◎さいご◎
「ずっと拒否してすみませんでした!! キスしてください!! 今すぐ!!」
「マリーヤ様……無理ですよ。ラインホルト様のお屋敷は遠く離れておいでですし……今は真夜中です」
「じゃあ夜が明けたらでも……」
「今夜の夢だと魔術師は話していましたし、どうなるのでしょう」
「黒魔術、失敗したら跳ね返って悲惨なことになりそう、どうすればいいの……」
「おほほほほ! さぁ下々の者! お働きなさい! もっと身を粉にして!!」
なんであの女はふんぞり返ってるんだ。
「役目がどうとか言うなら自分も働きなさいよ!」
「実務は下層の者に任せておけばよろしいのよ。おほほほほ!」
(これは永久に彼女の天下では……この環境でヒエラルキーが変わるわけないもの。絶体絶命……。)
「んっ!!?」
「どうかなさいましたかマリーヤ様?」
「今、唇がほわっと、温かくなった……」
その時、ぐらっと地面が大きく揺れた。
「な、何!?」
まわりの働く人々が慌て始める。
「地震でしょうか!?」
人体で地震? まわりの慌てている血液の人々に聞いてみよう。
ああ、なかなか聞いてもらえない。あ、私に気付いた人が。
「それが……この身体が事故に遭ったようです!」
「事故!?」
彼もまた慌てて行ってしまった。確かにそう、周りの血液がどんどん減っている。
私たち臓器はただ茫然と立ちすくんでいた――……。
しばらくしたら。
「おいそこの者たち!」
私たちの前に現れたのは……見るからに『眼球』。
「お前たちもそろそろ準備をせい」
「準備?」
「脳が先ほど死んだのじゃ」
私たちはざわっとした。なぜなら脳が死ぬということは、もうそれは。我々も…生きてはいけない。
「私たちは……どうなるの?」
というか、これは私の夢の中。私が死んだら当然、当初の目的である敵の失脚も叶わなくなる。
「どうすれば……?」
「わしらは今から移植されるんじゃよ。移植ラインに並ぶぞ」
「え??」
早急に移植待ちゲートが現れた。さすが私の夢の中、整然としている。
「あらぁ、めんどくさいけど仕方ないわねぇ。そこで待って差し上げるわ。上等の椅子を用意してくださらない?」
フランソワーズ……さっきまで青ざめて狼狽えていただけだったくせに、生き残れると知ったらこうだ。でも私たちも急がなくては、生存できればまだチャンスはあるかもしれない。
「メアリー、私たちも行きましょう」
「はいっ」
「あら? 膵臓なんて身体を変えたところで、意味はあるのかしら?」
「そんな煽り無視よ無視」
……その時、眼球が彼女の前に立ちはだかった。
「お前は来なくていいぞ」
「え?」
周囲は騒然とする。
「どういうこと? 私がいちばん先にここを出るべきですわ。存在価値というものが」
「お前は用なしじゃ」
「よ、用なしですって! 失礼な! この私がたったの一言でも蔑まされるなんて心外ですわ! 何を根拠に……」
これはどうしたことだろう。
「お前は移植されないと言っておるんじゃよ」
「な、なんですって! この私が! 胃である私が、どうしてですの!? いちばん需要あると思いませんこと!?」
この雰囲気は……。
「需要があろうとも、移植できないものは仕方ない」
「で、できないですってぇ!?」
そうだ、最先端の技術をもってしても胃は移植できない。しかも私たちの中では胃だけできない。つまり……。私は取り巻きふたりの方に視線を移した。
カーチャとシンディも彼女を呆然と見ている。
「あらぁ……フランソワーズ様、残念ですわね。それでは私、こちらなので……」
カーチャがそそくさとゲートの方へ行ってしまった。こういうの何て言うのだろう、あの女にとっては裏切り者、なのだろうけど。きっと同じ調子でシンディも。
「それでは私も~~いつまでもごきげんようですぅフランソワーズ様ぁ~~」
だろうね。
「ええ……私はいったい、どうなるの……?」
ああ、ここが引導を渡すところか。
「あらあら、存在意義のない者の末路なんて悲惨なものよね」
「なんですってぇ?」
「再利用する能力もないということですわよ。どんなに偉そうにしていても、ホームグラウンドを離れただけで役立たず。あなたなど取り出したところで、生かされず廃・棄」
3ヶ月分罵ってやりたいけど、時間が足りない、残念だ。
「腎臓の私も、膵臓である彼女も、これから飛躍する道がありますので、それを草葉の陰からじっとり眺めているといいですわ」
「や、やめて! おいていかないで!!」
「はい、さ・よ・う・な・ら♪」
ギロチンの刃が落ちるかの如くゲートが閉じられた。
ふぅ。失脚って、これでいいのだろうか。
でも、もう目覚めたい。どうせみるなら幸せな夢が見たい。こんなのはもうこれが最後。
目が覚めたら私の部屋はまだ暗く、それでも……隣に腰かけているのは。
「ラインホルト様……どうしてこちらに……」
ここは未婚の女の寝室。いくら婚約者でも、夜中に引き入れたなんて知れたら……。
「唇が一瞬、温かく感じました」
「すまない。結婚までは待つよう君に言われていたのに、君の寝顔を見ていたら……」
やっぱり私たちは!
そこから彼は私の手を取り、成り行きを述べ始めた。
「聞こえたのだ。君が私に『キスをして』と言ったのが」
「!」
私、自分でも顔が真っ赤になっていると分かる。確かに私は叫んだ。女の方からキスをせがむだなんて、はしたないことをしてしまった。それが夜空を越えて伝わっていただなんて。
「それがとてつもなく、嬉しかったのだ」
「え?」
「だから真夜中でも駆けてきたよ。君の元に。礼儀の知らない行いであることは認める。心から詫びよう。しかしそろそろ本当に、私は君と……」
まだ暗いけれど彼の頬が、ほんのり赤く染まって見える。
どうしたことだろう、はしたないと分かってはいるのだけど、私は自分から彼の胸に飛び込んでしまった。
「ええ私も、一刻も早く、あなただけのものにしていただきたいです」
「では、もう一度くちづけても?」
「もちろんですわ」
これが、私の意識ある中でのファーストキス。マリーヤはゲームの序章で、「女の恋はキス2回目がいちばん楽しい時だ」と言っていたけれど、私は今、最高に…幸せ。
後日、フランソワーズが出生時に犯罪めいた嬰児交換でこの家に入れられた庶民の子だったと発覚した。だからひとまず田舎に下げられたが、今後の処分は知らない。別に興味もない。しかし庶民の子だと言っても十数年間もここで暮らしていたのだ、普通ならこの家族にも情というものが十分湧いているはず。ここで温情をかけられないということは、結局自業自得、ということで。
「ラインホルト様、今週の新聞に掲載されている数独はお解きになりまして?」
「ああ、あれは君には難易度が低いのではないか」
「そうですわね。もう少し張り合いのあるものが……」
挙式の日取りが決まってこれが独身最後のデート。結婚にまったく迷いはないのだけど、どうにも不安がのしかかる。この3ヶ月で私はとても黒くなってしまった。彼が好きなのは何も知らない無垢だった私ではないかと……。
「どうしたんだい?」
「あ、いえ、何でも……」
すると彼はとても優しい目で私を見つめる。
「君が突然貴族の輪に入ったことで重圧に晒されていること、心苦しく思うよ。どうか私にだけは、隠さず偽らずすべてを話してほしい。私は全力で君を支えたいのだ」
「…………」
「それに私の前だけは、天真爛漫な君のままでいて欲しい。そんな令嬢のように振舞わなくてもいい。言葉遣いのひとつをとっても」
「でも私は、やはりあなたの妻として……」
「私は初めて出会った時の、ざっくばらんな君が好きなんだ」
「だってあれは、8つの頃ですのよ」
10年前、たった1日のほんの短い間だけ、私たちの運命は交わっていた。
私マリーヤは田舎の村娘だったけれど、8つの時ご令嬢の遊び相手として貴族のお屋敷に召喚され、この街で暮らしていた。私はこの大都市に来たばかりの頃、外にひとりで出て迷子になった。不安だったけれど、それに押しつぶされてはだめだから精一杯強がってみて……。そして同じく迷子になった彼と出会った。
――――「あら? あんたどうして泣いてるの?」
「えっ、あ……僕、迷子になっちゃって」
「ふぅん。じゃあ一緒に来なさいよ!」
そう言って私は路地の片隅に座って泣いていた彼の手を取った。同い年だけどまだ女子のが発育のいい年頃であったから、彼は小さい子の印象だった。
「おねえちゃん、どこへ行くの?」
「さぁね! 歩いてればそのうち見つかるでしょ私たちのお家!」――――
「あなたは途中で転んで怪我をしてしまいましたね」
「君がぐいぐい引っ張ったからだよ」
「ふふ、ごめんなさい」
そしてその怪我したところを拭くために取り出した、私のハンカチーフの模様を彼が覚えていて。それを頼りに10年の時を経て、名前も知らない私の前に彼は現れた。
「元気な君が大好きだよ。私を信じてくれるね」
きっとこの方はずっと私を大事にしてくれる。
「はいっ!」
美しいとか可憐だとか、容姿を褒められるのはもちろん嬉しいのですけど、「元気」が私にとっては、いちばんの誉め言葉ですわ!
END
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