12#突き刺さる視線、真っすぐな心
人の視線が突き刺さる。
まるで檻の中にいる見せ物である動物のように。
一時も心休まる時などなく。
最初は、カレンが隣にいるからだと思っていた。
皆、カレンを見ているのだと。
だがそれは違うのだと、途中で気付く。
……あたしを、見てる?
やはり、この色は目立つようだ。
リーなら何とか出来たかもしれない。次は必ず、何とかしよう。
その考えが間違っていたことに気付くのはもう少し先のこと。
カレンではなく、あたしを見ていたのは、カレンの婚約者であると皇子自身が堂々と宣言したからだ、ということは今のあたしの頭の中には思いつきもしない。思いつく、はずもなかった。
「あっ、これどう?」
あるお店に並ぶ商品の中から一つ手に取りあたしに見せるカレン。
カレンが手に取ったのは深い群青色のネックレス。
カレンの瞳と同じ色。
「カレンの目の色だね。うん、カレンに似合うと思うよ」
「これを付けるのは僕じゃなくて、セナなんだけど…。まぁいいや」
そういえば、気付いたことがある。
この国では髪と瞳が同じ色の人が多い。というか、大抵そういう人だ。
かくいうあたしもそれに当てはまってしまうのだが、そういう人が生まれやすいということなのだろうか。
目に映る人々の色は、それはもう様々である。同じ色でくっつくことはほとんどないに違いない。二つの色を掛け合わせて生まれるのだから、その子供は二つの色が反映されてもいいはずなのに。もっとそういう人がいてもいいはずなのに。
実に不思議である。
「カレンの瞳の色ってお母さん譲り?」
「えっ、あ、あぁうん。……そうだよ」
「…綺麗な色」
「ありがとう。僕もこの色好きなんだ」
微かに寂しそうな、そんな表情になった気がした。
「……セナは知らないようだから教えておくけど…髪と瞳の色が違うというのはそれだけで異質なんだ」
「……異質?」
「そう。髪と瞳は同じ色。それは大昔から決まっていた。でも、ある時から稀に髪と瞳の色が一致しない人間が出始めた。異質な人間。…人々はどうしたと思う?」
人間が異質なものに対してする行動はいつの時代も変わりはしない。
迫害。差別。奴隷。
人として必ずあるべき人権すら認められず、人として生きることすら許されない。
「……今でもまだ残ってるんだ。古い時代の置土産ってやつ」
「じゃあ…」
カレンも……?
そう言おうとするも、声は出なかった。
カレンの瞳が頼りなく揺れたように感じたから。
「…もう、この国ではほとんどなくなってるよ。勿論国境近くの村や街からは完全になくなったわけではないけど」
――でも、僕の目が届く範囲では絶対にそんなことはさせない。
そう言い切るカレンの瞳は真っ直ぐすぎて、あたしには直視出来なかった。
ただ、一人の人間として、そんな未来が来る事を願った。
結局カレンはカレンの瞳の色である群青色の宝石がついたネックレスをプレゼントしてくれた。
『いつも身に付けてね』と笑っていた。
あたしはその言葉に頷き、これからするであろう大きな決断を出来るだけ早く、と心で誓う。
この世界を救うと決めても、間に合わなければ意味がない。
「……ナ…セナ?」
「えっ、あ、何?」
「ぼーっとしてたから。どうしたの、疲れた?」
「大丈夫。ちょっと考え事」
「それならいいんだけど」
身体が無意識に震えていた。
急に怖くなった。
あたしにこの世界に住む全てのものが委ねられている、その事実が。
カレンを知るたびに、この国を知るたびに、この世界を知るたびに、徐々に現実味を帯びていく。
――あたしにはそれ程の価値など、ありはしない、というのに。
*****
「セナの髪って本当綺麗だよね」
カレンに急にそんなことを言われて驚いた。
…と同時に過去にも良くあたしの髪を濡れたように煌めく艶やかな綺麗な髪だ、と言った人がいたことを思い出した。
その人は余りにもあたしの世界に合わない人だった。この世界の異質な雰囲気の方が似合う程。
名前は何と言っただろうか……もう覚えてはいない。
「セナ、次はどこに行こうか?」
「んー…人が集まるところがいいな」
「じゃあ広場だね」
カレンは無邪気に笑う。
はぐれないように、と手を繋いだ。
すると、照れ臭そうに、でも何処か嬉しそうにカレンは笑った。
「………っ、!」
その表情がある人と被る。
今日はよく向こうの世界にいた人を思い出す日だと頭の片隅で思った。
……彼は今何処で何をしているのだろう。
自分を探しているだろうか。
あたしは元の世界にいるたった一人の兄弟に想いを馳せた。
この世界に来て二日目。やっと自分に余裕が出来てきたのだろう。
これからあたしはどうしていくのか、そんなことは分からない。
元の世界に帰れるかどうかすら分からない。
……何としてでも帰りたいとは思わない。
――だけど、せめて、元の世界に置いてきた人達は、どうかあたしのことなんか忘れて幸せに生きて。
あたしはそう願わずにはいられなかった。