03 ◆元英雄のおっさん、無双して山賊する◆
「……ん」
最後の一体の首を飛ばした俺は、剣を鞘に収め、四人組の若い冒険者たちに向き直った。
俺の後ろには、リザードマンの死体が、文字通り死屍累々と転がっている。
辺り一面にぶちまけられた血は、徐々に土へと染み込もうとしているところだった。
――苦戦していた若き冒険者たちを、ベテランが助けた。
そういう「よくある場面」だった。
「危ないところを、どうもありがとうございました!」
溌剌としたイケメンが、一歩前に進み出てきて、俺に礼を言う。
それに対して俺は、
「おう」
と、右の手の平を、上に向けて差し出した。
それを見た若者は、爽やかな笑みを浮かべつつ、俺の手をしっかりと握ってくる。
そして俺は……その手を握りつぶした。
「いてててててててっ!」
「誰がこの状況で握手なんか求めるか、この世間知らずが!」
「ええっ!? じゃあこの手は!?」
「金だよ金! 金出せって言ってんだ!」
「ええええええええええええええっ!?」
「……その代わりに」
俺は離した手で、リザードマンの死体の山 を示しながら言った。
「この死体は、全部お前たちにやろう。俺一人では、とても処理できないからな……」
「え?」
すると、若者はキョトンとなった。
「おじさん……ぼっちなんですか? あんなに強いのに?」
「ぼっちって言うな! ソロだよソロ! こっちにだって事情があるんだよ、大きなお世話だ。そんなことより金を出せ!」
「お金ですか……い、いやあ……」
若者は後頭部をかきながら言った。
「僕たちも正直、今月厳しいんですよね……パーティで貸し切ってるシェアハウスの家賃が、思ったよりキツくて」
「はあ!? シェアハウスだあっ!?」
俺は若者の胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「んなシャレたもん、リザードマン相手に死にかけるようなテメーらには、五十年早いんだよ!」
「そ、そんなあっ!? 五十年後に入居するんじゃ、シェアハウスじゃなくて老人ホームじゃないですか!?」
「誰が面白いこと言えと言った!? いや、別にそんな面白くもねえな! そんなことよりオラッ! 金はどのポケットに入ってんだ!? ピョンピョンしてみろよピョンピョン!」
「ひいいいいいいいいいいっ! わ、わかりました! 分割で! 分割でお支払します!」
「分割じゃダメなんだよ!」
「ど、どうしてですか!?」
「……最近、なぜか売り上げが下がっていてな。仕方ないから食費を切り詰めてるが、これ以上は限界だ」
「え? おじさん……貧乏なんですか? あんなに強いのに?」
「うるせえよ! こっちにだって事情があるんだよ! おいお前ら!」
「ひいっ!」
俺は、後ろの方で怯えた表情をしている、その若者の仲間たち三人に言った。
「金がないなら、金目の物を出せ! 一列にして、そこに並べろ!」
「……山賊だ……このおっさん、山賊だぞ!」
「逃げろおおお!」
「助けてええええっ!」
「あっ! てめえら、おい待て!」
「ちょ、みんな、行かないで! 僕を置いて行かないでええええええええええええええっ!」
結局、こいつらからは一円も取れなかった。
まあ、無理に金を搾り取ったのが原因で死なれたら、助けた意味がないからな。
……とは思うものの、完全なくたびれ儲けの徒労感は、決して拭えない。
やれやれ。
12年前の混乱期ならいざ知らず、いまでは、誰にとってもお馴染みのこの方程式が、俺たち冒険者をも支配している。
売上 ― 費用 = 利益
である。
討伐で稼いだ金の一部は、税金、社会保険、年金なんて名目で国に持って行かれて、そこからさらに、武器防具消耗品その他の必要経費を払わなきゃならん。
もちろん、老後の生活費だって貯めないといけない(俺は貯めてないが)。
そう。
冒険が、ロマンに溢れた英雄的行為だった時代は終わった。
「冒険」はただの「仕事」になったのである。
だからこそ俺だって、助けた相手から金を取らなきゃならなかったのだ。
おまけにその上、この仕事には命の危険がある。
そんな冒険者稼業を、続ける意味なんてあるのだろうか?
……俺と違って、あいつらはまだ若い。
今回の一件に懲りて、他の業種に転職すればいいと、俺は本気で思う。
……だが、俺はこの時、まだ知らなかった。
借金を抱えて、この業界に飛び込んでくる大バカ野郎を……
こともあろうにこの俺が、雇うことになるなんて。