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01#ゼロからのスタート

 ……ここは何処だろうか?

 周りを見渡すと目に飛び込んでくるのは木。木。木。どうやら此処は森らしい。

 私は目を瞑って冷静に数分前のことを思い出してみた。










 普通の日だった。何もかもいつもと寸分変わらない日常。

 ちょっといつもと違ったことといえば、朝の占いが一位だったり、そのおかげか嫌いな英語が自習になったこと位。いつも通り退屈な授業を受けて、いつも通り一人で帰る。


 その帰り道で赤い珍しそうな花を見つけたことが多分…今、此処にいる理由。

 良く分かんないけど、その花を触った瞬間世界が暗転したし。

 信じられない。でも信じなきゃいけない事実。



 ――ここは…異世界であるという事実。


 幽霊とか異世界とかそんなメルヘンチック(?)な性格ではないけれど、そう考えなければ説明がつかない。


「ホント…マジ有り得ない…」


 元の世界に未練があるわけじゃないけど、此処には知り合いが一人もいない。

 漫画や小説とかだと此処でイケメンが迎えに来てくれたりするんだろうけど、誰も迎えに来てくれる様子はない。変な輩に襲われることもない。

 …というか人の気配すらない。

 まぁ、人がいたとしてもあたしみたいなブスを相手にしてくれるとは思えないが。

 ……自分で言っててちょっと虚しくなってきた…。


「――まぁ…まだ死にたくはないし…やってみるか」


 既に三回折り込んであった制服のスカートを、もう一回折り込んで…笑った。

 当てもなく歩き始めたあたし。

 これからの出会いに胸をちょっと踊らせて。










 森を抜けたら街に出た。


 うん、異世界。見たことない風景。見たことない街。こんな場所、日本にはない…と思う。


 森では木が邪魔してて気付かなかったけど、月が二つ。しかも色が黄色に似ても似つかないピンクと水色。悪趣味だ。

 地球上にこんな場所が存在したなら、とっくに話題になってるはず。教科書に載るって。寧ろ、表紙の写真に使われるだろう。

 子供の落書きの様な有り得ない風景に一瞬惚けてしまったけど、一度、深く深呼吸して自分を落ち着かせた。


 周りを軽く見渡してみると、店の様なテントらしきものがたくさん連なっていた。多分、商店街なのだろう。……店がテントって、いつの時代だ。


 前の世界で培った『異世界は中世風(…と言っていいのかはまだ定かではないが)で身分制度云々』という知識は、そう間違ったものではないらしい。

 ならば、王政とかもまだ残っているのだろうか。

 魔法・精霊とかもあったり、いたりするかもしれない。

 私にも使えるかな。使えるといいなー。


 私の知識によると、異世界に飛ばされた人間は基本的に二パターンの影響を受けることになる。

 一つ目は身体能力が格段に上がるタイプ。因みにこちらは男性が主。

 二つ目は魔力量が普通の異世界人の倍以上あり、魔法・魔術の類、もしくは精霊を使うことが出来るようになるタイプ。

 どちらも、というおいしいパターンも稀にないとは言えないが、あまり期待はしないほうが良いだろう。

 逆に、何も変化しない危険パターンも存在しないわけではない。そうではないことを祈るばかりだ。

 なんて、異世界に飛ばされた人間の状態について考えていたら、いつの間にか街の外れまで来てしまっていたらしい。


「…いつの間にこんなところまで来てたんだろ…」


 思わず呟いてしまったが、別に大して気にしてはいない。

 何かについて夢中で考え出すと、無意識でも行動を起こしているのはあたしの昔からの悪い癖だからだ。

 今回は歩きながら考え事を始めてしまったのが原因だろう。

 自分なりにそう推測し、結論させながら周りの状況を確認する。


 人っ子一人いない。…ように見えた。


「きゅ~……」

「―――!」


 何かの弱ったような声。声には張りがなく思わず声の主を必死になって探してしまった。


 ふと、足元に視線を向けると……いた。

 白い小動物。

 大きさは産まれたばかりの赤ちゃんサイズ。ちょっと未熟児の赤ちゃんかも。あ、今は未熟児って言わないんだっけ。えっと確か…体重なんとか…体重!

 そんな可愛いらしい白い小動物は俯せに倒れて弱っていた。


 この白い小動物はどう見ても……



「………竜?」



 そう、そこには竜がいた。

 白い竜。…の子供?


「きゅきゅぅ~…」


 か、可愛い!!

 今まで異世界に飛ばされたことに対して何の感慨も湧かなかったけど、こんな可愛い生き物に会えるのなら異世界に来て良かったかも!なんてついつい思ってしまった。


「きゅ~……きゅ?」


 円らな瞳に見つめられて悶えそうになるあたし。そんな自分に気付いて慌てて理性で押さえ込んだ。

 危ない、危ない。

 いくらこの白い竜ちゃんが可愛いからといって、悶えるなんて。不審人物もいいところだ。

 ましてや、弱っている竜を前にして。


 ………弱ってる?

 あたしはそこでようやくこの状況に気付いた。そうだった。弱ってるんだよ。助けなきゃ。


 ……怪我してるのかな?それとも、ただ衰弱してるだけ?

 あたしはぐるっと竜を見渡して、怪我を負っていないかを確認。

 ……うん、見たところ、怪我はない。血も見当たらないし。

 でも、見た目で安易に判断しちゃいけない。だから本当は、地面にくっついているお腹の方も確認したかったけど、諦めた。

 だって、もし本当に怪我してたら動かさない方が良いだろうし。

 とにかく血は見当たらないわけだし、何か食べさせてみよう。

 なんか竜が食べても大丈夫そうなのって持ってたっけ?


 ふと目線が自分の手に下がっている学生鞄へ向いた。

 ………学生鞄なんて持ってたっけ?

 意識が向けられて初めて、自分がちゃんと学生鞄を掴んでいる事に気付いた。

 毎日意識せずとも鞄を持っていたおかげだろう。習慣とは恐ろしいものである。


 ふむ…何か食べれそうなもの、食べれそうなものっと。

 ………あっ!

 ピコーンと頭の上の豆電球に灯りが点いた気がした。本当に気がしただけで、実際は豆電球などあるはずもないのだが。


 あたしの頭の中に浮かんできたもの、それは。


 がそごそ、がさごそと学生鞄を漁る。まるで、泥棒の家探しのように…とはなるはずもない。


「……たしかこの辺に…っあ、これかもっ」


 あたしが鞄の中から取り出したのはオレンジ色の小さな容器。あたしがいつも果物を詰めるのに使っているものだ。

 中には未だぎっしりと林檎が詰め込まれていた。

 本当は今日のお昼のデザートになるはずだったこの林檎はお腹の調子のせいで開けられもせず、ほっとかれていた。

 お腹が痛くてつい残してしまった林檎がこんな所で役に立つとは…。


 蓋を開けて中を確認。うん、大丈夫食べれそう。夏だったらヤバかったけど、夏はとうに過ぎているはずだ。食中毒にはならない…はず。

 因みに林檎はあたしにしては珍しく『りんごうさぎ』だ。

 普段はそんな時間のかかる面倒なことをしようとも思わないのだが、今日は何分早く起き過ぎた。

 学校に早く行った所で特にすることなどない。

 ならばいっそのこと、家でゆっくりと時間を潰してしまおうと考えた。


 その時、目の前に林檎がちょこんと置かれていたのだ。まさに『私を切って下さい』と言わんばかりに。だからあたしは切った。うん、他にやることなかったし。

 でも普通に切ってたら、すぐに終わっちゃうし、と考えて、思い出したのが『りんごうさぎ』。

 でも…普通に切るより『りんごうさぎ』の方が早く切り終わってしまうとは思わなかった。まさかの選択ミス。

 結局余ってしまった時間は二度寝をして過ごすことになってしまったのだった。










 ………ここまで今朝のことを思い出して、今の状況にやっと思考が向いた。

 弱っている竜。

 なんてあたしは非道なんだろう。

 目の前に弱っている小動物がいるのに自分は今朝のことをのほほんと思い出しているなんて。


 早く竜ちゃんに林檎食べさせてあげなきゃ。

 蓋を避けて、オレンジ色の容器ごと『りんごうさぎ』を竜の目の前にそっと差し出した。

 竜は反応を示しはしたが、食べようとはせず、その代わり一声鳴く。


「……きゅ~?」


 状況を理解していないのか、この『りんごうさぎ』が何なのか分からないのか、不思議そうな、どこか問い掛けるような声。

 あたしは直感的に後者だと判断して、容器の中から一つだけ『りんごうさぎ』をそっとつまんで取り出した。そしてそのまま自分の口に。


「んっ、おいし」


 瑞々しさは流石に薄れてはいたが、悪くはない。それに食中毒にもならなそうだ、うん、多分きっと。

 小さな竜は私が『りんごうさぎ』を食べるのをじっと見ていたが、私がそう洩らしたのを聞くと、意を決したように、容器、もとい『りんごうさぎ』に手を伸ばし…掴んだ。


 そして『きゅ?』と何だか許可でも待っているように見つめてきたので『うん、食べていいよ』と笑った。

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