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◎いちわめ◎

「ああいやだ!下層階級の方と同じ食卓でお食事だなんて、気が滅入りますわ!」

「…………」

(私もあなたが視界に入っただけで気が滅入ります。)

「なんですかしらその目は。まったく不躾ですわね。淑女としての教育を受けていらっしゃらない方はこれだから」

「…………」

(そのお言葉、のし付けてお返しいたしますわ。)

「このような下流の方を我が家に迎え入れるだなんて、私は反対でしたの!」

「…………」

(何とでもおっしゃって。それを世間では負け犬の遠吠えと言いますのよ!)


 とまぁ、かくも豪華なお屋敷で、このような会話が日常茶飯事的に繰り返されている。


 何一つ満足のいかない一生涯を終えた元現代日本人の私は、中世西洋の令嬢に転生した。


 転生後の私の名前はマリーヤ。伯爵家ご嫡男、ラインホルト・フォン・フリージ様の婚約者だ。

 前世での名前は覚えていない。かつての私は入院病棟で16年という短い生涯を閉じた。すると摩訶不思議なことが起こり、霊体の私が、臨終の際手にしていた乙女ゲームのヒロインになってしまった。そこでまず疑似体験プレイをして、ハッピーエンディングを迎えた相手と結婚できる、というセーブデータを持っての転生だ。


 プレイの結果、“金髪碧眼お金持ち貴族”ラインホルト様に見染められた、“可憐な美少女”の二つ名を持つ村娘マリーヤに転生。この村娘というのがミソで、平民だけどお貴族様にプロポーズされちゃいましたぁ幸せになりまぁーす!では人生終わらないのだ。なぜ冒頭で見せたようなイジメ被害を被っているのかというと。


 私マリーヤは生まれも育ちもド田舎、山のふもとで慎ましく暮らしていた一般民。私のことを心から想ってくださるラインホルト様はすぐにでも結婚しようとおっしゃるのだけど、そうもいかない。ここは慎重を期して順序良く事を進めていかなくては、身分のない者が上流階級の中でうまくやっていくことなどできないのだ。まずフリージ家の遠縁のご家庭に、養子として迎え入れていただいた。これで私も令嬢の仲間入り…というところ。結婚まではそちらで令嬢としての教養などを学ばせていただくことにもなり……ご両親は良い方だった。ご子息ご息女も……ただひとりを除いては。

 除いたひとり、それはここの三女フランソワーズ。幼少よりラインホルト様のパートナーになることを意識して育ってきたらしく、ポッと出の私を目の敵にするのはまぁ当然と言えるだろう。その時点では同情しなくもなかった。まったく相手にされていなくて。

 しかしこの3ヶ月間ずっと、陰湿ないじめを繰り返されてきたのだ。衣類を破られたり、大事な祖父の形見を捨てられたり。そして絶え間ない口撃。中流以下を見下すことが趣味という女だ。


「マリーヤ様、お紅茶でございます」

「あら、ありがとうメアリー」

 カップの取っ手を指の先まで上品に努めて摘まみ、それをゆっくりと口に運ぶ私。指導された通りにできていると思う。

 こちらはまだ貴族の世界がよく分かっていない、新参者の私の世話をしてくれるメイド・メアリー。彼女は街の中流家庭の娘なので、遠い村の出の私より出自で言えば上位のはずだ。それでも「成り上がりのくせに!」というような感情を見せることなく良くしてくれて、年も近く良い友達になった。

「マリーヤ様、明日はフリージ伯爵様の主催される会合にお出かけですよね?」

「ええ、朝6時に起こしてくれるかしら?」

「承知いたしました」


 私のような田舎娘でもご両親は気に入ってくださるというのがラインホルト様の弁だ。しかし血統へのこだわりというものはやはり、貴族の方々にとって譲れぬ思いだろう。そんな私が彼らの懐に潜り込む唯一の方法、それは商才を見せつけることだった。このマリーヤというキャラクターの性格が元来計算高いというか、世のトレンドに興味のある女性だから、株価の動向も読めるし、そういったことが近年敏腕実業家としても名を馳せるフリージ伯爵様に認められた実感がある、この3ヶ月の成果だ。


「それでも女性が前に出るのを厭う偏屈な方々もおりますが……」

「心配しないで、メアリー。私はちゃんと弁えているわ。あくまで伯爵様の可愛い人形として、隣に置かれているだけよ」

「マリーヤ様の美貌ですものね! 会合ご出席の殿方が終始見とれてお話にならなくなってしまうことの方が心配です!」

「それより私が心配なのは、私の外出している間にまたあなたがフランソワーズにきつく当たられないかと……」

 私が来る前からもいびりの対象であったらしいメアリー。そして今でも私とセットで嫌がらせされている。

 私が出かけている間メアリーに手を出そうものなら……などといけないと分かってはいるけれど、ここに来てからというもの、私は心に負の感情が渦巻くようになってしまった。フランソワーズと顔を合わせるようになる前は、こんな私ではなかったのに。マリーヤ自体は上品な女性だし、私だって本来はそうだ。前世は確かに一般家庭の平民だったけれど、それ以前に私はずっと入院していたのだ。

 私は生まれた時から持病があり、大人になるまで生きられないと宣告されていた。小さい頃は入退院を繰り返し、最後はそれこそ何年も病棟暮らし。だから周りはみんな可哀そう可哀そうと言って、悪意を持たれるなんてあるわけなかった。私も健康な人を羨む気持ちはやはりあったけれど、人に対して怒りの感情を持つこともなかった。だから“生まれて”初めてだ。こんな鬱屈とした気持ちになるのは。


 この日の会合も終わり、出席者の閑談で賑やかな会議室から退室した私を待っていたのは、愛しの婚約者、ラインホルト様。

「マリーヤ!」

 彼は今日もすこぶるお美しい。お顔立ち、ご肢体のパーツ比率がまったくもって素晴らしい。結婚したらミリ単位まで乗っている定規で測らせていただこう。

 彼が私の手を取ってキスをする。私はこれで心も令嬢になれる。


「君を我がフリージ家に迎える日が待ち遠しいよ」

「私もですわ、ラインホルト様。あなたがプロポーズしてくださった3ヵ月前が、もう遠い過去のようです」

「明日にでも結婚しよう!」

「あら、ふふっ。もう少しだけお待ちくださいませ」

 実のところ私たちは、いまだ口づけも交わしていない間柄。だからか彼にそこはかとなく焦りが窺える。不安にさせてしまっている、と思う。私が他の殿方に見向きするわけはないのだけど、元の“マリーヤ”が男性を惹きつけてしまう魅力を持ったキャラクターだから。


 毎日のように思い出す。プロポーズの場所は花々が咲き誇る美しいガーデンテラスだった。そこで彼は私に尋ねた。

「マリーヤ……君の好きな食べ物は何だろうか?」

 プロポーズが今来るか今来るかと身構えていた私は拍子抜けだった。どうやらプロポーズのつもりが、口が滑ったらしい。

「……球体の食べ物が好きです」

「ほう? なぜ?」

「人はかつて球体であったのでしょう? それを神が半分に割ってしまった。半身になった我々は、再び完全体になろうと半身を求める。それが愛」

と、入院中プラトンの対話篇「饗宴」で読んだから。

「私が君の半身で、君が私の半身だ。結婚してくれるねマリーヤ?」

「ええ、喜んで」

 なんだか言わせてしまったような気もするけどご愛敬。最初はラインホルト様がゲーム中の男性でいちばんお美しかったから、結婚相手ならこのお方かしら、といったような気持ちだったのだけど、そのあと微積分のお話で盛り上がり、私たちこれがなかなか気が合うのではと感じたのだ。私なんて本当に趣味も話題も奥行きのない自覚がある。前世は入院先でずっと数独をやっていたから。数独をやっていて人生が終わったのだから。

 でも当初の約束では3ヶ月後に結婚という話だった。ご両親にもきっともう認められていると思う、令嬢としての作法も身に着けた、だから私ももういつでも彼と結ばれたい。ただ。


「おかえりなさいませ、マリーヤ様」

 メアリーを連れていきたいけど、絶対あの女が邪魔をする。所詮居候の私よりあちらのがこの家では力があるわけで。

「あら? その手首、どうしたのメアリー? それは、火傷の跡?」

「あ、いえ、なんでもございません」

 メアリーは手首を隠した。私の目を見ようとしない。そういえば今までも2回あった。私の外出している間に、メアリーが火傷を負っていたことが。

「何でもなくないでしょう? 見せなさい」

「えっと、私の不注意で……」

 今まで私の前でそんなふうになったことはないのに。この3ヶ月で3回目だ。


 私は憤りを機動力にしてフランソワーズの部屋の扉を叩いた。




お読みくださりありがとうございます。最後まで続けてお読みいただけたら嬉しいです。


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