07 ◇中卒 VS オバサン◇
ドアを開けた私は、顔に思い切り水をぶっかけられた。
「……」
あまりの仕打ちに、私は何も言えず、ただジト目になって目の前のオバサンを見ることしかできなかった。
水滴がポトポトと、顎から落ちる……うう……面接のために、ちょっと良い服を着てきたのに。
口から出した水を、私の顔にぶっかけてきた小太りのオバサン は、出来の悪い水鉄砲みたいに口から「ぴゅるるー」と力のない水流を吐いていた(そういうユニークスキルなのだろう)。
が、オバサンはすぐにそれをやめて、普通の人間と同じように口から言葉を発した。
「あなた……だあれ?」
「それはこっちのセリフで……いえ」
私は、一応これは来客対応なのだと思い出す。
「ど、どちら様ですか?」
「私? 私は大家よ。この事務所を貸してる大家」
大家か……となると、セールスみたいに問答無用で追い返すことはできない。
いや、そもそもそれ以前に……
「あの……どうして私は、大家さんにいきなり水をかけられたんでしょう?」
「あら、あなたにかけるつもりはなかったのよ? てっきりケンイチちゃんが出てくると思って」
「いや、そういう問題じゃなくて……いまのって、違法なスキルの使用ですよね? っていうか、スキル使ってなくても、人に水をぶっかけるのって、暴行罪なんじゃないですか?」
「あらまあ、あなたはまだ若いからわからないでしょうけど、昔は大勢の男の子が私と間接キッスをしたがったものよ。
私のユニークスキルはね、【水流噴射】って書いて『間接キッス』って読むの。【水流噴射(間接キッス)】。面白いでしょ? おほほほほほ!」
「……」
……確かに、ある意味モンスターだった。
さっきの二人といい、社会には色々な大人がいるものだなあ、と私は思う。
社会って、厳しいなあ。
接客業の人とか、もっと大変なんだろうなあ。
……いや、そんな、現実逃避気味にしみじみしてる場合じゃなくて。
「えっと……それはもういいです。どういったご用件ですか?」
「家賃を回収しに来たのよ」
「家賃?」
「ケンイチちゃんったら、もう半年も家賃を滞納してるの! あなた何も知らないの!?」
「そ、そうだったんですか……」
「話にならないわ! ケンイチちゃんを出してちょうだい! そこを通して!」
「ああっ! ダメです!」
私は強引に横を通ろうとするオバサンを、どうにかして全身で制止する。
小太りオバサンの重量感、半端ない……が、こっちにだって若さという武器がある!
「ちょっと! なんで通してくれないの!」
私に弾き返されると、オバサンは怒った。
私は両手両足を突っ張って扉口をガードしつつ、言い返す。
「こ、こっちだって、就職がかかってるんですよ!」
「しゅう……しょく?」
オバサンはその単語を聞いて一瞬面食らっていたが、すぐにこう言ってきた。
「何を言ってるの!? こんな家賃も払えないような事務所はやめて、よそへ行きなさいよ!」
「ぐっ……」
確かに、オバサンの言う通りだった。
大家のオバサンを追い返すのが実技試験なんて、そんな無茶苦茶な事務所、絶対ブラックに決まってる。
というか、本当に採用する気があるか、怪しいものだ。
それぐらい、私にだってわかってる。
……でも、私みたいな中卒には、きっとこんなひどい事務所しかないんだ。
だって、ここに来るまでの間、いくつもの事務所に飛び込みをして……中卒なんか雇えないって理由で、全部断られたから。
中には、私の事情を聞こうともせずに、大声を張り上げて説教してくるような人もいたから。
……ついさっき、面接を受けてきた事務所なんか、特に酷かった。