10#反逆の狼煙。
尋常じゃないらしいあたしの魔力量にも、彼はきっと気付いてる。
だって、彼は…魔力を持っているから。
赤いオーラが目に映った。彼の魔術属性は火だろうか。
「セナ、別に私はそなたのことを殺すつもりなどない。ただ知りたいだけだ」
「……」
あたしは無言で返す。
事情を話したところで、信じてもらえるわけない。
信じてもらおうなんて思っちゃいない。
だから、言葉を発さない。
そんなあたしの代わりに口を開いたのは、あたしの左隣を早くも定位置とする皇子様だった。
「……父さん、セナのこと知ってどうするつもり?」
「お前には関係ないだろう」
「関係あるよ」
「ほぉ?」
「だってセナは僕の未来のお嫁さんだからね」
いや、了承してないって!とはさすがに突っ込めなかった。
心の中では突っ込んだけど。
カレンは本気であたしと結婚するつもりなんだろうか。いや、皇子様の気紛れに違いない。
それにあたしは…この国に留まるつもりなんかないから、結婚なんて無理だし。
ましてや、相手が一国の皇子様だなんて冗談じゃない。厄介すぎる。
「未来の嫁、だと?」
「そうだよ」
「……まぁ、好きにしろ。別に政略結婚など必要ないからな。お前が気に入ったのならそれでも良い」
ちょっ!?
もう、どこから突っ込めばいいのか分からないんですがっ。
皇子様の相手をそんな簡単に決めちゃっていいんですか。
あたし、結婚する気ないですけど。
カレンと会ったのさっきが初めてですけど。
「……それより、セナ。これだけははっきりして貰いたい」
「何でしょうか?」
「そなたはこの国にとって、敵か?味方か?」
「あたしは……」
敵ではありません。
そう答えようとしたら、あたしの言葉を遮るようにして聞こえてきた叫び声。
「王っっ!!!」
「何だ、何があった!」
「反逆者が!直ぐに地下道へお逃げ下さい!ここは危険です……っ!」
突然謁見の間の扉が開き、扉の向こうの脇に立っていた二人の騎士が慌てて王様に警告を促す。
王様は少し取り乱したものの、すぐにさっきまでとほとんど変わらない様子に戻って落ち着きを取り戻していた。流石は王様だけある。
カレンは王様に指示を仰いでいた。
あたしはどうやってこの場面を切り抜けようかと考える。
あたしにはリーがいる。危険な目には合わないだろう。危険なのは王様とカレンだ。
どこから襲撃者が襲ってくるか分からない。
そう考えて、広い謁見の間を見渡した。
「………っ、!」
赤い玉座の後ろから、王様に迫る黒い影を視界が捕らえた。
あたしは咄嗟に駆け出すものの…
間に、合わない…っ!
間に合って、と強く願う。
目の前で人の死など見たくない。
それで悲しむ者はたくさんいるだろうから。それで傷つく者がいればいる程助けられなかった自分の無力さを呪ってしまうだろうから。
強く強く、願った。
すると、あたしの魔力が溢れ出す。
リーがあたしの結界を強固にするのが分かった。
でもそんなことはそんなことは構っていられなくて、とにかく彼を助けるために走った。
――奇跡。
そう呼ぶのが一番ふさわしいだろう。
あたしの魔力は謁見の間の隅々まで届き、一瞬にして世界がモノクロになった。
白と黒で構成された世界。
その世界ではあたし以外の総てが停止していた。
周りの様子など気にしなかった。気になどしている暇がなかった。
いつこの世界が崩れてしまうのか分からなかったから。
このモノクロの世界はきっとあたしの魔力が作り出したものだろう。
これが現実なのかも分からない。
それでも、なりふり構ってはいられないのだから。
あと3m。
あと2m。
あと1m。
――ゼロ。
走ってきた勢いに回転もプラスして襲撃者の腹に回し蹴をお見舞いする、その瞬間に世界は色付き始め、モノクロの世界から現実の世界へと切り替わった。
「――王っっ!」
「ぅ゛ぐ…っ、」
王に駆け寄ろうとする騎士達と襲撃者の呻き声が重なる。
襲撃者は壁へと叩きつけられ、襲撃者が手にしていたナイフのような凶器は、床へ弾き飛ばされ、カランカランと音を立てた。
「王、ご無事ですか!?」
「あ、あぁ…」
駆け寄ってきた騎士達の慌てた声に王様は、未だ状況が判断できないようで曖昧に返事を返していた。
リーはあたしの肩にまだ乗っていて、耳元で『大丈夫か?』と心配してくれる。
カレンは走り寄ってきて、あたしに叫んだ。
「セナっ!」
「あ、無事だった?」
「無事だった?じゃない。心配した…」
「あたしは大丈夫だよ?」
「いつの間にかセナ、父さんの近くにいるし…本当焦った」
そう言ってあたしを抱き締めた。
カレンの身体は微かに震えていて、何だか申し訳なくなる。
周りを見渡すと、襲撃者は二人の騎士に取り押さえられていた。
王様の無事を確認しようと振り向くと、王様はこちらに向かって毅然と歩いてきているのが見えた。
「セナ、そなたのおかげで助かった。礼を言う」
「いえ」
「……もう一度聞こう。そなたは敵か?味方か?」
「敵ではありません。……ですが、味方でもありませんね。まぁ、どちらかというと味方ですが」
王様はその答えに満足したのか微笑むだけで、続きの言葉は発そうとしなかった。
あたしはそんな王様にカレンを抱き締め返しながら笑った。
「今回は本当に助かった。反逆者は即刻全員炙り出す。だからそのことについては心配はいらないぞ」
「そうですか」
「それで、だ。何か要望はあるか?」
「要望?」
「礼だ。好きなものを言うがよい。出来るだけ善処しよう」
此処は、お城の一室、会議の間である。
会議の間には大きな長テーブルがロの字型に置かれ、その周りに沢山の椅子が置かれている。
会社や学校の会議室と何ら変わりがない。
発言をまとめるためのホワイトボードは無いが、その位なら魔術で応用が聞きそうだ。実際そうなのだろう。
この会議の間には合計五人の人間と一匹の竜が集まっていた。
国王のサレスト・ローレンス。
第二皇子のカレスティア・ラクティスヘレスト。
国王補佐である宰相のカートレズツ・ルーメシア。
サタナ城侍女のルリシアーネット・ミスカーレ。
白竜で最強?のリールディスメイス。
そしてあたし、セナ・ミズキ。
あたし達は、つい先程の襲撃事件について話し合う為に急遽移動した。
事件に立ち合った四人と一匹と、国の重要な位置にいるカーレズさん…カーレズさんは国の宰相のカートレズツさんのことで…その五人と一匹。
カーレズさんはこれまた美形さんで。灰色の髪と瞳で何故だか眼鏡を掛けている。眼鏡って異世界にもあるんだ、なんて思ったことは勿論秘密。前髪は軽く分けてあり、後髪は長くもなく短くもなく…いやちょっと長めの髪をきっちりとセットしてある。すらりとした身体にスーツ(みたいな服)がすごく似合ってると思う。何だか出来るインテリサラリーマンのようだ。ついそう呟いたら、カレンが『インテリ?サラリーマン?』と首を傾げてた。可愛かった。
宰相という立場にいる国の重役さんらしいが、イマイチ、ピンとこない。基本は国王の補佐をやっているらしい。何をするのか。やっぱり書類の仕分けとか?うん、地味。
微妙に酷い事言ってるな、あたし。
ちなみにサタナ城とはこの城のことらしい。他国に勝つことはあっても負けることは無い程立派なものなんだとか。
「礼なんて要りませんけど…」
「そう言ってくれるな。何でもよいのだぞ?」
「別に願いなんて……あっ、」
取り敢えずはこの国を見て回らなくてはいけない。
その為の寝床だけは確保しておかなければ。
あと、出来れば他の国に行く時に手助けとかしてもらえるとありがたい。他の国への入国許可証発行とか。
そう口にしたら、王様は何故か固まってしまった。
「他の国を見て回る?」
「はい、そのつもりですが…」
「安全な国は多くない。それでもか?」
「大丈夫ですよ、あたしには心強い味方がいますから」
ねっ、と机に転がっていたリーに視線を送ると、リーは『うむ』と短く了承の意を示してくれた。
それが何とも心強かった。
『心強い味方?』と王様とカレンが首を傾げていたが、説明する気はさらさらなかったので無視した。リーとあたしだけ分かっていればいい。
「……分かった。そのように手配しておこう。寝床ならば、この城の一室を使うと良い。客席は余る程ある」
そういう言う王様と、
「セナ、いつまでこの国にいられるの…?」
そう問う皇子様。
あんまり似てないな、なんてちょっぴり思った。
結局、あたしの要求は全て通り、寝床はサタナ城の客室を使えることになった。そして、滞在中はルリシアさんがいつも傍に控えてくれるらしい。
ルリシアさんは実は格闘技を嗜んでいて、要人警護もこなせるんだそうだ。腕っぷし自慢の男が五人がかりで挑んでも勝てない程強いらしい。寧ろ、無傷で圧勝だとか。
この世界の女性は皆そんななのだろうかと少し不安になった。見た目で判断してはいけないという教訓だ、正に。
「分からないけど、この国を一通り見て回るまではいるよ?」
「……ずっとこの国にいればいいのに。ローレンス国は豊かで平和だし、他国に行く必要ないよ。……もし、この国に居場所がないと思ってるなら、僕が作ってあげる。――だから、傍にいてよ」
それはカレンなりのプロポーズだった。
決まり文句などよりも遥かに心の奥まで届いてしまう。
きっとカレンは深い闇を抱えているのだろう。先程会ったばかりのあたしですら気付く程なのだから、その闇はどれほどなのか。
その闇がどんなものかなんて分かりはしないけれど、でも、その闇から救ってあげたいと思った。闇の中で彷徨っているならば、手を伸ばして道を示したい。
……そんなこと思ってはいけないというのに。
あたしにはそんなこと出来はしないから。
「……あたしは世界を見て回らなきゃいけないの。例えその道がどれだけ危険なものかを知っても、ね。この世界を自分の目で見て触れ、そして判断することがあたしの使命、天命だから」
――この世界はあたしの命をかけて救う程価値のあるもの…?
まだ分からない。
でもこの国の人たちと触れ合ううちに、きっとあたしには『救いたい』という気持ちが芽生え始めることだろう。
だって、たった一握りの人達にも心が揺れ動かされかけているから。
だって、その人達は既にあたしにとってかけがえのないものになりつつあるから。