浜崎の物語 JJに借りたもの
この長編中の短編第3弾 何回も繰り返し巻き返し 注意書き 登場人物は全てコンボジョンイメージ 複数の人物をミックスしております ナゼその名前なのか 他の短編で明らかになります この短編の主要人物を巡りやや尾籠な表現が出ていますが この人物のクセが 幼少期から晩年に至るまで他の短編の重要な伏線になっておりますので 悪しからず ご了承下さいませ
①師走の雨はただひたすら寒かった 漁師か夜釣りの客が着込む様な厚着をしていても上着の中まで雨水が浸透していた 鉄道高架橋ガードの下で原チャリを停める よる夜中で昼間でもあまり人通りがない道だった ささっとズボンを下ろし立ちションを済ませた ここ浜崎は公園にもなかなかトイレ公衆便所を備えているところがなかった 勢い人気ひとけのないところで済ませる事が多くなる しばらくこのガード高架橋下で雨宿りをする事にした 棒の様な雨が降り注いでいた 一向に止む気配が無い 舌打ちをする こんな日は夜店に集金をかけてもあまり払われる事はない まぁ夜店の方としても雨の日は商売上がったりで お客さんが来たと思ったら集金人だったりじゃ やってられないだろう 事務所の方は一日でも早く取り立てる様にはっぱをかけるが ソレもお客様の機嫌を損ねる事なく上手くやれと 無茶振りをする もう二年近くもこんな生活をしていた もういいか やれるだけのことはやった ふっと体から何かが抜け出た心地がした ここら辺で限界かな 自分に引き継ぎをした前の集金人のおばさんも自分の顔を見ながら まぁ二年保てばいい方やさ と言っていたが 当たっていた様だ 辞めると決めたら早い方がいいだろう にしても腹減った メシ食っちゃうと お通じが近くなっちゃうし眠くもなる 原チャリで事故るのもなんかなぁ
②おい 誰の許可で入り込んだんだ いえ 引っ越しの手伝いでお邪魔したのですが リーダーが裏口に先に到着したかどうか確かめたかったものですから 胡乱な顔で睨みつけられる 正面玄関だけではないのか ソレがワタクシ共にはわからないので 念のため確認させていただきました まだ来てない様ですので 正面玄関の方で到着を待ってみます どうもすみません 建物の敷地の柵越しに アパートメントハウスの中年男性がまだ何か言いたそうに佇んでいたがこれ以上文句を垂らせない様に 正面に移動した
それにしても怪しまれない様に建物の中ではなく駐車場から移動したのに ソレでも文句があるらしい 別件の引っ越しで集合場所の違いからリーダーとすれ違いになってしまい 遅刻扱いにされてしまったので 自分なりに用心したつもりであった リーダーが引っ越し車両を転がしてくるはずだが 大分遅れていた でもまぁ リーダーが日時を勘違いして昨日の内に引っ越しが終わってたという事はないだろう 手伝いの初日がそんなチョンボだった どうもついてないな この引っ越し会社 ソレでもリーダーが到着し ようやく引っ越し作業が始まった
荷物の運び出しの最中 例のクレームを付けた中年男性が 嫌味たらしくフンといった風情で駐車場から車で出かけて行った ソレを横目で眺めながら 何が気に入らないんだろうあの人は そんなことを考えている内に 午前中の休憩タイムが来る 引っ越しの住人からジュースを振る舞われる 首のタオルで汗を拭きながら有り難く頂戴する 一口飲むや否や よう フランク 元気しとったか 声をかける者がいた 何者か 怪訝振り返ると 悪徳警官だった あまり他人の名前や顔を覚えられない自分がキッチリ覚えている 露骨に顔を顰めてみせた 横田にいらっしゃってたのでは 今日はお休みですか 一応下手に出て挨拶をする いやなに横田から浜崎に転勤になってな オマケにマッポからデカに移動だとさ いやぁ 忙しい 忙しい 今日はまた何用ですか おぉ ソレなんだが 近頃 ここら辺の夜道で婦女暴行殺人事件が相次いでおってな パトロールついでの注意喚起でローラーをかけていると言う訳さ ソレはソレはお疲れ様です そんでな 何か怪しい節があったら 知らせてくれないか コレがオレの名刺な あまり有り難くもないものを頂戴する ほんじゃな 又会おう 嫌なこった 心の中で舌打ちする ソレにしても本当にサツと手を切る方法ってないのかな 横田で充分酷い目にあったのに浜崎でもエラい目に遭いそうな嫌な予感がした クソ 縁起でもないやつに会っちまったな なんだ知り合いか リーダーが聞いてきた えぇまぁ 昔の知り合いです 適当に答えておいた
③下宿先は 高架の線路ギリギリに建てられたおんぼろアパートの二階だった ほとんど電車を真横に見る 昼間もさることながらよる夜中はネオンやら電車の灯りやら振動やらで寝付かれそうもない カーテンを閉めてもさして変わらない 目をつぶってもまぶたの裏で明かりが踊る サイアクな環境だった ソレでも前の下宿先よりはマシだった 前の下宿先はシラミこそ大した事はなかったが ウジ虫が大量発生した ともかく衛生状態が大変よろしくなかった ソレに比べたらだが コチラも そろそろ限界かな と思われた 駅から遠くても良いから 公立のアパートメントハウスを狙ってみるか 浜崎市の案内所のお姉さんによると富くじよりは当たる確率は可能性はかなり高いらしい お姉さんの御高説によると 今後一年以内に恐竜を絶滅に追い込んだような隕石が落下してくる可能性と富くじで一等賞が当たる確率では 隕石の落下の方が確率が高いらしい ソレに比べたら 公的なアパートに入居できる確率ははるかに高いと力説していた ホンマかいなと思って応募したらなんと一発で引き当ててしまった もっとも駅からは遠い陸の孤島みたいな所だったが 贅沢は言うまい えっちらおっちら 荷運びを済ませた 引っ越し会社のリーダーからは そろそろ 客先営業をしたらと誘われていた 君のような人間がこれからの営業には必要だと煽ってきていた 集金業務を辞めてから 引っ越しやら工場工事現場メール配達と掛け持ちでバイト生活をしていた なんでも最近の流行語でフリーターというらしかった 元祖フリーターかよ ひとりごちた まぁそこそこの生活はできるものの 身体がきつかった 気のせいか いや 気のせいでもあるまい 息をするのがキツい時もあった 持つかな 騙し騙し身体を持たせる日々が続いていた そんな中で行きつけの屋台のラーメン屋さんから勧められた店がクロノスだった なんでも通称JJと呼ばれるやり手が立ち上げたお店だという オレ達は山手にあるような高級な店には一生に一度しか入れないだろうけど 野毛のクロノスの様な一般大衆店なら 頑張って働けば月1、2くらいは入れる おまけに上玉を揃えていて よりどりみどりだ と言う 騙されたと思って入ってみたら ハマった 参ったな 今月の生活費が 厳しい 苦しいな と 単なる不屈のスケベ魂が言う ラーメン屋のおっちゃんに相談したら しばらく間をおいて 改まった様に 屋台のラーメン屋をやってみないか と言う やる気があるなら屋台のラーメン屋の権利を譲って上げてもいいと言う
自分も年なので近い内に引退したいと思っている 自分は公的にも非公的にもつまりはやっちゃんからも屋台を出す権利を貰っているから 君に譲ってあげても良い と言う事だった 突然の話で戸惑ったが 俄には決心がつかなかった 曖昧なままでは返って迷惑をかけてしまうと思い 決心がつかないと言って その場で断ってしまった その後ひと月もしない内におっちゃんの姿を見かけなくなった あの屋台はどうしたのだろう 何処かへ消えてしまっていた 行きつけの店をひとつ無くしてしまった 彼処のサンマーメンは美味かったのに せめてレシピ位は教えてもらっとけば良かったな 後悔先立たずの見本みたいだった 野毛は自分の住む団地からは少し距離がある 深夜 店を追い出され 列車も走らない時間帯になってしまい やむなくタクシーを利用したら なかなか気の良いおっちゃんが運転手で 話しが弾んだ 弾んだついでに タクシー会社はいかがと 勧誘された なるほど その手もあったか しかし自分は夜は鳥目でよく見えず おまけに運転している内に 無茶苦茶眠くなる 瞬間的に寝てしまい完全に反対車線にはみ出してしまう事がよくあった だから今は運転していない 運転するにも荷運びならともかく人間様を乗せるのは厳しいと思う 運転手のおっちゃんは大変残念がってくれた こんな塩梅で 仕事の勧誘はままあったもののピンとくるものが なかなかなかった 職安に相談したら 先祖代々の浜崎在住者でも今は景気が悪く 3人に1人しか希望する職に就けないという いよいよ切羽詰まってきた
④ブルーローズは蘭世にはまだ早い JJは けんもほろろに答えた 春海もいるし サブで芽唯に入って貰う 話は終わりだ 準備しろ 手を叩く 蘭世は唇を噛み締めていた 納得がいってない様子だった 春海は気の毒そうな表情を見せていたが 決定となったら しょうもない 支度を始めていた 他の選ばれた数人達も 後に続いた 今日も客の入りはまあまあだった 一階は2階まで吹き抜けのダンスホール アルコールやオードブルの提供もあった 自由恋愛の建前で 客は女の子達と話し合いがつき次第 三階4階の部屋へ連れだって消えていくシステムだった しかしながらこの店の最大の売りは
どこぞのアイドルたちよろしく そっくりコピーして開催されている公演だった 客達はこうした催し物を通しても 女の子達の品定めが出来るというわけだった もちろん正式な契約なんぞあるはずも無く 完全なモグリだった 時たま 当局の抜き打ちチェックが入るものの JJはスルスルと検問を通り抜け まんまと逃げおおせていた おそらく検問もザルだったのだろう 私服姿の当局が客の場合もあった 完全な馴れ合いだった 今宵も数人 姿を見せていた 悪徳警官め フランクは心の中で毒気づく 蘭世の姿を探す 見えない もう客をつかまえたのか いや早すぎる 公演はこれからだ 今日は休みか いや違う 番台に名札もありアナウンスもしっかりあった なら何故姿を見せない くそう なけなしの金をはたいて来ている以上 簡単には諦められない 他の娘にチェンジすることも頭を掠めたが 妥協したくなかった いくら商売とはいえ 中途半端な妥協はお互いに傷つくだけだった 当然 人気不人気はあるものの どの娘にも固定客がついていて そこそこ競争は激しい フランクは焦りを募らせていた オーバーチュアが鳴り始め 客達が浮き足立った 蘭世は 目を凝らす いなかった 代わりに 額の秀でたいかにも利発そうな娘が目に入った リストに目を通す 芽唯 めいと読むのだろうか 客達は円卓 丸テーブルに座らされ ホールの端に設けられたステージを仰ぐ様になっていた オペラグラスを使用している者もいた 蘭世はいない サボりだろうか 時たま こういう事がある いつの間にか店から姿を消している娘も珍しくない業界だった 頼む 居てくれ 公演はいいから 通常の客席営業に入って欲しかった 何人か公演の選に漏れた女の子たちの姿が 丸テーブルの客席のあちこちでチラホラ見えていた ひとり近づいて来る女の子がいたので聞いた 蘭世はどこに居る 首を振るだけだった やっぱ サボりか 気抜けしてズルズルと椅子に浅く腰掛けた あたしじゃダメ 君は アタシ あたしはまゆ いかにも純情そうな娘にみえたが フランクは首を振った 君はこの商売に向いていない オレのカンだけどね まゆはくちびるを尖らせて何か言いたそうにしていたが 諦めて他の丸テーブルへと立ち去っていった ちょっと可愛い娘だったなあ あの娘でも良かったかも ちょっと後悔したが もう遅い この場では一瞬の気合いが勝負を分ける 既に機会チャンスを逃がしてしまったようだった 舌打ちする かくなる上は 再び舞台を見上げる メイ だったっけ あれを 数刻後 指名客の中からメイが選んだ五人のうちのひとりがフランクだった あまりにも真剣な顔をしていたから 怖いくらいに ほんとは誰がお目当てだったの 一通りの事を終えた後尋ねてきた ほんとは話すべきではなかったのだろうが つい 口を滑らせた 蘭世ね あたしも良く知ってる娘だわ でもあたしも負けていないでしょ フランクに背中のジッパーを上げて貰った後 ついと 舞台の上の様にポーズをとってみせた バレリーナ崩れか そう直感した 部屋を出しな フランクの背中に掌をぴとりと乗せて言った 今日は思いのほか忙しなくて ごめんなさいね 次回はもっとサービスするから又遊びに来て下さいね そんな芽唯の声に推される様にして 部屋を出て階段を降りていった いつの間にやら 蘭世から芽唯に推し変したとウワサされていた 蘭世がこわいの 数回の手合わせの後 芽唯が尋ねてきた 気まずい事は確かだ ふとした瞬間に目が合った時の 表情がこわい 蘭世もまだまだね お客様に気を遣わさせてしまって 気を遣わなければいけないのはあたし達の方で お客様に気を遣わさせてはいけないのに フランク あなたが気遣う必要は無いのよ せめてあたしに会いにいらした時はゆるりとお過ごし下さいな
⑤しかし まさかまさかの事があるもんだなぁ 悪徳が首を振った 何かあったんですか 前にも来た事のあるアパートでフランクは引っ越しの手を休めて話しかける よぉ フランク パトカーのサイレンが行き交う中 顔を顰めてみせた 前に話したっけ 例の婦女暴行魔 何か聞いた事があるような気がします 何が聞いた事あるような気がするだよ 奴さん捕まったぜ ソレはそれは良かったデスね お疲れ様です 疲れるのはこっから先だよ 奴さん このアパートの自治会の世話役で地元の自治会を牛耳ってた親玉だった 人一倍犯人捜査にご協力って アチラこちらで顔出ししてた サツの上役や仲間たちも奴さんに気を許して 情報の提供までしてたんだ 道理で するするスルスル 我々の捜査の裏をかいて 犯行に及んでた訳だ 何で犯人を割り出せたのですか なに今回は暴行したのは良いが 殺しそびれて 面が割れたというわけさ オマケになんだ 海の向こうの秘密兵器っつう 監視カメラに奴さんの顔がバッチシ 写ってたってわけで ハイ決まり という事さ オレ達の上司もクビが飛ぶなり 田舎のサツにとばされたり 処分が下されそうだ ソレにしてもなんだって犯人はお前さんじゃなかったんかなぁ お前さんだったらさっさと縛り首にでもして なにもかも綺麗さっぱり解決してたのになぁ 周りも皆んな納得づくだったろうになぁ ジョーダン フランクは心の中で叫んだ 言ってもいいジョーダンとそうで無いやつがある しかし サツの面前であまり態度を悪くすると後で何をされるかわからない ただただ卑屈な笑みを浮かべて屁を堪える 運良く浜崎に残れたら 又会おう 悪徳はまたしても首を振り振り立ち去って行った 嫌なこった 心の中でベロを出す リーダーが口を出した このアパート 大蔵省の管轄らしいぜ 入居者も大蔵省のお役人らしい でも今回の事件で このアパートの売却が決まったらしいぜ 近々このアパートも取り壊しされて更地になるそうだ なーるへそ 頭の中で得心した 道理で悪徳が見廻りに来たわけだ 大蔵省のお役人相手にゴマすり 油を売ってたってわけかい ざまあみい 心のうちでほくそ笑んだ しかしまさかアレがなぁ リーダーがひとりごちた 何がですか ほら前に引っ越しを手伝った時 文句を垂れてきた奴がいただろう まぁ一人いましたけど リーダーの所へも来たんですか あーたらこーたら愚にもつかぬ事を言ってきたんだが ソイツがホンボシだったんだって コワい世の中だよなぁ フランクも口をアングリさせた まさかまさかなぁ 悪徳の気持ちが少しわかった様な気がした
⑥フランクがリングァフランカを話せると知って店のボーイや女の子達がフランクを頼りにする様になっていった 店の客筋に次第に外国籍の人間が多くなってきたからだ もっともフランクの場合 やまと言葉をリングァフランカに訳する事はなんとかなったものの リングァフランカをやまと言葉に直す時に難があったが 女の子達の中で芽唯が少しリングァフランカを話せたが達者とは言えず芽唯もフランクと次第にリングァフランカで話しをすることが多くなってきた 本人の自覚もさることながら JJの意向も働いていた 春海と並んで芽唯を店のスタッフとして育てようと目論んでいたからだ 浜崎という土地柄から必然的にリングァフランカが必要になってきたからでもある 芽唯は理数に明るく店の経理も任されるようになっていた 春海はもっぱら女の子達の教育係兼まとめ役世話役といったところだろうか 蘭世とは たまにサポと称して同伴出勤に付き合うことが有った 大抵の場合喫茶店で暇潰しをする事が多かったが
この間は出勤前に寄り道したい所があると言われてついて行ったら 屋外で占い師に占って貰いたいと言う話だったが あいにく占い師が不在で 蜻蛉返りしただけの時もあった 蘭世がね 駅のホームでつまづいて転んだのよ あたしもね なんもないところでなんで転んだのよ と言った覚えがあるんだけど ちょうどその時 あたし達の近くを通り過ぎたのが アンタってわけ 全然覚えがないんだけど あたしもね蘭世が打ち明けるまで何も思い出せなかったわよ まぁ早い話 蘭世の一目惚れってわけ そうなのか 超ウルトラプライドの高い蘭世が言ってるんだから間違い無いわ アンタもまぁ 見る角度によってはまぁまぁ イケメンに見えなくもないしね 春海がウィンクしてみせる 下手くそだったが 当時はね 蘭世とアタシはあの駅の近くのアパートで同居してたのよ 今は違うけどね 蘭世がウチの店に入って来たばっかりの頃で JJから教育係も兼ねて蘭世と同居する様に指図があったのよ まぁコレまでも何人か同居した経験があったから いつもの事だったんだけどね 店の寮みたいなもんね オレは今もあの近くの丘の上の団地に住んでいる あの駅だったのか 踏切のすぐそばにキャベツの千切りが美味いトンカツ屋があるだろう あぁあの店ね アタシ達もたまに店に入ったり テイクアウトでトンカツを持ち帰ったりしてたわ なんでその近辺で会わなかったんだろうな そうね クロノスで再会しなければ別な展開があり得たかもね 初めの頃は蘭世は如何にも自信がなく頼りが無さそうに見えていた 店の中でも いつも春海の周りにまとわりついていた そんな蘭世が気になり 何度か指名をしていくうちに馴染みになった 蘭世の指名が立て込んでいる時は春海を指名していた 蘭世の勧めもあったが 蘭世とはまた違ったタイプに興味があったからだ いいオンナと言い切るには若干躊躇いがあるものの 確実にいいヤツとは言い切れる自信があった 何でも年末忘年会で店の打ち上げの席で床の上に座り込んでJJと肩を組んで歌を歌ったという 蘭世がとても驚いていて JJって とてもコワイひと というイメージがあったから意外だったって言っていた
⑦ブラックリリィか JJが呟く 頭を振った ブラックリリィって フランクが春海に聞くと 黒岩百合子くろいわゆりこさん ウチとは比べようも無い高級店のナンバーワンよ 山手の方に店があるわ 天の花と言われている美貌の持ち主よ ちなみにこの間 話に出た あーちゃんは地上の星 と呼ばれてたわ まぁコッチ野毛の方は一般大衆店なんだけどね JJが対抗意識を燃やしている相手よ ふいにある情景がフランクの脳裏に浮かんだ 路面電車から黒いワンピースに身を包んだうら若い女性が降りてきた 自らの美貌を意識しながらも慎ましく歩いていた ひょっとしたら オレも見かけた事があるかも知れない アタシも何度かあるわ どこにいても目立つ女性ひとよ 多分あなたの見かけたひとが 百合子さんだわ ちょっとあなた 何か良からぬ事を考えていない 蘭世と芽唯を連れてライバル店に売りに出そうとか いや 正直今ちょっと思った やっぱりね〜 だけどダメよ あーちゃんが抜けた穴を やっと埋められる目処がついたばっかりなのに 二人を連れて行っちゃったら JJにマジでコロされるわよ
⑧あーちゃんからお便りが来たわ あーちゃんって そう言えば あなたは知らなかったわね JJが少し離れた場所から なんて言ってきた いや元気ならいい タカシの商売はどうなんだ 順調みたいよ その場を立ち去りかけているJJの背後から春海が声を張り上げる JJが了解した印に後ろ手に手を上げて店を出ていった あーちゃんはね ウチの看板娘だった娘でね ちょうどあなたや蘭世と入れ替わりぐらいの時にお店を辞めて引退したの 大人気だったからね お陰様で うちの店の売り上げが一時期半減したくらいだったわ 今は盛り返しているけどね タカシさんとお店の常連客とできちゃってJJは激怒したけど あーちゃんの意思が固くて 仕方なくJJも認めたってわけ JJがミ・エトワールわたしの星と呼んだくらい可愛がってたお気に入りの娘だったの 手紙は何て そうね タカシさんのお店 雑貨屋さん兼用で氷炭店ひょうたんてん 氷や炭 薪の商いね を手伝っているみたいよ 2つの川に挟まれた長閑な場所みたい 今のところは仲良く暮らしているみたいね 今のところ 春海は慌てて口を手で塞いだが やがて観念して あまりにも大きな声で言えないんだけど タカシさんは短気な人で 誰にでもすぐに手をあげちゃう人だったの だから ね 奥さんにも手を上げてるわけか そんなにいつもじゃないんだけど たまにね お店に在籍中もアザをもらった時があったから あーちゃん 詳しい事 何も話してくれないし JJが知ったら半ゴロシにされちゃうわね
⑨どこまで行くつもり ん~っ 行けるとこまで 行ってみたい 春海はおっかなびっくり ボートに乗り込んで尋ねた 第一あなたボート漕げるの 漕げることは漕げる 出発した あんまし上手くないけどね わかった アタシもあんまし上手くないけど 漕げる事は漕げるから 後で交代しよう グラシアス 風が少し強めに吹いて波が荒立っていた 港の釣り客から声がかかる お〜い いくら別嬪さん乗っけてるからって 動揺してそんなにぎくしゃくボート漕ぐなよ~
いっかな前に進まない 春海は愛想良く 港の釣り客とも会釈や挨拶を交わし合っていた ボートは木の葉のようにあちこちと漂っていた 額から汗が吹き出しているフランクを見て 交代しようか 春海が声をかける ありがとう ちょっとタンマな オールを漕ぐ手を休めた 一体全体どこまで行くつもりだったの あっちまで 対岸を指差す 向こう岸 千葉になっちゃうじゃん 千葉まで行くつもりだったの 凄い時間かかっちゃうよ でもいつも千葉の実家に帰りたいといつも言ってただろう うまく漕げればいけるかも と思ったんだけどなあ 腕っこきの漁師さんでも結構大変だよ まじまじとフランクの顔を見つめながら でもまあありがとう ちょっと嬉しかったかな そろそろ戻ろ 春海は言った 帰りは攻守交代して 春海がオールを握った 華麗なオール捌きで波の上を難なく滑ってゆく なかなかの腕前だった なんだ 上手いじゃん フランクが言うと ニヤリとして力一杯オールを漕いだ フランクは船底に寝っ転がり鼻歌混じりで歌い出した あ〜たま〜を〜 く〜も〜の〜 う〜えに〜だ〜し〜 ボートは快調に進んだ
⑩ちょっと待ってて 芽唯が階段を昇った三階の窓からヒモに結びつけたザルをそろそろと中庭に下ろしていた 三角形の中庭は簡単には人が入り込めない場所だった
ザルが地面につくとそっと動かし中身を地面にあける しばらくして猫の親子が近寄ってきて餌を漁った その様子を見届けてザルを回収にかかる フランクがからかう 何かイヌ臭いって ニャンコが言ってるぜ 芽唯は無視して作業を続けてザルを回収した 客たちの話だと 初めのうちは沢山いた子猫達が 日を追って一匹又一匹といった具合に数を減らしているという 数日後に訪れたところ子猫はたった一匹になっていて親猫と寄り添うように眠っていた それでもだいぶ大きくなっていた 野生は厳しいな 何処も生き残っていくのは大変だ フランクが声をかけるが 芽唯はさりげなく無視していた
⑪クロノスに届け物があった 配達のあんちゃんがサインをお願いしますと言う ボーイ長が代わりに受け取りのサインを済ませる 奥羽から胡蝶蘭です え〜とフランクさまから蘭世さんにお届けものです 蘭世はまだ出勤してきていなかった しようもなく ロビーに置かれた しばらくしてJJが店に姿を現した ロビーの胡蝶蘭に目を留める コレは 蘭世さんにお客様からお届けものです 蘭世はどうした まだお見えになっていません 蘭世が来たらこのままロビーに置いてていいものか お伺いを立てろ 自分はそのままロビーに置いてたほうがいいと思うが 終いまで言い終わらない内に モチロン ウチに持って帰るわよ 蘭世が到着した どうしてもか フランクからアタシ宛に届いたんでしょ 当然 お店じゃなくて アタシんちに持って帰るわよ ロビーに置きっぱなしにしないで 楽屋控え室の方に運んで頂戴 ボーイ長がJJに伺いを立てる JJがアゴをしゃくった 蘭世の言う通りにしろという合図だった あとソレと今日もしフランクが来るなら指名客の一人はフランクでいいわよね ソレも延長もコミで いいだろう JJが了承した ポニーテールを振り振り
蘭世が奥の控え室へと消えていった
⑫おい どういうつもりだ 硝煙が上がった フランクのギャルサーが再びJJに狙いを定めた お前さんに狙われる様な事はしてないぜ 身に覚えがない 何故だ シンクレールだ 何だと シンクレールの仇さ シンクレール懐かしい名前だな 久しぶりにその名前を聞く お前はシンクレールの何だ 息子だ なに息子だと そうか お前さんがあのシンクレールの しかし オレは何もしていない シンクレールの勘違いだ 本人がソレを認めたんだからな 勘違いで狙われるのは面白くない なんなら尋常に勝負したっていい 回れ右 一二、三 ズドンってな ネイビーの名誉にかけてな ネイビーだって
オレは根っからのネイビーだぜ 知らなかったのか シンクレールの仇はマリーンだったそうじゃないか 何だって 何も聞いていないのか 誰も何も詳しい事は教えてくれなかった ただJJと言う名前だけしか おい 気は確かか JJなんて呼ばれてるヤツは オレが知ってる分だけでも五人はいたぜ
親子して何をトチ狂っている 心底呆れた様に両手を広げてみせた 確かにオレは清廉潔白な人物とは言い難い いわく 悪どい商売金儲けもさんざんしてきたし オレをコロしてやりたいほど恨んでいるヤツも五本の指じゃきかないくらい大勢いる事は確かだ だが シンクレールの事は筋違いだ オレの方が完全に被害者だ 誰かが悪意で情報を捏造しているとしか思えない お前は誰から話しを聞いたんだ おい小僧 考えろ 真剣に いや あんまり考えたくない 何 考えたくないだと オレ様の大嫌いなのはだな ものごとを真剣に考えようとしないヤツだ 最近の若い奴らはマトモに物を考えようとしない だから まちがえる 勘違いする 自分で勘違いしておきながら 他人のせいにしやがる ダメだダメだダメだ 考えろ 何が問題か何処で間違えたか 嫌だイヤだ ボクは他人のせいにしたくない だから答えたくない 察するにお前さんが名前を言いたくない相手とは 庇いたくなる相手とは そうか そうだったのか アイツか そしてハタっと空を睨む様子をみせた なるほどヤツがバックにいたのか そうか そいつは迂闊だったな オレとした事が 何事かブツブツだ呟いていた JJはなんとも形容しがたい笑みを浮かべると 小僧 あんまり 調子に乗るなよ そういうと 突然 自分の首をカッターで掻き切った
⑬おい あの例の暴行魔だが はぃ フランクお前さんと顔見知りだったって言ってるぜ まさかそんなわけ いや そんなわけがあったのさ 顔を近づける JJの店 と言ったらわかるな ドキリとした あのいやあの 口ごもる 彼処で何度も顔を合わせてたそうじゃないか ソレでもお前さんは 毎回初めて会ったかのような口をきく 初めは新たな嫌がらせかと思ったそうだが ははん どうやら 他人の名前やら顔を覚えられない性質たちだと見抜いたそうだ 昔横田の医師も同じ様な意見だったが まさかなと眉唾だったんだが 本当のところどうなんだ んっ まぁ いい お前さんが性質だか病気だかで暴行魔を見逃してしまったのはまだいいとしよう お前 あの店に太客 上客 上級国民向けのVIPコースがあった事を知ってるな ふぅん 何 ソレも知らんかったのか 舌打ちする あの店はな一般客とは別に 奥の方に舞台の脇から入る特別な出入り口があってな 一部上場企業のお偉いさんやら 有名企業の名前をいくつか上げてみせた フランクでも知っている様な大企業だった オレ達みたいなサツや 上級公務員などを接待の為にお通しする出入り口がな
あったんだ VIPだからな 自分の好みやプレイを思う存分楽しんでたってわけだ 蘭世が舞台やら客席やらに姿を見かけなくなっただろう 蘭世は春海たちとは別にVIP専門の接待要員に収まったってわけだ JJの肝煎りでな 太客達の人気も、一二位を争うくらい凄い人気だったぜ お前たち一般ピーポーが アイドルごっこで勤しんでいるあいだにな JJの腹づもりでは春海や芽唯に店を任せて 加賀町にな二号店を作ってVIP専用のコースをそちらに移転させるつもりだった その手筈を着々と進めていたわけだ 加賀町ですか そう 浜崎の警察総本部の目の前でな 山手の高級店をライバル視していたからな JJは ダッタン人の根城と言っていい加賀町 上海バンド街を皮切りに
ダッタン人と張り合うつもりだったってわけだ ここ十年ほどでダッタン人が押せ押せで勢力を拡大していたからな サツとしても 陰ながら応援してたってわけだ だからサツだってただ単に遊んでたってわけじゃないぜ 色々探るうちに 客達や店のオンナ達の中でヤクが流行り出しているという情報を掴んだ 最初は店のオンナ達が何処からか持ち込んだと睨んでたんだが なかなかシッポを見せない 次は客達の中に黒幕がいると睨んで密かに張り込みをしているうちに お前さんが事件を起こしたってわけだ 何なんだ お前さんはよう 先輩達から聞いたが お前さんのオヤジさんも 事件を引き起こしたそうじゃないか 親子二代でお前さん達 何をしでかすんだ おかげてせっかくの潜入捜査もぱぁだ 悪徳の眼が憎悪の色に燃えていた 理想家だかお前さん方の哲学だか知らんが よくもまぁ 捜査の邪魔をしてくれたもんだな JJと一緒に束で撃ちコロして仕舞えば良かったんだ なぁ お前のオヤジさんはな JJに人違いだ悪かったと謝ったそうじゃないか ソレを何をトチ狂ってお前さんはJJを狙ったんだ 素直に吐け ボンクラが 床に唾を吐いた
⑭又何でお前なんかなぁ どうせならJJとお互いに刺し違えて共倒れになってくれたら オレ達の仕事もずいぶん簡単で楽勝だったのになぁ 残念だなぁ 何を この悪徳警官め 心の中で毒づいた 拳銃は薬莢が散らばってたし 確かに発射されてたのに JJに命中した痕跡は無し 血染めのカッターはJJの物で 自分で首を掻き切った という証言も取れている しかし何だってコロしても死にそうにないJJが 死ぬかなぁ お前理由わけを知ってっか 首をふる 最近ではここ浜崎でも海の向こうの何だ 証拠主義というのか アレでな 科学的捜査とか言って 矢鱈滅多等に 物的証拠というものを 有り難がる 面倒くさいよなぁ ちょいちょいとつっついて 泥吐かせたほうが楽だし簡単なのになぁ 何だって話しをややこしくするかなぁ 知るかよ 心の中で毒づく まぁ 数々の捜査もJJがいなくなれば無用無駄 店を潰して仕舞えば 捜査完了だとよ おかしかねえか なぁ ウリもヤクも横流し脱税その他もろもろも無かったことになるらしい コロシもだぜ 単にひとりの人間が勝手に死んだハイお終いってやつだ おい一体全体何があったんだ 白状しろ 黙秘する しかしひとつだけ分かった事がある JJはヤクだけは毛嫌いしていて 店の者はもちろん客達でさえ出禁を喰らわして 躍起で排除しようとしてたらしいぜ コロシでさえ躊躇わない奴さんがとんだ慈善事業家気取りだったってわけだ にも関わらず店の者や店内にヤクが充満してて今回の騒ぎになったってわけだ お前はホントに何があったか知らんのか おい 勿体ぶらないで 教えろよ なぁ 溜め息をひとつついた 取り調べの机にフランクに背を向けて腰掛け話しを続けた 昔の話だ まだ年端もいかないガキが銃で両親を射殺した事件があった 母親が麻薬中毒でな 虐待されてたガキは先ず母親を射殺 で母親がジャンキーになったそもそもの原因がだ 父親が始めて母親に教えてたというので 次いでに父親もコロした というんだな これがNAEの軍の関係者で犯人が未成年 年端もいかないガキだっつうんで 揉み消し 無かったことにされたらしい とにかく物的証拠は何も残って無い 捜査資料もだぜ なんにも無い オレも先輩から聞いただけだ その時のガキがJJだったっていうんだな ホントかどうか知らないぜ 何の証拠も残って無いんだからな でも いかにももっともという気がしないか オレ達の間じゃあ ホントに大事な事は 紙には残さない すべて口頭で 口伝えで先輩達から教えてもらう それが仁義で 掟 というわけだ 右腕を振った 取り調べ終了 帰ってよろしい という合図だった それだけ この警官とは長い付き合いというわけだった 立ち上がってドアに向かいかけたフランクに声がかかる お前パンは好きか パン 立ち止まる オレは 近いうちに警察を辞めてどこか田舎の方にでも引っ込んでパン屋でも始めようか と思っている オレの親父が元々パン屋でな 放漫経営でとっくの昔に店を潰してしまったんだが オレは親父さんの焼くパンが大好きだった オレが店を開いたら お前も買いに来いよ まぁ一個二個ならサービスしてあげるぜ なぁフランク お前さんの夢は何だ クロコッチこと黒河内刑事は疲れたような口調でつぶやいた
⑮英五月乃墓 はなぶささつきのはか 悪徳警官から手渡された紙をもとに訪ねてみた 意外と近いんだな まさかと思ったら休養所のすぐそばといっていい立地だった 周りの墓よりもひと回り大きな墓石だった 春海はご両親が泣き泣き遺体を引き取っていかれた なまじ体力があるからな最期が強烈でな 鉄格子でも壁でもガンガン頭を打ち付けて全身血まみれになって死んだ 芽唯は 壁を背に床に座り込んで終始黙りこくっていたと思ったら ある朝冷たくなっていた ご両親は大層お怒りでな とんだ恥晒しだといって 遺体の引き取りに来なんだ お前知っとったか 芽唯というのは 双子の妹の名前なんだとよ ご両親の怒りに油を注いだのは その事で 妹の縁談が無くなるというんだ 田舎の名士らしくてな もちろん妹さんも現れない 遺体はそっちで勝手に処分してくれとさ で浜崎の世話になった面々が世話人になって墓を建てた コレがその案内だ 読めるよな うなづく 春海はともかく芽唯の墓には行ってやれ 蘭世の事は諦めろ コッチで面倒見るから あとお前 もう浜崎には戻ってくるなよ箱根から向こうに失せやがれ な 悪徳警官め しばらく墓を見やっているうちに笑いが込み上げてきた 可笑しなもんだな 墓石のてっぺんが芽唯の秀でた額の様に丸くなっていた 人一倍前髪を気にしていた芽唯にハゲのおっちゃん達がお参りに来るんだとよ なんかなぁ 芽唯のご親戚の方ですか 振り返ると 小さいひとがいた いや違います 昔世話になったもので わたくしも世話になりました お参りしてよろしいかな どうぞ 席を譲って 立ち上がる しばらくして そこの施設の方ですね 何度かお見かけしております いや失礼わたくし 和井内雅基わいないまさき と申します以後お見知りおきを
時間軸から言えば 浜崎の次は伊豆編となるのですが 原稿紛失及び一部未製品だった為 飛ばして静浜編をアップする予定です パラレルワールドですので 人物はもちろん場所も 架空虚構になります