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息を吹き返した棄老伝説

作者: タカヒロ

魔力量が著しく劣化し始めた2年前と比べると今の私は内外と共に老婆になってしまったと言える。長い間ずっと自分を守っていた鎧はいとも簡単に土の如く崩れ落ちた。もう今の私には魔獣を倒すどころかツノウサギにすら苦戦を強いられるだろう。こうしてみると老いというのは人族の避けられない運命であり、どんな魔獣、魔人よりも手強いそして不滅の敵と言えるのだろう。弱々しい人であったらたとえ老いていったとしてもさして変化を感じ取るのは難しいことだろう。今更ながら弱者を羨む自分にとてつもない不快感を感じる。ずっと弱者を守ると共に感じる優越感と何もできない弱者に対する哀れみの感情は永遠のものであると思っていた。いつまでも守られることしか脳にない奴らを疎んでもいた。そんな人間が今、息子の嫁に捨てられるというのは最高の皮肉であり、救いようのない最期であるというのは口にするまでもない。大森林の奥地へ置いてきぼりになった現在、老いた私には魔獣がひしめく森で生きて帰ることはほぼ不可能に近い。いや、いま不可能に近いと言ったが、これは単なるかっこうつけであり、実際には不可能なのだ。ただ今は数年のうちに力を失った魔術師がただの老婆になってしまった現実を飲み込めないでいるだけである。そしてずっとこの事実を受け止めることのないまま野良犬にでも食い散らかされてしまう救いようのないこれからを憂いているただそれだけなのだ。

それからどのくらいの時間が経っただろうか。ジメジメした森林に耐えきれなくなったため目に入る距離にあった池まで近づき口をつけた。池の周りは他の場所と違い、色とりどりの花が咲いており、華やかな香りに包まれていた。池のほとりにはこの村で信仰されていた女神の像が泥まみれで立っていた。石像の下には女神クレアと彫られた錆びた銅板が埋め込まれている。大昔というほどでもなく、自分が生きていた時少なくとも50年前までは信仰されていた女神も今では若者に忘れ去られて、それを知っている者も少なくなってきてしまった。森の奥でひっそりと立つ泥だらけの女神像は今ではその神聖さも消え去り、少し味のあるオブジェとなっている。ただ、それでもこの場所だけ異様な雰囲気をまとっているのはせめてもの女神としての体裁を保っているように感じる。こんな村の僻地に追いやられてもなお女神としての振る舞いを失わないのは力を失い捨てられた老婆には眩し過ぎると同時に尊敬した。その胆力に敬意を表して私は今にも尽きてしまいそうな体の力をかき集めて女神像に近づき池の水で泥をきれいに落とした。長い間でついてしまった傷や汚れは落ちなかったが、老体でできる最高の手当てをしたと思う。その後体の中の力はなくなり、池のほとりに横たわった。女神クレアはこんな老婆も救ってくれるのだろうか。少し厚かましいかもしれないが来世ではいい死に方ができるようお祈りをしよう。そして目をつぶった。

白いモヤモヤが覆っていてうっすらと前に人が見える。そこは一面が白くこの世ではないことが一目見ればわかる。目をこするとぼやけていた目の前が少しずつ鮮明になっていく。白いモヤモヤははけていき光が差し込む。それは日を覆う雲が流れて日がさす光景と同じ感覚である。そしてついに視界が開ける。その目の前に立っていたのは自分よりも幾分小さな子供だった。ただ、後光さすその姿から普通の子供でないことは一目瞭然である。

「ようやく目を覚ましたか。ソリア村の守護者マリアよ」

白い布を見にまとった幼女は私を待ち望んでいたかのような目をして語りかけた。あなたは一体誰なのか。それを聞くには及ばない。なぜなら少し大きさは違うもののクレア像にそっくりな大きな目と真っ直ぐ伸びた長い髪は正体を聞くに及ばない。

「あなたは女神クレア様ですね。私にどのようなご用でしょうか」

私はひざまずき頭を下げて言った。彼女は私に女神像をきれいに手入れしたことに感謝を述べた。そして信仰が廃れかけていることをひどく悲しんでいた。女神感覚で少し前まで村人全員に厚い信仰を集めていたのにも関わらず最近では全く信仰が廃れてしまった現実をいたく憂いている。そんな中まだ自分を覚えていてくれた私は女神に合った言葉かわからないが救世主だったらしい。ただ、そんな救世主もこの森林で遠くない未来朽ちていってしまう。二人にとって救われない未来を語ろうとした。

「今からお前様を若返らせる。だから聞かせてほしい、お前は力が戻った時何を目標とする」

「え?」

女神はその姿からは想像もできないほど淡々と話す。私は年齢にそぐわない声が漏れてしまった。女神は私を若返らせると言っている。そして若返った際に何を成すのか問うている。長く生きてきても飲み込むことのできない状況に答えることができないでいると再び女神は問う。私は状況を飲み込むことのできないまま若返った自分を想像する。そしてすぐに浮かんだことを口に出していた。女神は少し驚いた顔をして私の目を見た。

「本当にそれでいいのか。息子夫婦への復讐も望まぬのか」

「ええ。彼らには彼らの時間がありますから」

「優しいんだな」

そっと微笑むと彼女は私の頭に手を置き撫でた。頭を撫でられるのはいつ以来だろうか。久々の温もりを感じて目を閉じた。

「樹木たちに願う汝を再び咲かせよ」

暖かな日が私を包み込む。その中で樹木に全てを捧げた。

目を覚ますとそこには長い間生きてきて見てことのない景色が目に広がっている。それも当然である。私は村の守護者として長い間生きてきた。そのため村から出たことは一度もない。ずっと運命に縛られていた私はついに解放されて自由の身になったのである。水たまりに映る自分の顔は昨日までの皺だらけの老婆ではなく若々しさに満ち溢れた新緑のような顔をしている。どうやら女神の施した秘術は成功したらしい。私は立ち上がり、大きく一歩を踏み出した。これから私は旅に出る。それこそが願いなのだから。

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