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07#姿形が変わっても君は君

 ゆっくりと開けていく視界が捕らえたのは、少しずつ存在が確かになっていく、人。


「――っ、!」


 光が収まり、姿を現した一人の人間に息を呑んだ。

 白髪。金瞳。白い肌。鋭い眼差し。高い身長。細身なのにガタイのよさそうな身体。広い肩幅。

 そこにいるのはリーのはずであるのに、『この人は誰』という疑問があたしの頭を掠める。

 人形のように整った顔立ち。

 無表情…ではない、と思う。でも無表情に近い。

 感情が上手く表せられない不器用な人なんだ、と何の根拠もなくそう思った。


「リー…?」

「うむ」


 やっと言葉に出来たのは分かり切っている疑問だけで。


 確認のためもう一度ちゃんと見てみた。

 部屋の中央にいるのは白髪に金瞳の整った顔立ちの青年。その美しさはガルロやリウナスとは全く別次元で。目が…離せない。吸い込まれそうになる程、奥に何かを秘めていそうな金色の瞳は、鋭く細められている。上は、白いYシャツっぽい服の上に黒い高級そうな上着。スーツっぽい。下は…長いズボンをすらっと履いている。嫌味な位足が長いので、自分の足を見て、何だか泣きそうになった。


 何処をどう見ても文句を付けられない程、非の打ち所のない、それでいて嫌みには思えない、そんな青年だった。


「……リー…」


 もう一度確認するように小さく口に出すと、リーは目を優しく細める。

 それはリーが良くやる表情に似ていて…いや、その表情そのもので。

 やっぱりこの人は、リーなんだと、やっと頭が理解した。


 リーをじっと観察していると、キラッと光るものが目に入る。

 何だろうと思って確認すると、ピアスだった。リーの鱗と同じ色をしたピアス。

 そのピアスはきちっと彼の耳に付いていた。

 ……ということは、リーの竜型の時の耳はそのまま人型の耳に変化しているといえるのでは?うーむ…興味深い。


「セナ…?エビチリ…といったか、あのセナの世界の料理は。それが冷めてしまうのではないか?」

「……あ、」


 エビチリのことなんかすっかり忘れてたよ…。

 リーの人型が余りにも人間離れしてたから、つい我を忘れてしまったではないですか…。

 エビチリ冷めたらおいしくなくなるよね。いや、冷めてても好きだけど…。


「じゃあ、エビチリ持ってくるからリーはテーブルとソファー元に戻しといてくれる?」

「了承した」


 あたしはくるりとキッチンに向き直る際に、部屋の見回して、現状を確認する。

 うん、被害無し。

 キッチンの方に足を進めると、リーがまた風の魔術で家具を動かしているのが分かった。

 見てもいないのに気付いたのは、なんとなく。ただ、なんとなく使ったなぁ、って分かったのだ。

 魔術を使う際に放出される微力な魔力が感知できるようになったのか、一度体験した魔術は感知できるのか…それは良く分かんないけど、あんまり今は深く考えないようにする。きっと、いつか知りたくなくても知ることになるだろうし。










 トレイらしきものも見つかり、そのトレイにエビチリと、麦茶のようなものはなかったから、水を入れたコップ二個、それから、箸二膳を置いて、運ぶ。

 エビチリを盛り付けようとした時も思ったけれど、何だかこの部屋にある食器は高級品っぽい。実際そうなのだろう。

 細かい模様は職人技の賜物であると分かるし、トレイすら飾り立てられていて、何だか使って良かったのか非常に悩む。今更かも知れないが。


「持ってきたよ~」


 リーに声をかける。

 その時になってテーブルを拭く物を持ってきていなかったことに気付いたけど、またキッチンに行くの面倒だからいいや、と流した。


 リーとあたしの座る予定の場所の前にいそいそと準備。って言っても、ただ二、三個置くだけなんだけど。

 その様子をじっと見ていたリーは、ふいに口を開いた。


「エビチリとはどういう味をしておるのだ?」

「え、うーん…しいて言うなら…ピリ辛?」

「……ピリ辛とは何だ?」


 あれ?ピリ辛は通じない?

 何だか世界の言葉の壁を初めて意識した気がした。


「ピリ辛っていうのは、ちょっと辛めってこと…かな?」


 この説明でいいんだよね?ピリッと辛い、ってまんまで言った方が良かったかなぁ。


「ちょっと辛め…か。ふむ…想像しにくいが、食べれば分かるかも知れぬな…」

「うん。食べれば分かるよ。…んじゃあ、早速いただきますしよっか」

「いただきます?」

「あれ?いただきますも知らない?ご飯を食べる前にする挨拶みたいなものなんだけど…」

「知らぬな」

「ご飯を食べる前に手を合わせてね、いただきますって言うの。いただきますっていうのは、作ってくれた人と、命をくれた生き物や野菜なんかへのお礼の意味が含まれてるんだって」


 そう説明したら、リーは『それは素晴らしい言葉だな』と言って、結局リーもいただきますを一緒にしてくれることになった。


「こう手を合わせて『いただきます』って言うの」

「ふむふむ。了承した」

「んじゃあ、やるよ?」


 あたし達は静かに手を合わせて、『『いただきます』』と口を揃えて、お礼を言ったのだった。


「このエビチリという料理…なかなかのものだな」


 一口食べて一言。


「でしょ?あたし、エビチリ好きなのっ」


 あたしも一口口に含んでゆっくりと咀嚼してから一言。


 今、あたし達はロングテーブルでささやかな食事をとっていた。

 主食がなく、あるのはエビチリと水だけ。何とも虚しい。


「…うむ、確かに、微かに辛いな」

「でしょ?あんまり辛いとエビチリの良さがなくなっちゃうから、抑えてみたの」

「辛いと良さがなくなるのか?」

「あたしが勝手にそう思ってるだけなんだけどね」


 別に辛いのが嫌いなわけじゃない。寧ろ、好きだ。

 でも、エビチリはちょい辛がベストなのだ。あまり辛すぎると、海老の味が薄れてしまうし、辛さをなくすと、それはもはやエビチリという料理ではなくなってしまう。…と弟が力説していたことは記憶に新しい。

 実際、弟の作ったエビチリは滅茶苦茶おいしい。店に出しても売れる位。


 弟の作ったエビチリが食べたいなぁ…などと考えながら、もくもくとエビチリを食べていた。










「セナの世界の料理は美味であるのだな」


 エビチリの皿を空にしてからリーが言った。


「んー…まぁ、これ食べ物?って疑いそうになるものもあったりするけど、おいしいものも多いかな」

「あの…なんと言ったか…最初に食べさせて貰った果物も美味であった」

「あぁ、林檎ね」

「うむ、その林檎…というやつだ。…時間が出来たらまた、セナの世界の料理を作って欲しい」

「うん」


 そんなに気に入ってくれたのなら、また作りましょう。今度こそあたしの得意な和食を作るから。

 そう意気込んで、皿を片付けるために立ち上がった。

 大皿に盛り付けて、二人でつつき合ったので、皿は一つしかない。あたしもリーもコップの水はとうに空になっており、ついでにそれも片付けてしまおうと思った。


「リー、水のお代わりいる?」

「いや、もう良い」

「じゃあ、コップも持ってって良い?」

「構わぬ」


 コクンと一つ頷いたのを確認して、エビチリが盛り付けてあった大皿の上にコップを二つ置く。


「それを持っていくのか?」


 『そうだよ』と答えると、リーは『それは我が運ぼう』とコップの乗った大皿をひょいと持ち上げて、キッチンの方へ歩いていった。

 何だかその光景に感動して、戻ってきたリーに声がかけられるまで、動けなかった。

 勿論その後、我にかえったあたしは、洗い物をするためにキッチンへ駆け足で歩いていった。










 洗い物も無事に終わって、リーはソファーに、あたしは床に座ってゆっくりと寛いでいた。

 ふとリーを視界に入れると、何かが頭に引っ掛かる。

 何だかあるはずのものがないような…違和感。

 最初、それはリーの竜型を見慣れてしまっていたからだと思った。

 でも違う。何だか違う気がする。


 じーっと見つめていたら、違和感の正体が何だか分かってきた。

 ――結界がない。

 今度はあたしの手を見てみる。

 ……あたしを護る結界も消えていた。


「……結界が消えてる…」


 馬車の中ではリーが寝ていた時も構成されていた結界が跡形もない。

 もう必要なくなったということか?

 いや、でも、あたしの【護りの結界】は良いとしても、リーの姿を隠す【同化の結界】はまだ必要であるはずだ。

 彼らにリーの存在をわざわざバラす必要はないのだから。

 そこまで考えたところで、リーがあたしの疑問に答えるべく、口を開いた。


「人型になるために、魔力をどの位使用するのかが分からなくてな、結界を一旦消したのだ」

「じゃあまた構成するの、結界?」

「……そうしたいのは山々なのだが…結界を構成するだけの魔力しか残っておらぬ。結界を維持出来ないのだ」

「……あたしの、いる?」

「そうして貰えると有難い」


 最初からそのつもりだったくせに、とは言えなかった。

 そう言おうと口を開く、その前に口を塞がれてしまったから。


「……っんん!?」


 目の前にはリーの整った顔。

 ……え、ちょっと待って。

 頭が状況についていかない。

 あたし…もしかして…


 ――キス、されてる…?


 何で?どうして?

 息が苦しくなって、目に涙が浮かぶ。

 息を吸おうと口を開けたら、生暖かいものがにゅるりと入ってきた。

 直ぐにそれがリーの舌だと分かって、リーを押して離れようとしたのに駄目だった。

 いつの間にか、後頭部に手が添えられていて、逃げることなんて出来なかった。

 あたしの頭の中は徐々に真っ白に染まっていく。それと比例するようにあたしの頬が赤く染まっていくのが分かった。

 状況を判断しようとするも、絡められた舌に意識が向いて、冷静になんかなれなくて。


「……んぅ、…りぃ…っ!」


 別にキスが嫌なわけじゃない。リーが嫌なわけでもない。

 キスなんて減るもんじゃないと思ってた。…いや、今でもそう思ってる。

 ……でも、いきなり了承も得ずに唇を奪われるなんて、嫌、だ。


 そう思いつつも、だんだんと激しくなっていくキスに意識が落ちていくのを止めることなど出来はしなかった。

 意識が完全に落ちる直前、視界には白いあたしの魔力が零れだしているのが映し出されていた――




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