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09#謁見の間にてご対面

 ――コンコン

 そんな音であたしは起こされた。


「失礼します」


 そう言いながら、寝室の扉を開いたのは、初めて見るメイドさんだった。

 本物のメイドさんは物珍しくて、ついジロジロと観察するような視線を送ってしまう。

 白い清楚なブラウスに黒いワンピース。白いカフェエプロン。ひらひらとしたワンピースの裾からは白いレースが覗いていて、何とも言い難い。短い袖は二の腕で絞られていて、そこからも白いレース。首と手首には白で縁取られた黒いレース。足には白いひらひらのいわゆる、ニーハイソックス。頭には白いヘッドドレス。白と黒の絶妙のコントラスト。

 正にメイドさん、という出で立ちだった。

 こういう所は世界が違っても結構似ているものなんだな、なんて頭の片隅で思う。

 お城のメイドさんであるだけあって、礼儀と気品を持ち合わせているんだろう。


「起きていらっしゃったのですね。はじめまして、セナ様。私、ルリシアーネットと申します。ルリシアとお呼び下さいませ」

「あっ、はじめまして、ルリシアさん」


 メイドさんだとしてもやはり敬称は必要だろう。

 あたしはこのお城に客人として扱われているらしい(昨日のガルロ談)けど、実際はただの小娘でしかないし、救世主っていったって、世界を救えるか怪しいものだし。

 とにかく今は、このメイドさん…ルリシアさんに敬語を使ってへこへこしとこう。面倒が起きないためにも。


「セナ様には、こちらの服に着替えて頂くようにと申し遣っております」


 そう言って寝室にあったクローゼットから一着のワンピースを取り出された。

 水色のそれは、レースが所々に使われているものの、至ってシンプルなもの。

 レースがふんだんに使われているひらひらのワンピースやゴージャス過ぎるドレスじゃなくて、あたしは心の中で深く安堵の溜め息を吐いた。


「あ、と。その前に、セナ様はそちらにある浴室にお入りになってはいかがですか?」


 そう言われて、初めて昨日お風呂に入ってなかったことに気付いた。

 しかも、制服のまま寝てしまっていた。制服は皺くちゃになっていて、スカートのヒダはとれかかってしまっている。

 それを確認して、あたしの眉間には少し皺が寄った。

 そんなあたしに気付いたのか、ルリシアさんは笑顔で口を開く。


「今、セナ様がお召しになっている服はこちらでお預かり致します」


 にこっと笑うルリシアさんに『お願いします』と一言答えた。…そう答えるしかなかった。










「よくお似合いです」


 あたしは淡い水色のワンピースに着替えさせられ、真珠のようなネックレスを付けさされた。髪もアップに纏め、何をしたのか、髪にキラキラした粉のようなものがついている。

 メイクまでされて、もはやあたしではなくなっていた。

 手首にはリーから貰ったブレスレットがはまっている。これだけは付けたいとルリシアさんに懇願した。

 リーが『絶対に外すな』と言っていたから。良く分からないが、御守りのようなものらしい。


「ありがとうございます」

「王がお待ちになっておられます。そろそろ行きましょう」


 優しくルリシアさんに促され、ベッドの様子を伺った。

 ルリシアさんによってキチンと整えられたベッドの上には、リーがちょこんと座っている。


「我も着いていこう」


 さっき聞いたばかりなのだが、リーを包む、今現在も構成中の結界【同化の結界】の効果で、リーの声すらも、あたし以外には聞こえないんだとか。

 透明人間とはやっぱりちょっと違うんだな、なんて思ったことは秘密である。


 あたしはリーに了解の意志を伝えるため、首を縦に振る。


「はい、行きましょう」


 ルリシアさんに言ったように聞こえるように、言葉を選んだ。

 バレてはいけない。バラす必要などない。

 リーは羽をばたつかせ、あたしの肩に飛び乗る。重くはなかった。ただ、少し違和感を持っただけだった。










 朝早いというのに、王様が待っているという謁見の間に行くまでの長い廊下で沢山の人とすれ違う。

 ルリシアさんによく似ている格好(厳密に言えばちょっと違う)の人やガルロと同じ騎士、魔力がうっすらと確認出来る魔術士など色々な人がいた。

 あたしの隣にはルリシアさんがいたが、やはり好奇の視線は休むことなくあたしに向けられ、王様と謁見する前に体力気力共に使い果たしてしまうのではないだろうか。そんな風に思ってしまう。


 余りの視線の多さに参っていたあたしが突如出会ったのは、茶色の髪と深い群青色の瞳を持つ少年。

 あたしとほとんど変わらないであろうその少年は、一般の庶民では持ち得ない気品のオーラを纏っていた。

 因みに、この少年も美形である。


「見たことない顔…。アンタ誰」


 茶髪の少年が紡ぐのは綺麗なテノール。声変わりはまだなのか、それとも声変わりしてその声なのかは判断つかなった。でも、この美少年にピッタリとはまる澄んだ声だと思った。


 あたしは何となくこの少年がどんな人物なのか分かっていた。

 このお城にいて、こんな態度をとれるのは、あれしかないだろう。


「どうしてこんな所にいらっしゃるのですか、カレスティア皇子っ!?」


 ――ほら、やっぱり。


 あーぁ、王様に会う前に皇子様の方に先に出会っちゃったよ…。


「ルリシア、こいつ、誰」

「昨日から城に滞在なさっておられる王の客人でございます」

「……ふーん」


 いくら相手が一国の皇子でもジロジロ見られて、良い気はしない。

 あたしは初めてルリシアさんに会った時の自分を棚に上げてそんなことを思っていた。


「セナ様、こちらの方は…」

「このローレンス国の第二皇子、カレスティア・ラクティスヘレスト」


 まためんどくさい名前だと眉間に皺が寄ってしまったのは仕方がないことだろう。

 第二皇子ということは、この国の後継者ではないのだろうが、人の上に立つ才能は充分に備わっている。第一皇子はこんな出来の良さそうな弟を持つなんて、苦労していることだろう。いや、第一皇子はこの少年よりも凄い人なのかもしれないが。


「これから父さんの所に行くの?」

「はい」

「ふーん…。あ、そうだ。まだアンタの名前聞いてないや」


 突然、こちらに振られて驚くあたしをよそに、皇子様は『早く名乗ってよ』と急かす。

 相手が名乗ったのに、名乗り返さないのは失礼だろう。

 あたしは視線がほぼ同じな皇子様を見つめて、口を開いた。


「セナ・ミズキ…です」

「セナ、ね。セナは何で城に呼ばれたの?」

「……分かりません。あたしが魔術士だったからじゃないですか?」


 本当は理由なんて分かり切ってるけど、わざわざ教えてあげる義理もない。

 あたし自身魔術士だとは思ったことはないけど、こう言っといたほうが、様になるだろう。


「セナ……僕のこと、好きに呼ばせてあげよっか?」


 突然、皇子様が意味の分からないことを言い出した。


「……は?」

「だから、僕のこと、好きに呼ぶ権利をあげるって言ってるんだよ」


 いや、だから意味分かりませんって。

 突然何なんですか。

 というかそれ、あたしに利益あるんですか。

 対応に困って、ルリシアさんを見ると、ルリシアさんは綺麗なお顔を驚愕の色に染めて口をぱくぱくとさせていた。若干顔色も悪くなっている。

 何なんだ。そんなに意味のあることなのか。

 あたしには何が何だか分からなくて戸惑うばかり。


 そんなあたしに伸ばされた助けは今まで沈黙を貫いていた竜からだった。


「……ローレンス国の王族の『名前を好きに呼んで良い』というのは…結婚を申し込む際の決まり文句だ」


 勿論、その言葉を聞いたあたしは顔面蒼白になり、叫びかけたけど、余りの衝撃で声が出なかった。

 そんなあたしを見てクスクスと無邪気に笑うのは、茶髪の少年、ただ一人である。










「こちらが、王がいらっしゃる謁見の間でございます」


 大きな扉の前に立ち、そう説明するルリシアさん。

 あたしの肩にはあれからまた一言も喋らなくなったリー。何だか機嫌が悪そうで、ちらっと見る度、難しそうな顔をしていた。

 あたしの左隣には、カレン。カレンっていうのはカレスティアの愛称。因みにあたし命名。『女みたいで嫌だ』という言葉も聞こえてきたが無視した。好きに呼んで良いっていったのは貴方なんだから、と。

 あの騒動の後、いち早く立ち直ったのはルリシアさんだった。『そのお話はまた後にしましょう』と有無を言わせない笑顔で言って、半ば強引にあたしとカレンをこの扉の前まで連れてきた。結構、ルリシアさん強い。


 ――ドンドン

 コンコンという可愛らしいものではない、ずっしりとした扉を叩く音。

 ルリシアさんは謁見の間の大きな扉を二回ノックすると、重そうな扉を開け……いや、扉の両脇に静かに佇んでいた騎士がゆっくりと押し開けてくれた。

 ……さすがにルリシアさんはそこまで出来ない…いや、しないらしい。


「王、第二皇子、カレスティア様とセナ様をお連れ致しました」


 心臓が柄にもなくドクドクとなった。どうやらあたしも緊張しているらしい。

 遠く視線の先に、真っ赤な玉座に座った男。

 ――王、様。


 謁見の間は予想以上に広く、美しかった。

 所々に宝石がちりばめられ、宝石に興味が無いあたしすら目を引く美しさだった。

 全体的に赤のイメージで、壁に垂れ下がっている垂れ幕が部屋の存在感を強固なものにしている。

 床には赤いカーペットが玉座まで敷かれており、ハリウッドでよくあるレッドカーペットのようだった。

 そんなレッドカーペットを土足のまま歩くのは何だか心苦しいものがある。隣のカレンは勿論堂々と王者の風格で歩いていて、羨ましくなった。


「……よく来た。名は何という?」


 玉座の前まで来たあたしにかけられたのは、尊大ながらどこか優しさを含む、そんな声。

 あたしはその声に何故か、心休まる何かを感じた。


「セナ・ミズキと申します」

「よい、頭を上げよ」


 頭を下げていたあたしはその言葉にゆっくりと頭を上げて、王様を見つめた。

 既に二人の子を持つとは思えない程の若々しい男だった。

 髪の色こそ、カレンと瓜二つであるけれど、精悍な顔立ちはカレンと似ても似つかない。きっとカレンは、母親似であるのだろう。

 第一皇子はどちら似であるだろうか、なんていうどうでもいいことが頭を掠めた。


「そなた…いや、セナと言ったか。単刀直入に言おう。……そなたは何者だ?」


「……流れ者の魔術士でございます」


 あたしはそう言って笑った。

 間違ってはいない。

 あたしは魔術が使えるらしいから、魔術士だし、別世界から流されてきた流れ者だ。


 この世界に拠り所などないけれども。

 あたしはこの世界でやることがあるから。

 こんなところで殺される訳には行かないんだ。




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