02#名もなき白竜。
白い竜は『りんごうさぎ』を黙々と食べている。
一つ目はあんなに食べるのを躊躇していたのが嘘のよう。
あたしの幻想…もとい妄想だったのか?とつい考えてしまう位。
もし、そうですよ、なんて言われたらきっと立ち直れない。流石に不審人物扱いされても文句一つ言えないよ…。
「きゅっきゅ~♪」
容器に入っていた『りんごうさぎ』を全て食べ切り、竜は満足したように声を上げた。
さっきまで弱っていたのは、ただ衰弱…というかお腹が減っていただけのようらしい。
……まぁ、元気になったのだから良しとしとこうか…。
なんて心の中で呟いていたら白い竜ちゃんは私の前にちょこんと座りなおした。
………可愛い。
それしか頭の中に浮かばなくて苦笑する。
自分はこんな性格ではなかったはずだ。それとも、今までそんな自分に気付かなかっただけだろうか。
自嘲の笑みに顔が歪んだ。
白い竜はそんなあたしに気付いているのかいないのか。
ふっ、と今度は普通の笑みが自分の顔に浮かんだのが分かった。
あたしはじっと竜を見つめる。
――白竜。
白い竜はどんな小説でも希少な生き物として描かれていた。勿論竜自体が希少なのだろうが、その中でも白い竜は数が少なく、強い。稀に弱い、と書かれていたものもあったかもだけど。
あたしが思考の海に浸かりそうになっていたところに、声。
「そなた、名を何という?」
不思議な声色。男の声だと分かるのに、やけに中性的に聞こえるという、矛盾。
しかも、その声は目の前にちょこんと座った竜から聞こえた気がする。
………まさか、ね。いやでも、竜は人の姿に変身?変化?したり、人語を喋ったりすることもあった。
もし、そうならば…何故、さっきまで喋らなかった?弱っていた原因にも関係すること…だろうか?
今はどんなことを考えても予想の域を出ないことは分かっていた。
それでもつい、色々と考えてしまうのは、ただの好奇心からくるものだろうか。それとも…心の中ではまだこの状況に不安を感じ、それを必死に自分自身に気付かせまいとする自己防衛機能からくるものだろうか。 この世界に来てからあたしは疑問系の文章が多くなってきた気がする。というか、確実に。
前の世界では世界などに興味はなく、疑問すら浮かばなかったはずなのに。この世界について知りたいと思うのが不思議で堪らない。
………いつかは元の世界に戻る日が来るというのに。
いや、逆にいつかは元の世界に戻るから、か。
ふと視線を竜へと向けると、竜はじっと見据えていた。問われたことに返事を返そうともしないで考え事に耽っていたあたしを。
………これは名乗った方が良いよね?だって、痺れを切らしかけているのか、無言で『まだか』って凄んできちゃってるよ。…まぁ、そんなでも超絶ラブリーだけど。
「…瀬奈。水城瀬奈」
「セナか」
ふむ、と大仰に頷く白い竜。
そんな姿に、つい写真を撮っておきたい衝動にかられたけど、残念ながらカメラもビデオもない。携帯は映りが悪すぎるから撮っても意味ないし、と考えて少し心が沈む。もったいない、と本気で落ち込んだ。
「よし、セナ」
竜はあたしのことを今まで以上にじっと真剣な目で見つめて言った。
「我に名を与えよ」
「……名前を、?」
竜の名付け。
これも異世界で有りがちなパターンの一つだったことを思い出した。
でもまさか本当に私がその役目を負えるなんて…っ!なんてちょっと感動しながら頭の中では白い竜の名前を必死になって考える。
たしか私の読んでいた小説では『ハク』とか『小雪』とかだったっけ。
外見に関する名前は安易かもしれないけど案外しっくりきていいものかもしれない。
でも、この世界ではきっと人物名は横文字だろう。ならばそれに合わせて意味もなく長ったらしい名前を付けてあげた方がいいのでは…?
やっぱりちゃんとした名前をつけてあげたい。
だってあたしが決めたものがこの子の一生の名前になってしまうかもしれないし。
「……『リールディスメイス』」
「『リールディスメイス』?」
「うん、貴方の名前。…どう?」
リールディスメイス。
えぇ、勿論、インスピで決めました。
………え?真面目に考えるんじゃなかったのかって?
いいじゃん、カッコいいし。横文字だし。意味もなく長ったらしいし。
「ふむ。リールディスメイスか。悪くない」
「良かった。んじゃ、名前長いから『リー』って呼ぶね?」
「うむ。好きに呼ぶが良い」
リーはそう言って頷くと、どこからか真珠みたいなものが付いたピアスを一対取り出した。
その真珠みたいなものはリーの鱗の色と同じ色で何だか凄く目をひく。
「セナ、これを我の耳に付けてくれ」
片方のピアスを差し出しながら言われた。
……ん?これを付けれって?
リーの向けられた左耳を覗き込むと、穴が一つ空いていた。
「リー。この穴に付ければ良いの?」
「多分そうだ」
恐る恐るピアスをリーの耳へ。
取り付けて、離れて見てみると…めちゃくちゃ可愛くて。思わず抱き締めてしまった。
「ぎゅむ…」
「かーわいい~~っ」
……壊れてる。壊れてるよ、あたし。
でも、もう冷静になるのは無理だ。
この生き物は可愛すぎる。
抱き締められる大きさで、ちょうど赤ちゃんサイズ。
手乗りサイズも可愛いだろうけど、やっぱりこのくらいの大きさが好ましい。
――だっておもいっきり抱き締められるんだもんっ!
既にリーにメロメロになってるあたし。
周りなんて既に見えなくなってた。
だから、リーがあたしに向けるどこか呆れた目線も全く気になることはなかったのだった。
「……ナ!セナっ!」
リーにメロメロになってたあたしは愛しのリーが自分を呼んでいることにすら気付かない程、周りが見えてなかったらしい。
危ない、危ない。
「なぁに?」
「セナ、我のと対になるこのピアスを付けろ」
「………ピアスを?」
どうやらもう片方のピアスはあたし用だったらしい。
リーとお揃い☆なんて浮かれてたら、ふと大きな壁があるのに気付いて愕然とした。
「……あたし、穴、空いてないんだった」
すっかり忘れてた。
穴空けるの痛そうだし、と思って空けてないんだった。
リーとお揃いはすごく、すっごく!したいけれどもっ。
痛みが伴うなら、別だ。嫌。というか、無理。絶対、無理。
そんな気持ちを察してくれたのか、リーはこう口を開いた。
「なら、指輪かブレスレットでどうだ?セナの好きな形に変形してやろう」
「えっ!?そんなことできるのっ?」
「我にかかれば、そんなことは造作でもない」
流石、リーくんっ!
目を輝かせて、尊敬の眼差しで見ていたのに気付いたのか、リーは小さい胸を張った。
――可愛い。
「大したことではないがな。セナの方がすごかろう?」
「……ふぇ?」
「…気付いていない、のか?」
「気付くって何を?」
どう考えても、リーよりあたしの方がすごいなんて有り得ない。
あたし、ピアスを指輪やブレスレットに変えるなんて芸当出来ないけど。出来るわけもないけど。
……いや、待て。
異世界のセオリーではどうだった?
……あたしが最強でもおかしくはない。どうしよう…まさか本当に主人公最強系?
私、戦争とかに関与しなきゃ、駄目?日本人だし、地球人だし…人を殺すのは流石に抵抗あるなぁ…。
せめて、参謀が良い。…あぁ、でもあたし戦略とか考えらんないや。
役立たずだな、自分。
そんな感じにまた考えに耽っていると、リーがおもむろに口を開く。
リーから出た言葉は余りにも衝撃的で、あたしは一瞬にして思考の海から引きずり出されることとなった。
「セナ、お前は人間ではないのだ」
リーの言葉には嘘や偽りの類は感じられない。
開いた口が塞がらないとはこのことだと思った。
異世界に飛ばされた時でさえ、驚きはほぼ0だったというのに。
あたしが人間じゃない?そんなこと…有り得ない。
ならあたしは何だと言うの?
だってあたしはちゃんとお父さんとお母さん(正確にはお母さんのお腹の中)から産まれてきた。
産まれたばかりのあたしをお母さんが抱いている写真だって見たことある。
血がつながってないはずがないんだ。
地球という星に産まれた一人のちっぽけな人間、それがあたしなんだから。
なのに、何?何なの、この急展開。
普通、こういうのって最後の最後のシリアス場面で発覚するもんじゃないの?
まだ来たばっかだって。小説や漫画ならまだまだ序章。
ヒーローものの話ならまだ悪役出てきてないよ。寧ろ、まだヒーローの普通の日常部分だろ。
あぁ、驚きすぎて頭の中混乱中だよっ。
いつもの冷静のあたしなんか見る影もないよ。
思考がズレてきているような気がしたけど、考えないようにした。
ビバ、現実逃避☆
そんなことを思い始めている時点で既に現実逃避をしていたことに気付いたのは冷静に考えられるようになった、もっと後のこと。
普通の人はお前は人間じゃないだなんてことを本気で言われたら、相手の頭がおかしいかと思うかもしれないけど、あたしは相手が悪かった。
竜だよ?人間じゃない生き物だよ?信じるしかないと思わない?
……信じられないけど。信じたいとも思わないけど。
いくらリーの言うことだっていったって信じたくない。
人間驚きすぎると冷静になるって良く言うけど、そんなの嘘だと思う。
だってそれが本当なら今、いつも以上に冷静でいられるはずだもん。
あぁ、本当に混乱してるよ…自分が何言ってんのか、何が言いたいのか分かんなくなってきたよ…。
落ち着いて冷静になって、瀬奈。
自分にそう言い聞かせてるあたしを尻目にリーの話はまだ続く。
「…いや、そういうと語弊があるな。セナは人間だ」
その言葉に少し冷静になって思う。
……そうでしょう?
私は正真正銘生粋の日本人よ?
「だが…普通の人間ではない」
リーは今までずっとあたしの目を見つめていたが、あたしの視線から逃れるように視線を下に向けた。
そして、口を閉ざす。
何だか言いにくそうだ。ここまで言っといて躊躇するなんて、どれだけ驚愕の事実なのだろう。
私は聞きたくなかった。でも、聞かなきゃいけない気が…した。
私がリーの名前を呼び、話の続きを促すと、リーはゆっくりと頭を上げ、先程と同じようにあたしを見つめ、重い口を開く。
「セナには二つの魂が共存しているのだ」
「……二つの魂が共存?」
予想だにしない返答に惚けてしまったあたしは、反射的に聞き返していた。
「うむ。詳しく話すと長くなりそうだからな、今は手短に要点だけ話しておこう」
そう前置きするリー。
あたしは一語一句聞き逃すまいと、真剣に耳を傾けることにした。
これからリーが話すことは、今までのあたしという存在を根本的に否定するものかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。
話を聞いてみなければ分からない。
「異界の救世主、セナ。――そなたはこの世界のために人生をねじ曲げられ、過酷な運命をあずかり知らぬ所で背負わされた哀れな少女……。ある時、この世界の創造主は自分の造った愛する世界が滅んでしまうことを知った。世界を救うための策を必死になって考えて、決断する。
『何かあった時すぐに呼び出せる救世主を』。
産まれたばかりのそなたにこの世界の創造主は死んだ神の魂を埋め込んだのだ。この世界を救わせるために…」
有り得ない、と思った。救世主なんて…馬鹿げてる。
あたしがこの世界を救う?無理に決まってる。
「…あたしはこの世界を…救わなくちゃいけないの?」
「セナの好きなようにするが良い。セナの人生はセナのもの。他人が口出し出来るようなものでもないからな」
リーはあたしに言い聞かせるようにゆっくりと、優しく言葉を紡ぐ。
「それにな、セナ。そなたがいくら凄かろうと出来ないことだってあるのだ。世界を救うことだって、出来ない可能性が高い。逆を言えば、セナが何処で何をしようが、世界はいずれ…」
―――滅びる。
あたしはこの世界のことなど何も知らない。
この世界で守りたいものなど…一つもない。
…あ、リーは別だけど。
世界を救うのは生半可な気持ちでは出来ないだろう。
命を危険に晒すことだってあるかもしれない。
この世界はあたしが自分の命をかけて救う程、価値のあるものだろうか。
あたしは、暫くの間虎空を見つめ、見慣れないこの世界をただ見つめていた。
何も考えられないでいた。
「…結論を急ぐ必要はない。十分に考えるが良い。…我はセナが出した結論ならばどんなものであっても、力になろう」
「リー…」
リーは結論を先延ばしにしても良いと言った。
ならばあたしのするべきことは……
「あたし…この世界を、知りたい。どんな所でどんな人がいるとか、あたしはちゃんと知らなきゃいけない。そして…結論を出すことがあたしに課せられた使命だと思うから」
あたしはリーに向かって微笑む。
リーはそれを見て、優しさを讃えた瞳を細めた。