06 シンリィ
「んで?」
「なんだろうねぇ♪」
トーティアムとシンリィの前に広がる光景…ホールの中、立錐の余地もないほどの人々が踊り狂う狂騒の真っ只中だった。
思わず振り返り、自分達が出てきた『扉』をまじまじと見入った。
鼓膜から脳全体を揺さぶる大音響。
心臓の鼓動を追い込み、これでもかと押し潰す急激なリズム。
ホールはぐるりと松明が灯され、炎が動揺し人々の影が波動する。
気づくと2人は壇上に立っている。
「狂信者集団…のようだなぁ!」
シンリィの耳元で彼がささやいた…というか、相当の大声を耳元で発してやっと聞こえる。
「そうみたいねぇ~!」
誰も彼も仮面をつけ、紫紺の長いケープで男も女も皆同じように全身を包んでいる。
やがて潮騒のように壇上に突如出現したトーティアムとシンリィへ視線が集まった。
音響もリズムも止み、彼等2人に向かってひざまずく。
「なんかと間違えられたかなぁ?」
シンリィがそれでも面白そうに人々を見下ろした。
「シンリィ…」
「うん」
「オディーン教だな」
今度は完全に小声で話し合う。
そこへ仮面とケープを捧げ持った女性が現れた。
2人は手渡させたそれを身につける。
「ともかく、早めに退散しよう」
「ちょっと待って…」
「なんだ?」
「この連中からプリシラ魔窟の情報仕入れるわ」
「危険だ」
「なんとかなるわよ」
再び鳴り出した大音響とリズムに乗って、シンリィは大胆にも群衆のなかに入って行く。
トーティアムはそのまま壇上の隅で、狂騒を眺めていた…
(魔窟の妖魔王復活を祈る狂信者集団……)
夜の闇が全てを呑込み、ホールも先ほどまでの狂騒が嘘のように静まり返っていた。
「どうだった?」
「う~~ん…魔窟に関する限り、あんまり有益な情報はなかったなぁ」
「といいうことは他にはあったってことか?」
「そうねぇ…ないこともない、かな?」
「随分勿体つけるじゃないか?」
シンリィはウィンクをするとスタスタと歩き出した。
トーティアムは黙ってその後についてゆく。
祭祀場を抜け長い廊下に出る。
紫紺の絨毯と暗赤色の壁、明滅し不規則に揺れる火灯は視界を圧迫して息苦しい。
「宝物庫にある古地図があるんだって♪」
「ほう…」
「誰も読めないらしいんだけど、大世界図であることは間違いないらしいわ」
彼女は狂信者達から宝物庫の場所も聞き出していたようだ。
四つ角で一度方向を確認しただけで、迷わずそこに至った。
重い観音開きの扉には、妖魔らしき姿の彫り物がされていた。
「無用心だわね」
抵抗も無く、軋みもせず、シンリィのなすがままに滑る様に開いた。
「罠じゃないか?」
「ん~~~」
彼は腰に隠し持っていた霊笛銃を手にした。
「気配はないわ…」
小声でそういうと、彼女は中へ入った。
左右の廊下に人の気配が無いことを確認し、彼も中に忍び入った。
ぽぽぽっ…
宝物庫の火灯を点けると、彼女は一番奥に安置してある重厚な箱の前に立った。
「この中か?」
「らしいわ」
箱のふたを押し開けると、かすかに蝶番が軋んだ。
「なるほどな…」
中には数枚の絵と、巻物が数巻入っていた。
「絵は……『扉』崩壊以前の風景画ってところかな」
彼はそこに描かれた光景をじっと見た。
シンリィは手近の巻物を解き、その文面に視線を走らせた。
「どうだ?」
「見事に古代文字ね」
「読めるか?」
「ちょっと怪しい文字もあるけど、意訳はできそうよ」
「なら上出来だな」
「で、どうする?」
「絵は置いてゆこう」
「巻物…結構、量あるけど」
「だが、手がかりは多いに越したことはないだろ?」
「了解」
「ところでシンリィ」
「ん?」
「戻れるか?」
「任せなさいって♪」
彼女は得意気に胸をはった。
「?」
トーティアムも口元をほころばせたそのとき、ふわりと視界の隅をよぎる影…?
「どしたの?」
身構えて周囲の気配を探ったが、なにも感じない。
「気のせい…か」
「やだな…脅かさないでよ」
「すまん」
2人は宝物庫から抜け出し、シンリィが先にたって再び祭祀場へ歩き出した。
「!」
四つ角に出たときいきなり彼がくぐもった呻きを漏らした。
反射的に異常を感じて彼女が振り向くと、トーティアムの首に半透明で輪郭がほやけた何かが巻きついていた。
「!」
あやうく出そうになった叫びを呑込み、彼女はじっとその情景を視界に捉えていた。
トーティアムは身もだえし、腕を振り回す。
『何か』が振りほどかれ、彼は、ひゅっと喉を鳴らして呼吸した。
「走れ」
言うが早いか、彼はシンリィの手をしっかりと握って走り出した。
行く手に『何か』が壁から現れる。
彼は咄嗟に霊笛銃を発射する。
霊気の弾丸が『何か』に命中すると、それは床に消えた。
「なに?あれ?」
「たぶん霊体だと思う」
「実体じゃないの?」
「持ってないだろな」
「実体定着できないの?」
「無理っ!」
廊下のつきあたり、これを右へ曲がれば祭祀場へ一直線!
正面に再び霊体が現れた。
「うっ!」
霊笛銃で追い払う。
とそのとき、手を握っていたシンリィがつまずいた。
「大丈夫か?!」
「ごめん…」
と言いながら、彼女は足首に違和感を感じてそこを見た。
「いやぁぁぁぁぁっ!」
遂に悲鳴をあげてしまった…足首が床から生えた霊体の手でつかまれていたのだから、これは彼女に同情するとしよう…
霊笛銃の一撃でその手を振り解き、再び走り出す。
突き当たりで右折したとき、その目の隅に、あの紫紺のケープが数人で武器を持ってこちらへ来るのを認めた。
「やばい」
「早くいこぉ~~」
祭祀場へ駆け込んだ……
「わ…」
彼女が絶句した。
「参ったな……」
そこには彼らを、武器を持って歓迎する狂信者達が待っていた。
【続】