出会い
高校二年生の10月、私は親の転勤を理由にこの高校に転校してきた。
ド田舎の高校は昔からの馴染みのメンバーで固められており、都内から越してきた私は異質なものと認識されていたのだろう。よくテレビやアニメで見るような転校初日とは異なり、誰からも話しかけられず、話しかけても気づいてもらえず、早々にへそを曲げた私は昼休みに教室から逃げた。
この学校の図書館は広々としていた。大きな窓からたくさんの陽が入っていて、電気がなくても十分に明るい。陽の光を浴びると本は焼けてしまうから、大きな窓から火が入る範囲には本はなく、自習用の机が何個も置いてあった。受験前は便利だろうに、それを利用している人は少ない。もったいないと思う。自習席の端っこでは眼鏡をかけた女の子が調べ物をしていた。反対側の端っこの席では三年生とみられる人が問題集を広げて勉強している。
この環境に不釣り合いな人数に、教室で、身内ネタでバカ騒ぎしていたクラスメイトに勝手に不満がふつふつと湧いてきた。
せっかくこんなに立派な図書館があるんだから利用すればいいのに。
よく見ると女の子側の自習席の隣においてある棚の間に扉が見えた。
ひっそりとだが確かにある扉に興味が湧き、何があるのか確認しようと歩き出した、その時だった。
「え~~ちがうよそれ!」
素っ頓狂に大きな声が聞こえて、思わず肩を揺らして驚いてしまった。図書館で大きな声を出す人が高校にいる、というだけでかなり驚きである。一般常識がないのかしら。
軽蔑の目でどんな人か見てやろうとして、私はさらに驚いた。
だれもその人を気に留めていない、というより気づいていないのだ。
これ以上気にしてはいけないとは思ったが、なぜだか私はその人から目を離せなかった。
吸い寄せられるように立ち上がり、その人に近づこうと右足を出した瞬間だった。
三年生と思われる人の問題集を覗き込んでいる素っ頓狂な声をあげた人は、「違うのにぃ…」とまたまた大きな声を出してため息をつき、そのまま机があるところを突っ切ったのだ。まるで実体のない幽霊のように。
その人の正体に気づいた私は思わず立ち止まってしまった。きっと、動揺せず別の目的地を作って動くべきだったのだと思う。けれど初めて遭遇したそれらに、思っていたより普通な人間らしいその姿に、動けなくなってしまった。
口を開いたまま固まっている私に気づいて、その人は驚いたのか目を見開いた。そしてそのまま、肩を縮こまらせて震える声で言ったのだ。
「ねぇ、もしかして…見えるの?」