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06#その扱い、ちょっと可哀想

「……~~ぃ!おい、起きろっ!」

「ん~…?」


 目蓋をゆっくりと持ち上げると、最初に見えたのはガルロの呆れた顔。

 次いで視界に入ったのは、あたしの膝の上にちょこんと座ってため息を吐いてるリー。

 ちょ、あたし、リーにまで呆れられてる!?


「起きたんなら、早く降りろ。もたもたしてると日が暮れちまうから置いてくぞ」


 慌てて馬車から飛び降りるあたし。

 周りは既に日も落ちていて、真っ暗とは言わないが、それに近い。

 リウナスは目で探せる場所にはいなくて、どうしたんだろうと首を傾げた。


「……リウナスなら、とっくに城に行ってる」

「え?あたし、置いてかれた感じ?」


 ということは、ガルロはあたしのことを決して短くはない時間を待っててくれたわけか。

 ――優しい。

 きっとこういう奴が女に持て囃されるんだろうな。それにイケメンだし。

 ……あたしは惚れない自信あるけど。


「アイツは王に一刻も早く報告しなければ、とか言って着いて直ぐ、駆け足で王の元に向かったんだ。俺のことも置いて、な」

「報告?」

「俺達は……と、話すのは歩きながらで構わないな?最近、夜風が冷たくなってきているから、当たっていない方が良い」

「うん」


 一言一言に優しさが滲み出ているような気がするのは気のせいだろうか?

 今時こんな良い人いないよ。……初め殺されかけたけどね…。


 ゆっくりと歩き出すと、ガルロはあたしに歩幅を合わせてくれた。

 リーはいつの間にかあたしの頭の上に乗っていて、一言も話そうとしない。

 もし、あたしがリーに話し掛けたら返してくれるだろう。でもしない。してはいけない。

 リーの存在とまではいかなくとも、ガルロが何かに気付いてしまう可能性は大いにあるのだから。余計なことはしないに限る。










「此処がセナに当てがわれた部屋。好きに使って良いってさ」


 そう言ってガルロに案内されたのは、とても広い客室。

 ここまで着くのに、10分以上もかかった。

 どんだけ広いんですか、この城。

 確かに外観は凄く大きくて、まさにお城って感じのお城だった。

 けど、広すぎますから。寧ろ半分の大きさでも十分ですから!

 お城はその国の象徴…だから大きくて立派なのが良いのは分かるけど、やりすぎ。

 土地、何坪使って建てられてんのかなぁ…。お金、いくらかかってるのかなぁ…。


 広く豪華な客室は、大変居心地の悪いものだった。

 適度に配置された小物や絵画が何だか申し訳なく思えてくる。

 ざっと見て回ったところ、この客室には部屋が二部屋…リビングと寝室…と風呂場、トイレ、キッチン付きで、マンションの一室に近い。

 だが、大きくかけ離れているのはやはり、一室一室の広さ。普通のマンションの二倍以上は確実にある。高級ホテルのスウィート位あるかもしれないな。スウィート入ったことないけど。

 キッチンには冷蔵庫が置いてあり、食材もちゃんと入っていた。手にとってじっくりと見てみたところ、野菜などの瑞々しさから、この食材はあたしの為に急遽用意させたものである事が分かった。

 好きに料理して良いということだろうか?


「こんな見たことない野菜や果物…どうやって料理しろって言うのよ…」


 まず、どうやって調理すればいいかが分からない。

 冷蔵庫を開けっ放しにして考え込むあたしに声がかけられる。


「セナ、何をしているのだ?」

「暇だから料理でもつくれればなーって」

「そうか。セナは料理出来るのか?」

「ある程度はね」


 ある程度と言いながら、その腕は一般の主婦以上だと自負している。

 母親が全く料理出来なくて、その分、あたしや父親、弟が必要にかられて作れるようになったのだ。

 因みに兄もいるが、兄は『俺は食べる専門!』と言い張って作ろうとはしない。だが、以前何回か頼み込んで作ってもらったことがあるので、簡単な炒飯やオムライス位なら作れることは判明している。

 あたしは和食、父親が洋食、弟は中華と得意料理が分かれていて、我が家では和洋中を全て均等に出すことになっている。

 勿論和食以外も作れるが、父親や弟には適わない事を知っているので余り作らない。


「んー…海老、だよね、コレ」


 冷蔵庫を隅々まで漁ると、何故か魚介類の中では唯一、海老らしきものが入っていた。

 海老、と言ったらやっぱり一番最初に思い付くのはエビチリで。


「なんだかエビチリを作る材料はありそうだなぁ…」


 でも何で最初の料理がエビチリなんだ。

 日本人なんだから、和食食べたいよ、和食!と思っても、材料がない。

 うーむ、これは大人しくエビチリ作るか…。

 そういえば、大分お腹すいている。夕御飯食べてないことを思い出して、この際何でも良いやと割り切った。


「さてエビチリ作りますかっ」

「……エビチリとは何なのだ?」


 リーはソファーに座っていたはずなのに、気付くとあたしの足元にいた。

 たまにリーの存在を忘れる。…いや、あたしの悪い癖のせいだ。…そうだと思いたい。


「リーにも食べさせてあげるよ」


 説明放棄。

 りんごうさぎ食べれたし、エビチリも大丈夫でしょ。










「ん、出来たよー!」


 ソファーで寝転がっていたリーに叫ぶ。

 たった今、エビチリが完成したのだ。

 とろみも付けられたし、何とかエビチリっぽい味にすることが出来たと思う。

 でもやっぱり材料が若干違うためか、微妙に違うものが出来た気がしないでもない。

 弟直伝の隠し味は材料にそれっぽいのがなかった為入れることが出来なかった。ちょっと残念。


 リーがパタパタと翼で飛んでくるのが見えた。

 ふむ…やっぱり飛べるのか。あたしの頭の上に乗る際も実はジャンプじゃなくて飛んで乗ってたのかもしれない。ジャンプにしては、ジャンプ力がすごいなーって思ってたんだよね。風の魔術も使ってないみたいだったし…。


「これがエビチリというものか…?」


 キッチンの調理台の上に着地したリーは、同じく調理台の上に置かれている皿に盛り付けてあるものを見つめて言った。勿論それは、あたし作のエビチリ。

 中華料理が得意な弟には適わないけど、それなりに上手くいった気がしている。


「うん。これがエビチリだよ」

「……セナの世界の料理、なのか?」

「うん、そう」


 良く考えたら、エビチリは手で食べるものじゃないよね…。

 キョロキョロと周りを見回すと、箸発見!

 ん?あれ、でもこれ…長くない…?

 普通の箸の1.5倍はある。さいばしサイズ。これで食べるにしても、少々長すぎて使い勝手が悪そうだ。もうちょっと短いサイズを希望する。切実に。


「……どうしたのだ?」


 箸とにらめっこしているあたしを不思議に思ったのだろう。

 リーは軽く首を傾げている。

 うん、ベリーキュート!


「ううん、何でもないよ」

「そうか」

「ねぇ、リーもエビチリ食べる?」

「うむ」


 やはり食べるのか。

 竜に箸を持たせる訳にはいかないし…というか無理だろうし。

 だからといってスプーンやフォークは見つからない。

 これ以上探すと、せっかく作ったエビチリが冷めてしまう。


「手で…かなぁ…やっぱり…」


 リーは汚れが付かない便利な身体をしているらしいし、手で食べても…。

 いやいや、料理を手掴みは駄目だ。行儀が悪すぎる。

 今更、行儀とか何言っているんだと言われそうだが、やっぱり手掴みは頑固拒否。見てるこっちが嫌な気分になる。


 リーにそう説明すると、心底不思議そうな顔をした。


「手で食べてはいけないのか?」

「……駄目」

「ならば、我は人型になろう。そうすれば問題は解決するだろう?」


 え……。


「リーって人型になれるの!?」


 なれるかもと思ってたけど、やっぱり人型可能らしい。

 リーの人型…どんな感じだろ…?

 やっぱり髪は白髪かな?

 背はあたしと同じ位の少年だとイメージぴったりだなぁ。こんな姿でもお前等よりも年とってんだよ、的な。

 少年の大仰な口調…んー漫画とかで良くある設定だよね!

 いやいや、少年じゃなくて、見目麗しき青年かも。

 リーだったら格好良い感じになりそうだし。


 あたしがリーの人型を勝手に妄想…じゃなくて想像してる間に、リーは調理台からぴょんと飛び降りた。


「人型は魔力消費が多い。だから我は余りならないのだ」

「……え?大丈夫なの?」

「無論、セナ、そなたがいなければなろうとも思っておらぬ」

「……もしかしてあたしの魔力当てにしてたりする?」

「うむ。セナの近くにいるだけで少しずつだが魔力供給することが出来ことも分かったのでな」


 つまり、あたしはシャンプーの詰め替えパックというわけですか…。詰め替えパックがあるからシャンプー沢山使っていいよ的なノリですね。うん、虚しい。


 ……ん?

 頭に引っ掛かった一つの疑問。


「……服は?」


 人型になった途端、すっぽんぽんだなんて笑えない。

 服用意した方が良いのかな…いやでも、流石に男物の服なんて用意して貰えないし…。変な目で見られること確実…。


「服か?服は人型になる時に呼び寄せて着るから心配はいらない」

「あ、そうなんだ…」


 便利だな。何処から取り出すのか非常に気になるところだけど。


 そういえば透明人間って、服までは透明にならないんだっけ。

 ……じゃあ端から見たら服が浮かんでいるように見えるのか?

 いや、必ずしもそうとは限らないのではないのか…?

 透明人間っていうのは大抵、薬とかを飲んで、身体を変質させて見えなくするんだ。

 でも、リーの場合はそうじゃない。結界で身体ごと包んでるんだ。ということは、服も隠れるはず。うん、絶対そうだ!

 あたしは自己完結で終わらせた。自分で質問しといて、勝手に自己完結させるのはあたしの得意業である。


「セナ、難しい顔をしておるが…」

「いや、もういいや。答え出たし」


 あたしなりの勝手な答えだけど。


 リーは『そうか』と言って、何か眩しいものを見るように目を細めていた。










 リーは一番広いであろうリビングにとてとてと向かう。

 あたしはその後をゆっくりと着いていく。

 リーはリビングの真ん中に置いてある大きなロングテーブルの傍で止まった。

 何だろう、と首を無意識に傾けてリーを見つめる。


 ――風。

 そう、それはまさに風だった。

 リーが目を瞑って何かを呟いた途端、優しくも強い風が吹いて、ロングテーブルはふわっと浮かび、部屋の隅へと移動し、まるで何もなかったというように佇んでいた。

 リーはそれを見るともなしに見ていて、あたしはポカンと惚けていた。


「今、リー、魔術使った…?」


 あたしが問うというよりは独り言に近い呟きを漏らしてもリーは何も反応しない。 それどころか、また風の魔術を使って、今度はソファーを部屋の隅に移動させていた。


「……ふむ、こんなものか」


 リーは中央にカーペット以外何もなくなった部屋を見回して、一人…じゃなくて一匹?で頷いていた。

 その光景が可愛らしくて、ふふっと笑って見つめていたら、リーは急に振り向いた。

 それと分かる程にビクついてしまったあたし。

 …笑っていたのに気付かれてしまっただろうか?

 リーの目に微妙に負の感情が混じっているような気がしないでもない。


「人型になるのは久しぶりだからな、周りに被害が出てしまうとも限らぬ。この部屋がある程度広くて助かった」

「……被害?」

「本当に出るかは分からん。だが、出てからじゃ遅いだろう?この部屋の家具を壊したらセナの立場も悪くなるかも知れぬしな」


 そう言って笑った。

 因みに風の魔術を使ったのは、どう考えても手で動かすのは無理だと判断したから、らしい。

 確かに無理だと思った。あたしにも…うん、動かせるか分からない位大きかったし。ましてや、小さい竜のリーなんて絶対無理!

 そんなことを考えていたのが見破られてしまったのか、リーの眼差しが痛い。

 痛い、痛いよ、視線。

 取り敢えず笑って誤魔化しておいた。


 そういえば、風の魔術をリーが使った時、微妙に風が緑色っぽくて、本来不可視なはずの風が見えていた。

その緑色は意味があるのだろうか。個人の判別なのか、魔力量の大きさなのか、はたまた魔力属性を示すものなのか…。因みにあたしは最後の考えではないかと思っている。

 後でリーに聞いてみよう。何かしら分かるはずだ。


 そこまで考えて一応の完結をみせると、あたしはリーをじっと見つめた。

 リーの人型が早く見たい。

 ここで不細工が出てきたらとんだ期待外れだと失礼なことを考えていた。

 ……まぁこの美形が多い(んだろう、多分)世界でリーが不細工なはずはないだろうが。

 あ、でも期待するとその分だけ落ち込む可能性あるなぁ…程々にしとかないと。


 やっぱり、リーに対して失礼なあたしだった。


「セナ、離れているがよい」


 リーがそう言ったので、あたしは大人しく後ろに下がった。

 後ろに下がると視界が広くなって、何だか部屋の中にぽつんと立っている小さな竜が儚く見えた。


「――火よ、風よ、光よ。我に力を与え、我の望む形に我の姿を変えよ」


 一言一言ゆっくりと紡ぐ言葉に、リーを中心に風が沸き起こり、火が揺らめき、暖かな光がリーを包み込んだ。

 それはとても幻想的な光景で。

 100人に“綺麗?”と聞いたら100人が“とっても綺麗”と答えそうな位の光景だった。


 リーがふと目を瞑り、続きの言葉を叫ぶように紡ぐ。


「――我に確固たる形を…!」


 ふわぁっと優しい光が溢れて、何だか心地好かった。

 光が溢れだしている中心でリーがゆっくりとその形を変えていくのを微かに見た気がした。


「……っ、」


 眩しくて目を瞑る。これ以上目を開けていられなかった。


 薄黄色の暖かい光が、ゆっくりと消えていくのが目蓋を閉じ切っているあたしにも分かった。

 あたしはそれに合わせてゆっくりと目蓋を押し上げていく。


 そして、見た。


 ――彼の姿、を。



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