短編】魔王を封印して姫を助けた勇者は、無実の罪で世界から追放されました。ー元の世界が滅びの道を歩んでいますが、ごめんな、どうやって帰ればいいのか分からないのであとは頑張れー
「勇者エイジよ。姫を惑わし、王国を傾けたこと、いと罪深き。本来なら打首のところ、お前の功績は無視できない。よってお前を異世界流しの刑と処す」
赤髪の青年は王の言葉に目を丸くした。
彼の名前はエイジ、王国の勇者にして魔王を封印した英雄。
そして魔王を封印した功績によりこの国の姫と婚姻を約束された人物だ。
「そんな何かの間違いだ!」
エイジは反論するが、その声は謁見の間にむなしくこだまするだけで、王は眉一つ動かさない。
王の周りには側近の人間が4名いたが皆そろって笑い声を忍ばせ、さげすむようにエイジを見ている。
(そうか、ハメられたんだな)
エイジは側近の人間たちに見覚えがあった。
いずれも姫の元婚約者候補者だ。
この場にはいないが、この国の姫、ティーリは国家予算の十分の一を【姫予算】として割り当てられるほどの美少女だ。
もちろん姫がいくら美しくとも、普通そんな予算は許されるはずもないが、この国の王は娘を溺愛していた。
超がつくほどの親バカ、ゆえに毎年【姫予算】が成立しているのだった。
そんな姫と結婚できればかなりの権力と富を手にすることができる。
王宮中の男貴族が彼女に求婚し、玉砕した。
それを突然出てきたエイジが魔王を封印し、姫の心をかっさらったのだ。
(そうか、魔王を封印され、王国の脅威がなくなった今、彼らからすれば俺は邪魔だということだ)
エイジは人の邪悪さを察した。
それはおぞましくドス黒い感情であった。
「お前のような奴にかわいい愛娘を渡すわけにはいかない、魔術師たちよ!」
謁見の間に呼ばれた時点で勝負は決まっていたのだ。
王の口から覚えのない罪状が読み上げられるが、失意のエイジの耳には入らなかった。
「罪人エイジを異世界流しにせよ!」
そしてどこからともなく現れた魔術師たちに囲まれたエイジは、彼らが放つ魔法の光に飲まれ、異世界へと追放された。
■
ところ変わって魔王城。
エイジが異世界に追放されたことで、勇者の魔力を媒体にしていた魔王の封印は解けてしまっていた。
「い、いったい何が……なぜ封印が解けたのだ」
そう呟いた魔王メディウスは各地へと探知魔法を飛ばし、状況を把握した。
勇者の魔力がこの世界から消えているのだ。
不慮の事故か何かで死んでしまったのだろうとあたりをつけ、これを好機と読み、魔王メディウスは配下に王国侵略の伝令を飛ばすことにした。
「しかしアレはとても良い一撃だった。できることなら――いや、今は」
腹部に残る僅かな違和感にニンマリと笑う魔王。
(だが、もはや再び剣に貫かれる心配もない)
再び姫を手に入れ、大魔王へとクラスアップをし、力を手に入れるチャンスがきたのだ。
「すべてはこの地上のために!」
魔王の群勢約30万は王国に向けて侵攻を開始した。
■
「よっしゃぁぁぁぁぁ、これであの王宮ともおさらばだな! さて、何をしようかな」
一方勇者はというと、異世界に追放され、見ず知らずの森のそばではしゃいでいた。
王宮での暮らしは喰う寝るに困ることはなかったが、堅苦しく、陰謀策謀がひしめき合っていたので、正直エイジにはストレスでしかなかったのだ。
異世界に追放された反動か普段の半分ぐらいの力しか出せず、スキルもほとんどが発動しない。
それでも勇者はワクワクでいっぱいだった。
彼にとって未知とは自分の可能性を試せる機会なのだ。
勇者エイジはその辺の木の棒を手に意気揚々と森の中へ入っていった。
■
一方魔王の進軍は勢いを増していた。
目的は姫の再奪取。彼女が持つレアスキル【クラスアップ】は魔王の目的のために必要なものだった。
「な、な、なんだあの数の魔物は! 魔物9、地面1! いやもう地面なんて見えやしないぞ」
「うわーもうダメだー!?」
「至急、王へ報告を。俺たちのことはかまうな行けぇぇ」
「先輩! かならず増援を呼んできますから、それまでどうか――!!」
見張り台たちの兵士たちは己の最後を悟りながらも己の仕事をこなしていく。
だが、30万の軍勢は統率性はなかったが、いかんせん数が多かった。
勇者のいない王国はあっさりと戦火が広がっていった。
■
「な、なぜだ。なぜ魔王の封印が解かれたのだ!」
兵士の報告に王はうろたえていた。
側近が王に駆け寄り、慌てた声で訴える。
「ゆ、勇者を、勇者を呼びましょう。王!」
「うむ、そうだな。魔術師たちよ」
王の呼びかけに応じ、どこからともなく魔術師たちが謁見の間に現れる。
王は彼らに命令を出した。
「かの勇者を呼び戻すのだ」
「あ、いやー、事前にお話したと思うのですが、こちらからは無理です。そういう仕様の魔法なので」
「な、なんだと!?」
愚かにも勇者を追い出すことしか頭になかった王は、あまり内容を聞いていなかったのだ。
「一応、追跡魔法は付けておいたので、連絡を取るぐらいならできますが」
「そ、それだ! とにかく連絡を、勇者ならばこの国のピンチに駆けつけてくれるはず」
「……。分かりました。とにかく連絡を取ってみます」
魔術師たちは一斉に詠唱を行う。
ややあって、魔術的なスクリーンと勇者が映し出された。
■
勇者エイジはやはり勇者だった。
戦闘能力は落ちても知識と経験は取り上げられなかったので、彼は飛ばされた異世界を探索し、近隣の村々に立ち寄っては困りごとを解決し、生計を立て始めていた。
「お、なんだ?」
突然勇者エイジの目の前に四角いスクリーンが浮かび上がってきた。
スクリーンには王の姿が映し出され、勇者に帰還を訴えてきた。
「勇者よ。魔王が王国を滅ぼそうとしているのだ。助けてくれ」
あまりの都合のよさに勇者は苛立ちを覚えた。
勇者とて人の子、聖人ではないのだ。
「……いや、さすがに」
「勇者よ!」
「あの王様、ごめんな。姫のこともあるし、助けに行きたいのはやまやまなんだけど、どうやって帰ればいいのかわからない」
「そ、そんな……!?」
「あー、あとは頑張れ」
エイジがそう伝えると力尽きたとばかりにスクリーンが消滅した。
■
謁見の間にいるすべての人間は絶望の淵に立たされた。
「なんということだ! まさか、勇者が裏切るなんて……」
王の頭は残念だった。
王としては殺さなかっただけで感謝されるものだとばかりに思っていたのだ。
王は人の心が理解できていなかった。
「お父様! まだ手は残っております!」
絶望に浸っていた王に、凛とした声がかけられた。
ティーリ姫だ。彼女は足を震わせながらも気丈に立ち、その場にいるすべての人に聞こえるように声を上げた。
「あの魔王を異世界流しにしましょう!」
「そんな、あの呪文は発動までに20秒はかかってしまう。それまで相手を同じ場所に留めておかなければならず、戦闘中には成功しません」
魔術師の進言に姫は分かっているとうなずいた。
「魔王の狙いは私です。ならば、私を餌にしましょう」
「な、なにを! や、やめ――」
「行きましょう! きっとあの方もそうされるはずですわ」
最愛の娘の言葉に王様の絶望は加速した。
■
「魔王よ、これ以上の侵略行為は許しません!」
戦場にティーリの声が響き渡った。
「ティーリ姫か。いいだろう、お前がわたしのものになれば、これ以上の侵略は行わない」
立ち所に、辺りの戦いの手は止まる。
「いいえ、私は勇者様のもの。あなたのものにはなれません」
そう啖呵を切り、姫は側近の騎士の恰好をさせた魔術師たちを引き連れ姿を魔王の前に現した。
「ならば力づくでも私のものとする」
巨大な手が伸び、魔王はいとも簡単に姫をわしづかみにした。
「……私は痛みでは屈しません。それはあなたが一番わかっているでしょう」
以前、勇者に助け出される前、ティーリは魔王にクラスアップの使用を迫られ、様々な仕打ちを耐え抜いていた。
「お前自身にたいしてはな。だが、お前の国が亡びる様を、お前が守ろうとしている民を、お前の目の前で壊し続ける。そうすればどうかな」
「そ、それは……」
ティーリは表情を青ざめさせた。
見事な演技だった。
「あはははは! 他者が傷つくのが怖いのか、勇者のような奴だお前は! いいだろう。お前の心が折れるまで何もかも壊してやる」
ティーリの表情に魔王は勝利を確信し、高笑いを上げた。
完全に慢心していた。
そして、魔王とのやり取りは、ゆうに20秒を経過した。
「今よ! 私諸共、おやりなさい!」
「「「「承知!!」」」
姫の号令に、魔術師たちは冷静に呪文を発動させた。
異世界流し、この呪文が発動すると強制的に対象とその周囲の空間を異世界に転送する魔法だ。
「な、なんだと!? う、うわああああ」
かくして魔王メディウスとティーリ姫は異世界に追放された。
王国には平和が戻り、王の心には深い傷が残った。
■
「ああ、ティーリよ……私は、私は――」
王は謁見の間で嘆いていた。
ティーリのおかげで魔王を追放したことで、魔物たちは撤退を始めた。王国は救われたのだが、その代償は王に取ってあまりにも大きかった。
「あれだけお前のことを愛していたのに、私は、わが身可愛さで」
娘を止めることができなかった自責の念に王は押しつぶされていた。
「私が、私が愚かだった。ああ、ああ……なぜあの時の私は勇者の言葉を信じなかったのか……」
ようやく、彼は自らが愚かな王であったことを自覚したのだった。
■
「ふぁぁぁ、よく寝た」
勇者の一日はゆったりしていた。
宿屋に泊まり、持ち前の体力と戦闘技術、経験から、日銭をある程度稼ぎ、また、まったりと宿屋で休む。元の世界での慌ただしい日々が嘘のようだった。
「さてと今日は今日で、畑の手伝いと、畑を荒らすモンスター退治をお願いされてんだっけか」
安物の剣を腰に刺し、宿屋から出たところで、エイジの目の前の空間から美少女が二人落ちてきた。
「きゃぁぁ」
「ぐわぁぁ」
「な、なんだ? って、姫! ティーリ姫じゃないか!」
エイジは反射的にティーリを助け起こした。
「エイジ様! お会いしたかったですわ!」
「ちょ、うわ!?」
起き上がったティーリに、ガバリと抱きつかれ、エイジはドギマギした。
ややあってティーリが離れたあと、エイジは服を直し、彼女に問いかけた。
「一体何が? どうしてここにティーリ姫が?」
「魔王諸共に異世界流しをしましたの!」
「へ? じゃあその女の子は?」
勇者と姫の視線がもう一人の美少女に移る。
薄らと魔王の女性部分の面影を残した黒髪の美少女はわなわなと震えながら叫んだ。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁ!?」
(ああ、あれは魔王だ。おおかたスキルを失ってあのような姿なんだろう)
波乱の予感を感じとり、勇者はため息をついた。
■
「えーと、なんだって?」
「だから言ったであろう! 早く戻らなければあの世界は滅んでしまう!」
畑にクワを入れながら、エイジは魔王メディウスの話を聞いていた。
「私が抑えていた32柱の魔神が、あの王国に眠る始祖、邪神王を復活させ世界を滅ぼそうとしているのだ!」
「はー、なるほどな。それで、あんたも王国を狙って世界を滅亡させようとしていたと」
「違う! わたしはこの世界を守るため。スキル【魔王化】を利用し、奴らを圧倒する力を欲していただけにすぎない。いささかやり方は違うが、志は同じはずだ!」
「どうだか」
メディウスの言葉を聞き流し、エイジは畑を見渡す。
いつのまにやら、畑の全ての土が柔らかくなっている。エイジは自分の仕事の進捗に納得し、汗を拭った。
「あのーエイジさま、気になったのですが、エイジさまはこの世界にどれくらい滞在されているのですか? 随分と手慣れているようですが」
長いスカートを持ち上げ、木の実や果実を運搬しているティーリからエイジに質問が飛んできた。
彼女も彼女で割とこの世界に順応していた。
「かれこれ一年弱かな。徒歩での探索は厳しいから移動の魔術か、馬を買うために金を貯めているんだ」
「いっ、一年だとぅ!? 馬鹿言うな、お前の魔力がきえてから、まだ三週間も経っていないわ!」
「いやいや、そっちこそ嘘をつくな」
「嘘じゃない」
「……ならどういうことだ?」
エイジの疑問にティーリが少し考えてから答えた。
「考えられるのは私たちの世界の時間と、こちらの世界の時間の流れが違うということでしょうか?」
「そうか、そう考えると辻褄は合うな」
クワを担ぎながら、勇者は手頃な丸太に腰をかけ一息つく。農夫が物凄く板についていた。
「さて、どうしたものか」
邪神王とやらが元の世界を滅ぼそうとしているらしいが、正直、勇者は元の世界に帰るモチベーションがなかった。
(帰ったところでまたあの悪辣な日々に戻るだけだ。それならばこの世界に留まった方が、ううん)
「エイジ様、なんとかなりませんか?」
ティーリの透き通った瞳が勇者を射抜いた。
勇者はたじろいだ。
「そうだ、そうだ! わたしも部下たちが心配だ。ーーそれにな勇者よ」
するりとエイジの隣を取った魔王メディウスは彼の耳元でささやいた。
「……王宮の魔術師たちが存命なら、この世界にはまた来れる。ならば今一度、元の世界を救い惚れた女子のポイントを稼ぐ、その時プロポーズで、ガッ! だ」
「プロポーズでガッ?」
「鈍い奴め。ようは駆け落ちしてしまえば良いのよ」
「駆け落ち……だと……!」
まさに魔王の考えだ。
しかし、エイジの脳裏には魔王を封印した直後の出来事がリフレインしていた。
(確かにあの時、姫と急接近できた。あながち魔王の言うことも間違えではないかもしれない)
そうとなれば、話は早かった。
「よし、わかった。ティーリ姫! 俺は元の世界に戻り、みんなを救ってみせる!」
「それでこそ、勇者さまですわ!」
かくして勇者、姫、魔王の一行はこの世界から脱出するための手段を探し、探求の旅へと身を投じるのだった。
まさかそれが、文字通り世界を渡り歩く大冒険になることは、その時の三人はしるよしもなかった。
次回、スペース★勇者編!
そのうち書くかもしれません。よろしくお願いします。