05.5#実はとんでもないエリートくん。
リウナスの奴に野次馬共を押しつけられた。
『魔物が森に潜んでないか調べてきます』なんて言ってたが、絶対嘘だ。
本音はただこの野次馬共から逃げたかっただけ。そうとしか思えない。
野次馬共に魔物について詳しい話を聞いておけと言われたが、んなの無視だ、無視。
俺は馬車の見張り役を立派にこなしてると思う。
野次馬共の中心に立ち、視線が突き刺さっても気付かない…いや気にも止めていない振りをして胸を張り、騎士として振る舞うことを忘れない。
騎士が偉いとか、そんなことは俺自身は大して気にしていない。
だが、俺には立場がある。
人の上に立つものはそれなりの振る舞いをせよと前騎士団隊長から厳しく言われた。その者に自覚がなくとも、その者の行いが部下達に出てしまうのだと。
実際、前の前の騎士団隊長時代は、貴族出であるだけの大して実力もない輩共が威張り腐っていたらしい。その名残は未だ完全には拭い取れていなく、一部の馬鹿共が騎士にあるまじき行動や言動をして、騎士権剥奪という罰を与えられることが稀にあったりしていた。
騎士権剥奪とは、その字のごとく、騎士である権利を剥奪し、今後一切騎士と名乗ることを禁ずるという何とも厳しい罰である。
騎士とは誰にでも名乗ることの出来るものではなく、王から権利を頂いた者だけの名誉職。騎士養成学校に通い、卒業し、3年の本格訓練を終えることで一騎士と認められる。騎士養成学校は年齢は関係なく入学することが出来るため、まだ幼いガキんちょから、人生の折り返し地点をとっくに過ぎてしまったであろう親父さんもいる。卒業年数は様々。騎士養成学校の監督者(先生のような者)から認められて卒業となるため、卒業するまでに10年以上という月日が経ってしまう者も少なくない。それだけ、厳しいもんであるはずなのだ。
実際は、貴族が監督者に大量の賄賂を渡し、不正に認めさせるということが起こっていた。
まぁ、俺が隊長の座に着いた時に、そういう不正を厳しく取り締まったため、今はないだろうが。
因みに、魔術士も似たような制度を作っている。だがこちらは魔術を使える、という前提の上で成り立っている集団のため、魔力を一定以上持ち合わせていなければ養成学校にも入学できない。又、魔術を使える者は極めて少ないため、監督が隅々まで行き届いており、不正というものはほとんどないようだ。
そんなことをだらだらと考えて時間を潰す。
……いつになったらリウナスの奴は戻ってくるんだ!あー、苛々する!
思ったより精神的に参っていたようだ。
これだけの視線に晒されることを意識するのはめったにない。視線に晒されたとしてもそれは大体戦闘中や危機的状況に陥っていたりする時であるため、視線などに構っている余裕なんてなく、意識することなど殆んどないに等しい。そのため、大勢の不躾な視線に苛まれる今の状況は、慣れていなく、非常にストレスがたまっていくのである。
不躾な視線に晒されながら思うのは、やっぱりあの男のこと。
さっさと帰って来い、あの野郎っ!
などと思いつつも、口に出せないでいるのは、リウナスの腹の中が真っ黒だからに他ならない。
何処で聞かれるかもしれないこの状況で口に出すなど自殺行為だと、長年の付き合いで既に了解済である。
意味もなくだらだらと考え続けるのはとてつもなく辛いものがあった。
俺が頭で考えることよりも体を動かすことの方が得意ということも関係しているのだろう。
ふと空を見上げれば、一陣の風が吹く。
それは何故かこれから何か起こることを暗示しているようで不気味だった。
――ずぼっ
なんていう効果音が付きそうな感じで野次馬共の間から押し出されてきた一人の少女。
綺麗な黒髪黒瞳の整った顔立ちの少女は見るものを引き付ける魅力がある。
俺ですら、聖女のような美しさに一瞬見惚れてしまった。
その一瞬の後に頭の中を占めたのは、少女の美しさではなく、少女の異常さ。
この国では見たことのない黒髪黒瞳。
不思議な服装に、素材の分からない持ち物。
ただの少女にしか見えないのに、身に纏うのは、熟練の騎士のような侮れないオーラ、という矛盾。
この少女はいったい何者だ。
騎士としての勘が、少女を危険な存在だと言っていた。少女に手を出したら無事では済まないとも。
だが俺には引く気はなかった。
この少女が何者であろうとこの国、ローレンス国に混沌を招く存在ならば、命に代えても王都に向かわせることを阻止しなければならない。
その一方でこんなあどけない少女が国に災厄を招く程の存在であるか考えあぐねていた。
確かに少女は異質だと思う。
だが、彼女から滲み出てくるのは、軟らかい雰囲気だけ。
この国へ送られたスパイではないかとも思ったが、彼女の様子を見る限りそれもなさそうだ。
本当に何なんだ、この子は!
元々『頭より体』の俺は直ぐに考えが詰まり、叫び出しそうになっていた。
とにかく、この少女がこの国にとってどのような存在であるか見極めが必要だ。
俺は、馬車を純粋なキラキラとした瞳で見つめている少女に音もなく近寄っていく。
俺は珍しく緊張し、警戒を怠ったりはしなかった。
この国の者ではないことは確かだ。
もし何かで暴れたりしたら、取り押さえる必要がある。少女が只者ではないことは…少女が普通の村人ではないことは明らかなのだから。
スパイではないにしても、この国を狙っている国々の者であったら、拘束をする必要があるかもしれない。
この国、ローレンス国は大国で、その地位を奪おうとしている国は少なからずあると聞いている。
そういう国の者はローレンス国への入国も自粛してもらっている。…実際は無理矢理追い返しているらしいが。
だが、たまたまこの国に迷い込んでしまったのかもしれない娘がいても、不思議はない。
もしそうならば、然るべき処置を取らなければいけない。
そう警戒していた…警戒していたはずだったのだ。
なのにいつの間にか少女、セナへの警戒が薄まってきていた。
……仕方ないだろ?こんなにも無防備に俺に寄り掛かって寝ちゃってんだぞ?
俺は寝ているセナを見つめた。
そのあどけなく、無邪気な寝顔を見て、ついつい口元が緩みかける。
……目を開けて、その黒の瞳に俺を…。
そんな風に思ってしまっている自分に気付いて苦笑を零す。
最初、彼女を見定めるために殺気を向けた。『処分する』とまで言ったにもかかわらず、彼女は平然とし、怯えの感情は見当たらなかった。
その時、彼女は我々にとって危険な存在だと思った。一般人ではないと。
途中から本気で処分しようかと考えた。戦闘中や任務中の時は冷酷無慈悲となる俺は、この時、その状態になっていたからこその判断であったと後から気付いた。
でもきっと、彼女をこの手に掛けることなんて出来なかったに違いない。
だって俺は…
一目見て彼女に心を奪われてしまっていたのだから――…
俺の肩に寄り掛かって眠るセナを見て、いつの間にか口元が緩んでいたのに気付いた俺は、直ぐさま元に戻した。
そんな俺を見て、正面の席に座っているリウナスは言う。
「彼女に…心を許してはいけません」
「……は?」
「彼女は危険、です」
「危険?」
「彼女が言っていたでしょう?『もし手を出せば、この国、この世界を滅ぼす』と。
彼女にはそれが出来るだけの力がある。彼女の魔力は桁違いすぎるのです」
「俺には…魔術のことは分からない。だが、こんな無防備に寝ているんだぞ?俺達が殺ろうと思えば、簡単に殺ってしまえそうな位」
俺の言葉にリウナスは鼻で笑って言った。
「はっ。彼女が無防備?」
何を言ってるんだとばかりに呆れられる。
リウナスの青い瞳が『お前の目は節穴か』と語っていたが、俺はリウナスが何にそんな過剰に反応しているのか分からず、首を傾げるだけ。
この安心しきったように微笑んで眠る彼女の何処が無防備じゃないというんだ。
「彼女の周りには今も、私の総魔力を使っても破れるかどうかの強固な結界が張り続けているのに?」
「なっ、!?」
「眠っている間も構成し続ける結界…人間業じゃないですね」
魔術のことは分からない。でも、これがどれだけ異常なことかは分かる。
魔術は集中力が欠かせない。精神力で具現化させているものだからだ。
だから魔術士は、一般人よりも精神面で強く、どんな危機的状況に陥っても冷静に戦局を見据えることが出来る。
この国で、集中力が続く者程強いとされているのはその為だ。
だが、そんな魔術士にも集中出来ない時がある。
それは睡眠時。
人は誰しも睡眠時にはリラックスし、何もすることが出来ない。
戦争で夜、奇襲が起こるのはその為だ。
なのに、今セナは睡眠時に魔術を使っているという。
それは、人間として有り得ない事象だ。
「何かカラクリがあるんだろ」
「……そうでしょうか」
「コイツはどう見ても人間。魔物じゃない」
人間じゃなければ、魔物。それが一般的な考え方だけど、俺は…。
「ガルロス」
「ん?」
「彼女が貴方を気に入っているのは本当のようです」
「………」
「だから、貴方は彼女を上手くコントロールして下さいね」
――コイツはっ!
昔からリウナスのこういう所が嫌いだった。常に微笑みを浮かべているくせに、一番裏で何を考えているか分からない。
――彼女はコイツの好きにさせてはいけない。
彼女がこの国で、幸せに、そして自由き生きていけるように最善を尽くそう。
強い眼差し。凛とした声。艶やかな黒い髪。
自分が彼女の全てに惹かれ始めてしまっているのを知っているから。