◎にわめ◎
「あら、何か用? 用がないなら出ていってくださらない? 不正で手に入れた貴族の身分も捨ててこの家から」
「…………」
(用事なんて聞く気はございませんわよね?)
「まったく、分不相応よねぇ……村娘が」
「…………」
しかし証拠がない。まったく、こういうことにだけは頭が回る。
取り巻きがふたり来ている。確かカーチャとシンディ、若干格式が下の家の者だ。ちょうどいいのを選んでいる。カーチャはあからさまな腰巾着。シンディはかまとと。まぁたいして役には立たない、賑やかし用の手下といったところ。
だけれど今はどうにも無理だろう。メアリーに何をしたなんて責めたところで何が変わることもない。せめて少しでも打撃を与えてから撤退するか。
「私がここを出ていくのはラインホルト様と結ばれる時ですけれど。今すぐ出ていってもよろしいのですかしら」
「なんですって! 貧乏人の泥棒猫が!」
(だからそれが負け犬の遠吠えだと何度申し上げたら良いのやら。ああ申し上げる価値もないから口に出したことなかったわ。)
「泥棒だなんて人聞き悪いですわ。彼があなたのものであったことなんて一瞬たりともありませんのに」
(少し煽られるとまるで劇画のような表情になるのもある意味才能)
「ラインホルト様がどうして私をお選びになったかご存じ? 教えて差し上げましょうか、彼の気を一気に引く魔法の話題を?」
(あと急に女の顔になるの気持ち悪い。気を引きたければまずその性根からお直しになればよろしいのよ)
「ラインホルト様は“好きな数字”についてお話ができる女性がお好みなの」
「好きな数字?」
「とりわけ素数よ」
「そ、そすー?」
「素数は奥深いわ。まず100以下の素数をすべて覚えることからお始めになったら? それでは失礼いたしますわ」
ここで引き下がるとするか。
「ふはははは! これで3時間くらいは睡眠時間を削ってやったわ! しかもあの頭では3時間かけてもどうせ覚えられるわけないのだから、その時間すべて徒労に帰すことになるのよ!……ふぅ。それじゃ何も解決になってないわ。私の徒労感が半端ないわ」
「マリーヤ様」
「メアリー……。心配しないで。私がここを出ていくときは、きっとあなたも一緒に行けるようにするわ。フリージ家で奉公もあなたは問題ないわよね?」
彼女が私の手を取る、彼女の可愛らしい顔を覗き込むと涙ぐんでいる。
「マリーヤ様はなんてお優しいお方なのでしょう。私みたいな使用人にも情けをかけてくださるなんて」
「そ、そんな大げさなことではなくて。いつもお世話してくれて助かってるし、それに……」
私は前世でずっと入院患者だったのだから、友達もみんな同じくそれだった。仲良くなっても退院していったり、逆に二度と会えない人になったり。だから転生したら旦那様だけでなく、長く気兼ねなく付き合える友達も同じくらい欲しくて。メアリーはその最初の友達だと感じている、少なくとも私にとっては。
「決めました! 私、マリーヤ様のために一肌脱ぎます!」
「え?」
「実は私……ゲームマスターより送られた《上級NPC》なのです!」
「上級?NPC??」
「ここはゲームをクリアされたプレイヤーのみなさんが転生する異世界なので、ゲームの中ではないのですが」
ゲームをしている間はモフモフ案内NPCがいたけれど。
「転生後もセーブデータのバグなしに、転生プレイヤーのみなさんが順調に運命を辿っているかをチェックするために、ゲームマスターがごく少数のNPCを街に住まわせています」
「そうなの? そういえばアフターサービスも万全って案内NPCに説明されたような……」
「ですので私は世界の住人が持っていないスキル……人は魔法と呼ぶものですね、それが使えたりします」
「魔法使い!?……それならあんな意地悪な女、さくっと撃退できるのでは……」
「いいえ。NPCが自身のために使えるスキルではありません。あくまで転生された方に対するサービスです」
そうなのか。私は実のところゲームのことはよく分からない。前世ではゲームをプレイしたことなかったから。ソフトは珍しく親が買ってくれたのだけど、ハードがいつまでたっても抽選漏れで買えなくて、ああ1度だけでも遊んでみたかったなぁなんて思いながら、ソフトを片手に持ったまま死んでしまった。……思い出すと少し感傷に浸ってしまう。彼女の話の続きを聞かなくては。
「実はあの意地悪女に対応することに関しては、サービスの適用範囲外だったりします。だってあれくらいの悪口陰口、いじめ、嫌がらせはこの世界にありふれていますもの!」
そんな明るく言われても。そのようなこと私は前世がああだったからちっとも知らなかった。過酷な人生だったけれど、その点ではアドバンテージがあったということか。
「それにラインホルト様と結ばれればセーブデータは問題ないということですから、他の人間関係に関してまで世話していられません!」
「あ、はい」
「というのがゲームマスターの信条ですが」
「なら、いいわよ。自分で何とかする。巻き込みたくないけどラインホルト様に協力していただいたりとか……」
「いいえ、マリーヤ様。私が個人的にあなたのお力になりたいのです。あなたのためなら何だって」
「メアリー……」
「愛しい方をこんな下らないことに巻き込みたくないでございましょう? それに彼女をのさばらせておけば、今後社交界でも陰口を叩かれて、足元をすくわれることもありますよ」
ああ、それは盲点だったな。言われてみれば理想の素敵な男性と結婚できるセーブデータなんて最強のように思うけれど、それ以外の人間関係は現実そのもので、しかも人生は恋愛結婚以外の時間の方がよほど長い。社交界での立ち位置など深刻な問題だ、たかだか嫌がらせと看過はできない。
「でもあなたがゲームマスターの信条に反してもいいの? その、スキルを使って……」
「ある程度任されています。それにそんなに強いスキルでもありません」
「どういうスキル?」
「私のスキルは……《壁に耳あり障子にメアリー》です!」
障子はこの街にないのでは。なんて思っている隙にメアリーが魔法少女の様なポーズを取っていた。
「はいっ! 街中に私の耳と目を配置して発見しました!」
耳と目を配置……? シュールではないか?
「なにを発見したの?」
「魔術師の居所です。正真正銘本物の魔術師がこの街に潜んでいます」
「え?」
「見つけられちゃったねぇ……イヒヒヒヒ……」
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