09 ◇一寸の中卒にも五分の魂がある。怒る時は怒る◇
「な、何よあなた……急に黙り込まないでよ」
大家のオバサンにそう言われて、私の意識は現在に戻ってくる。
いま思い出してみると……あのエグザイル冒険者事務所のオイダよりは、こっちの事務所のおっさんは、いくらかマシだったかもしれない。
少なくともこっちのおっさんは、私を見て、指を差して笑いものにしたりはしなかった。
……まあ、大家のオバサンに私をけしかけたのだって、相当に悪質なのは否めないけど。
それでも、とりつく島もないどころか、人間以下の珍獣みたいな扱いをしてきた、さっきの事務所よりはマシだ。
ここで私が何かをすれば、もしかしたら、道が開けるかも知れない。
そう思える程度には、さっきのおっさんの態度は、マシな方だった。
だったら……私は与えられたチャンスに、片っ端から飛びついていくしかない。
いまの私には、そうやって一つ一つ、目の前に現われた小さなチャンスに、しがみついていくことしかできないんだ。
なのに。
そんな、私の気も知らずに。
他の事務所に行け、とか……。
このオバサン……勝手なことばかり言って!
「……もう頭きた! 先にスキルを使ったのはそっちだから、これは正当防衛ですからね!」
そう言って、私は手をかざして集中し……それを具現化させる。
その熱で、私の顔や服に残っていた水分は残らず蒸発して、私の皮膚は、慣れ親しんだ柔らかい光によって包まれていく。
「な……な……」
私の頭上に、徐々に形を取って顕現してきたそれを目にして、オバサンの顔は見る見る強張っていき……
やがて、それが獣の形を成して咆哮した時……ついに、オバサンは悲鳴を上げた。
「キャーーーーーーーーッ!」
次いで「コテン」と、漫画みたいに仰向けに倒れてしまうオバサン。
威嚇してみせるだけで驚いて逃げるだろうと思っていた私は、まあ大体予想通りの結果になって、大いに満足した。
「ふっ……」
スキルを解除しながら、私は勝ち誇ってガッツポーズ。
「勝った!」
「おい! なんだ今の悲鳴は!?」
「あ、所長さん!」
慌ててこっちに駆け寄ってくる所長さん……確か、ケンイチさんだっけ……に振り返って、私は笑顔で言う。
「やりましたよ! 私、ドアを死守しました!」
はしゃぎ回る私。
「これで、実技試験合格ですよね! やった! 私の、社会人としての、初勝利です!」
……だが、しかし。
ケンイチさんは、廊下に横たわるオバサンと、笑顔ではしゃぐ私とを見比べて。
血相を変えて、こう叫んだのであった。
「何してくれちゃってんの、お前えええええええええええええええええええええっ!?」
………………あれえ?
実はこのオバサン、モブではありません。乞うご期待!