今惹かれ合いここにいる」
「俺の想い?……妹を殺した奴を殺したい?」
「そうだ。お前には三つの選択肢がある。このまま厳正に戻って死ぬか、記憶を消して朝に戻るか、……あるいは、俺の力を借りて、
思いを叶えるか。好きに選べ」
ーー力を借りて想いを叶える……
俺としては、間違いなくすぐに朝に戻りたい。
でも、俺は…俺は、想いを叶えたい。その道が悪であっても。
「…力が…借りたいです」
男は、心底愉快そうに笑った。
「ふっ。思ったより早く決断したな。いいだろう力を貸そう」
そう言うと、男は手を合わせ徐々に開き、内部に青白いエネルギーのかあまりのようなものを意味だした。
「俺の力を受け取れ、そして呪文を唱えろ」
そのエネルギーは俺に向かって飛んできて、体を包み込み、体と一体化した。
呪文:Another World
「じゃぁな」
シュルフのその声を最後に俺の意識は、再び薄れていった。
そして、目を覚ますと、
先ほどの三人がいた。
そして、リーダーが言った、
「もう終わりか。じゃ、とっとと終わらせますか」
そう言って、鉄パイプを振りかざした。
……呪文をっ……!
血を吐きながら叫んだ
「Another Worldっ!」
その言葉を発した途端体が光り、まさに光の速度で、自分の位置は3m程動いていた。
ガンッ!
鉄パイプが、壁を叩く鈍い音が鳴る。
「へ?」
男が間抜けな言葉を出す。
ーーなるほど…?何となくわかった。
「電気や光を操れる……?」
手を男に向け放電するイメージを持つ、
手から出た青白い光は一直線に男に向かい、体をびくつかせ、口からわけのわからない悲鳴をあげさせ、気絶させた。
ーーイメージするだけでいいのか?
そして、残った二人の男に向き直り少し放電し威圧する。
「「ヒッ」」
二人は、息を呑み背中をむけ、暗い路地へと逃げようとする。が、その前に光の速度で、立ちはだかる。
そして、一気に放電!
大きな光は彼らを飲み込み、次に光が消えると、そこには、二人が気絶している姿があった。
ーー勝てた…
「危ねえ…死ぬとこだった」
おそらく、というかシュルフ曰く100%能力がなけりゃ死んでた。
でも、この先は、能力を使えば…少し踏み切った行動もできる。
一歩前進だ。
男たちは、立ち上がる気配がないので、ほっておき、スラムの大通りへと向かっていった。
……この時は、能力があれば無敵だと勘違いしていた。