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逃げた男。情けない人生。

作者: Shinkai

 イライラする。イライラする。イライラする。なんでこんなにイライラしているんだ?

 きっと図星をつかれているからだ。そんなことは自分が一番わかっている。


「明は音楽の世界から逃げたからなぁ」


 新一の何気ない一言でここまで心を乱されるなんて。もちろん新一に悪意がないことはわかっている。そういうやつだ。イライラしているのは昔の自分を思い出して、今の自分と比べてしまったからだ。

 新一と会うといつもそうだ、否応なしに昔の自分を思い出してしまう。仕事について自慢気に話す新一のその少し高い声に耳を傾けながら、七輪の中でパチパチ弾ける炭をぼーっと眺めていた。心はまだまだ落ち着きそうにない。居酒屋に入って1時間、早くも2人とも頬が真っ赤に染まっていた。


 新一とは中学のサッカー部に入部した13歳の春に出会った。かれこれ26年の付き合いになる。部活に入って新一とはすぐに仲良くなった。中学生が仲良くなる理由としてはありきたり過ぎるが、『音楽』という共通の趣味があったからだ。当時流行っていた、ギターで弾き語りを行う男性2人組のアーティストを僕も新一も好きだったことで意気投合した。

 サッカー選手の話もたくさんしたはずだが覚えているのは音楽の話ばかりだ。今の子は存在すら知らないであろう懐かしのMDに自分なりのこだわりの選曲を録音可能時間ギリギリまで詰めて交換し合った。


 高校生にもなると、僕と新一はギター片手に夜な夜な横浜の街に繰り出していた。下手くそなギターと下手くそな歌で弾き語りをするためだ。

 笑えるくらい上手くならないギターと歌。あぐらをかいて座った冷たいアスファルト。酔っぱらったサラリーマンがとにかく面倒だったこと。友達がわざわざ聞きに来てくれたこと。人が立ち止まって聞いてくれたこと。良い出来事も悪い出来事も、そのどれもが今となっては良い思い出だ。

 文化祭では2人でステージの上に立ち、後輩の女子生徒から浴びるような黄色い声援を受けた。音楽というツールが高校生にとっては最強のモテるツールだったのである。当時はスクールカーストなんて言葉はなかったが、間違いなく上位にいたと思う。


 僕と新一はずっと同じ音楽の専門学校に行こうと約束していた。しかし、高校3年生になって僕は大学に進学することを決めた。理由は色々ある。色々あるが結局は自分に自信がなくて逃げたのだ。『音楽で食べていくことなんて出来っこない』その情けない程ネガティブな『どーせ無理思考』で僕は大学に進学した。

 一方の新一は約束通り音楽の専門学校に進学した。その時は「考え方は人それぞれだし良いんじゃん?」と僕の大学進学を理解してくれていた。責める言葉は一言も言わなかった。そんな新一に対して言い訳ばかりしている自分がなんだか情けなく感じた。


 大学に進学してからは自然と新一と連絡をとることも少なくなった。1人暮らしの貧乏学生は生活の大半をバイトに費やさないといけない。きっと新一も専門学校で忙しかったのだと思う。毎日会っていた2人が年に数回会う関係になった。たまに会う親友はいつもキラキラしていた。ありきたりな表現かもしれないが、そんな彼がとても眩しかった。


 社会人になって気付いたら15年以上も経っていた。建築デザイナーの仕事は本当に自分の天職なのだろうか。もちろん自分がデザインした建物が世に出れば達成感も得られる。しかし、日々の仕事に関しては納期に追われるばかりで楽しいことなんて何もない。一生懸命考えても日々の楽しみが夕方のスーパーの半額寿司しかない。浮いた話もなく、彼女は高校を卒業してから出来たことがない。辛うじて童貞ではないことだけが救いだ。

 一方の新一は好きな音楽の仕事をし、結婚もしてして可愛い男の子のお父さんでもある。見た目は驚くほど若々しい。見た目だけではなく中身も若い。今日だって、仕事で知り合った地下アイドルとホテルに行った話を楽しそうにしていた。


「新一は楽しそうで良いよな」


 初めて新一を羨ましいと思う気持ちを口に出してしまった。思わず口から出てしまった。それが『音楽の世界から逃げた』と言われるトリガーになるとも知らず。まさか新一が僕の決断を『逃げ』だと思っていたことを20年経って知らされるなんて。「逃げとかじゃねーよ」イライラしながら否定してしまった。本当は逃げたのに。自分が一番わかっている。その後の会話はぼーっとしていてあまり覚えていない。


 帰りは酔いざましがてら歩くことにした。途中で水を買うために寄ったコンビニで、ふと鏡を見ると小太りで白髪が目立つ中年男性が映っていた。若々しい見た目の新一を思い出して恥ずかしくなった。

 もちろん音楽の道に進んでいても挫折したかもしれない。それでも色々と考えてしまう。音楽の世界にいる自分は後輩から黄色い声援を浴びていたあの頃の自分に少しでも近いかもしれない。イライラが消えたかわりに悔しさが溢れてくる。なんで木曜日に飲んでしまったのか。明日仕事に行ける気がしない。


 新一は良いやつだ。一緒にいると本当に楽しい大切な親友だ。それでもあいつの浮気がバレると良いなと心の中で願ってる。自分が幸せではないから人の不幸を願うなんて最低な男だ。自覚はある。明日はやっぱり会社を休もう。


 あーあ。我ながら情けない人生だ。

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