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 そんなカザーニィにも平穏な時期が続く、ある日の事だった。

 カザーニィには円形の木の塀が張り巡らされており、出入りするには東と西に設置された門からということになる。その西の門のすぐ近くに、今にも倒れそうな様子でよろよろと歩く一人の男があった。

 真っ白なレースのような美しい着物を身に纏っているが、矢が腹に刺さったままなので血がとめどなく流れ続けており、白い着物は半分以上が紅く染まっていた。西門の守衛がその様子に気付き、国中に報せの太鼓が響き渡る。どの国民も一度にして動きを止め、遊んでいた子どもまでもが西門へと集まった。国を挙げての緊急手当てが始まった。

 各地からともなく水や包帯が集まり、すぐに薬が何種類も用意された。客人を招く為の豪華なベッドに男は寝かされ、矢はすぐに抜き取られ止血も行われた。然るべき薬を塗り、手厚く包帯が巻かれ、子どもたちは男の手を握った。男のいる建物の外では無償の祈りを捧げる者が多くいた。

 国民たちの手当てから少し遅れて、カザーニィの国王やカズハたちが到着した。しかし、男はもう虫の息で、普段の呼吸もままならなく喘いでいる。誰がどう見ても、失われた血の量が多すぎたのだ。核大戦後の世界では未だ輸血の技術は確立しておらず、こうなってしまってはもう励ます他に手はない。少しでも、生きる方に心を向けさせるしかない。

「どうか頑張って。何があったの?あなたはどこから」

 カズハが近付いてそう尋ねると、男は今にも消え入りそうな小さな声でやっと答えた。

「私はエデンという町から来た者……。エデンは外交を行わない町なので、私は少し外の世界に興味が湧いて……。町の人には黙って出てきたのですが、突然どこの誰とも知らない者たちから襲われました。彼らは何か、叫びながら私を攻撃して、私が、無我夢中で逃げ出すともう追っては来ませんでした……。その際、この、棒のような物が刺さって、血が止まらなくて……」

 男は自らに刺さっていた矢を指差しながらそう言った。矢とは何なのかも知らないような口振りだった。武器と言えば剣か弓矢しかないこの地域で、それはなかなかあり得ないことだ。

「どうか落ち着いてください、治療に最善は尽くしました。死んでは駄目です、頑張って。これはね、矢といって、生き物を攻撃する為の道具です。あなたが襲われたのはきっと、どこかの国の領地に入ってしまって斥侯とでも間違われたのでしょう。気の毒なことだわ」

「生き物を、攻撃……」

 カズハの言葉を聞いて、男は信じられないと言うように首を振った。

「それで、エデンってどこなの?この時代に外交もしないだなんて、名前すらも聞いたことがないけれど……」

 カズハの問い掛けに男は答えようとしたが、上手く声を出せずに血を吐いた。男の治療をしていた者たちは大慌てで薬を用意したり水を飲ませようとしたが、誰がどう見ても手遅れだ。男は文字通り命からがらといった掠れた声で何とか質問に答えた。

「エ、エデンというのは、私の住む町の事で、ネトエル山、の、山頂にあります。エデンは美しく平和な町です……。まさか今の世界に、あ、争いがあるなんて、私は思ってもみませんでした……。ううっ!」

 男はまたしても血を吐いた。その血はカズハの腕や顔にかかるが、彼女は嫌がる様子もなく男の目を見つめた。カザーニィの人々は全力で治療に当たっているが、男を見つけた時点で既に手遅れだったとしか言いようがない。男の手首を握り脈を計り続けていた老婆は、少ししてカズハを見ると首を横に振った。

「お、お願いです。どうか、エデンに残してきてしまった、私の妹に、兄はお前のことをいつまでも愛しているよと、伝えて……。わ、わた、私の名前、は……」

「ああ!」

 一同は声を上げた。

 男は最期の力を振りしぼるようにカズハへ手を伸ばしたが、名前を告げるのにあと一息のところで息絶えてしまった。カズハは男の手を握った。

 老婆は男の手首を離して心臓の動きを確認したが、もう二度と脈動することはないのだと確認すると弱々しく手を合わせ、その場にいた誰もがエデンから来た男の死を悼んだ。国中が静まりかえっていた。

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