01 今は昔の思い出
代表作にしている『罪業と祝福のKISS』後日譚であり、ダイジェスト版です。
本編長いので、こちらでお試ししていただくのも可。
「コミケ」でコピー誌にして頒布もしました(-。-)y-゜゜゜
漆黒の夜空にあまたの星がまたたいている。
そして今夜はこの星域で数百年に一度の惑星直列を肉眼で見ることのできる夜。
樹木の呼吸、大気の透明度、体感する気温は身の内まで凍えるほど。
あの時以降…皇女が戴冠し新しい世紀が始まった。
彼女は全ての因縁と人心を一新する意味で永きに渡って中心であった政庁と王宮を廃した。
その王宮跡は整備もされず天然自然のなすがままに置かれていたが、今では人々の聖地として巡礼者が多く訪れていた。
星域全てを飲み込んだあの異変……
激しい変容とその裏側に展開された勇士達の冒険と戦いの物語。
すでに伝説となり、事実として語られることのなくなった物語。
「それはそれで、いいだろうよ」
老人は穏やかな表情で手に持った陶器のカップを傾ける。
「そうね…」
「別に語って欲しくてそうしたわけでもないしな?」
「ええ」
老人のかたわらに、栗色の長い髪をやや右側後ろでまとめた女性が穏やかに微笑んでうなずいた。
「みんなも…どこかでこの夜空を見てるわね」
「ああ」
「アラン、マコ、キッカ、ホタル……」
彼女が指折りながら名前を呟く。
「セヴィナ、シンリィ、アプラナ、レキーサ、ピカリア」
彼も軽く瞼をとじて懐かしそうに昔馴染みを呼んだ。そして同時に、
「「皇女ヒナ様」」
静かな時と微風がふたりを通り過ぎてゆく。
「アランと腕比べ…したな」
「ええ。あの時はまだあの子も…」
「そうだった……」
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青々と密集した樹の葉の影から、にじみ出る様にカリュが姿を現した。
4人の前に音もなく着地し、優雅に腰を下ろした。
「剣士のアラン殿、白魔導師のキッカ殿、錬金術師のマコ殿…」
ひとりひとりの顔に笑みを向ける。
「カリュと俺でも、なんとかなるかもしれないが…目的を同じくする仲間が多いに越したことはない…そう考えたんだが…」
「あそこへ行くには…ね」
カリュが男の言葉を続けた。
「貴女達を助けてあげられるか…」
「ちょっと、待って!」
「え~~~っとぉ~、あたし達は足手まとい?」
「今は、ね」
はっきり自分達の未熟を言われ、アランは腰の剣を抜き放ち、カリュに燃える瞳をぶつけた。
「カリュ…試してみなさいよ!」
「勝ったら、つれてけ…かな?」
彼女が男を見ると、彼は小さく頷いた。
「アラン、冷静に」
「やっちゃえ~~!!」
キッカとマコの声援…野次に、アランは戦闘態勢をとる。
外套から左手を出すカリュ…ドラゴングラブが、鈍く光を反射している。
「余裕かましてる気?」
瞬速で間合いを詰め、両手の剣を縦横に舞わせるアラン。
左手のドラゴングラブがことごとく剣を弾き返す。
「あっちゃ~~」
マコは両手で顔を覆った。
「こ~んなに差があっちゃ~ね~」
カリュは立ったまま、微動だにしていない。
対してアランはその周りを駆け回り、跳びまわり、それでも剣先すら届かない。
「わかったよ~~」
アランは急に座り込み、剣を手に大の字に寝転がった。
「修行してくる!!」
カリュはフードの下の艶やかな唇を笑みにかえた。
「それがいいわ」
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「今では宮廷剣士団の将軍様、ね」
「もともと、そういう家柄でもあるからな」
でも…と言いさして彼女は口をつぐんだ。
「俺たちの出会いは必然だった」
「ええ」
「そしてそれが本当の旅の始まりだった…プリシラ魔窟を前にて、な」
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プリシラの魔窟…
オーネの街から2日ほどのところに入り口がある。
大世界の創世の頃は聖地であったという。
だが、この紫の世界に種が蒔かれ、ひとが現れ、先住生物が妖魔というものに変化してゆく過程で、聖地は妖魔の巣窟となった…らしい。
「見てきたようにいろいろ言う奴がいるが、どこまで本当なのかは謎だよ」
トーティアムはホタルを加えた4人に語る。
「カリュも途中までしか行けなかった…手酷く…というか、弄ばれたと言っていた」
彼がちらと背後を見ると、全身をフード付きの外套ですっぽりと隠したカリュがそこにいた。
「随分前の話よ…」
カリュは口惜しそうに歪めながら、そう言った。
「でも…今でもその恐怖は忘れないわ」
トーティアムは席を立ち、カリュの背をそっと抱いた。
「大丈夫……」
小刻みにカリュは震えていた…植えつけられた恐怖が、その時を思い出すたびに彼女にのしかかる。
艶やかな唇から色が失われていた…
外套から右手が現れ、トーティアムの服の裾をつかむ。
彼がカリュを抱きしめると、彼女の唇に艶が戻り、小さく吐息を吐いた。
「……」
カリュの耳元で彼が何かを囁き、彼女はコクンと頷いた。
「すまなかったね」
トーティアムは、呆気に取られその様子を見詰めていた4人に頭をさげた。
「いえ、いいんです」
アランがかすれた声で応えた。
「かなり前の話なんだが、カリュでさえこんな具合なんだ。いろいろな話はあまり当てにはならないと思った方が…」
「賢明ね♪」
ホタルが同意するようにグラスを掲げる。
彼は笑みでホタルに応え、続きを話し出す。
「ただ、この魔窟の最深部に紫の宝玉と宝珠があるという話は無視できない」
「そうですね…ギエンで情報を集めましたけど、ただでさえ神秘的なこの紫世界でも…」
「とびきり、特別の怪しい薫り~~」
キッカの真剣に話し出したのを、マコがひきとった。
「宝珠はともかく、宝玉は全部集めないと…」
思案気なアランに、彼が諭す。
「いや、宝珠もそろえる必要はあると思う」
彼は部屋の隅に立てかけられた、『世界を御する杖』を視野の隅に捕らえながら続けた。
「どうやら…これは、カリュが言ったことなんだが…俺達が出会ったのは偶然ではないらしい」
「?」
「誰かの意志なのか…なにかの導きなのか…宝珠を飾る武器を持つ君たち、そして、キッカ君のもつ『世界を御する杖』」
アラン、キッカ、マコ、ホタルが顔を見合わせる。
アランは赤の世界で生まれ、彼女の持つ長剣の柄には赤の宝珠が光っている。
マコの短剣の柄に、丁度宝珠が埋まりそうな穴が開いている、
そしてホタルの弓も同じような窪みがある。
キッカの髪飾りは、彼女の家重代に伝わるものだが、その中央にも窪みがある。
カリュは外套から自分の太刀を見せた。やはり宝珠をはめ込めるような穴がその柄にあった。
「で、これだ」
トーティアムは上着を脱ぎ、自分の右の二の腕にはめた金属製のアームリングを見せた。
「これは俺の曽祖父のもっと前から、俺の家に伝わっている代物だよ」
リングの中央に金色の宝珠が光っている。
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金色に輝く宝珠のはまったアームリングは彼…トーティアムの右腕にはなかった。
同じように彼女の剣も身近にはない。
あの戦いのあとしばらく経って、完全に星域に静謐が訪れたことを確信したとき揃って皇女ヒナ…即位したヒナ女王へ奉還したのだった。
この星域の永い長い物語……
「ねぇ?」
「なんだ?」
「あの頃、いろんなことあったわ」
「そうだな」
「貴方と彼女たちにも…」
「なかったわけじゃない。だが戦いの中でのことだよ」
「話してくれる?」
「昔話だ」
「いいわよ…聞かせて」
【続】