27 ◇中卒は幸運に感謝する◇
全てのモンスターの心臓には「魔石」と呼ばれる、青色に輝く親指大の鉱石が埋め込まれている。この魔石は人造ポータルを稼働させるのに消費するため、常に安定した需要があり、冒険者にとっての主要な収入源だ。
なんでも、ジャンル変更後の混乱期、各国通貨の価値が暴落してハイパーインフレが起きた当時には、この魔石が通貨として取引されていたらしい。
そういうわけで、モンスターをナイフで解体して、この魔石を取り出す技術は、冒険者にとって必ず身につけなければならないものだ。
「効率よく、素早く魔石を摘出できるようになれ」
と、ケンイチさんは言った。
「いかに体力を温存しつつ、短時間で魔石を摘出できるようになるか……それによって、その日の稼ぎが大きく変わってくる。わかったな?」
「はい!」
「よし、良い返事だ。一つやってみろ」
「はい!」
私は、買ってもらったばかりのオリハルコンナイフを手に、見よう見まねで、目の前のサーベルハウンドの死体に取り組んだ。
毛皮を切り裂いた奥にあるのは、触るとブヨブヨする肉で、変なところを切ると血がブシャッと出て顔にかかって……ハッキリ言ってそれは、決して気持ちの良い作業ではなかった。
私が夢見たような冒険者の仕事とは、違っていたかもしれない。
でも……私は嬉しかった。
私は、自分が得ることのできた、類い希な幸運に、感謝さえしていた。
なぜなら……ケンイチさんは、私に対して、とても丁寧に仕事を教えてくれていたからだ。
これもまた、町工場を経営する父が、よく言っていたことだ。
学校では、先生が勉強を教えてくれるのが、当たり前。
……でも、職場で仕事を教えてもらえるのは、全然当たり前じゃない。
昔、こんな新入社員がいた。
その人は、会社に入ったばかりの頃、つまらないことで先輩とケンカになって、職場で孤立してしまった。
そして、誰からも、仕事を教えてもらえなくなった。
その人は一年間、単純作業ばかりやらされた挙げ句に、逃げるように退職していった……何のスキルも、身につけられないままで。
父は、もっと早く気づいてやれなかった自分の責任が大きい、としつつも、私にはこう言った。
社会に出たら、仕事を教えてもらえるのが当たり前だなんて、決して思うな。
もし、丁寧に仕事を教えてくれる人がいたら……絶対に、その人への感謝を忘れるな、と。
そう。
やろうと思えば、ケンイチさんにはできるはずなのだ。
私には荷物持ちだけやらせて、何も教えない、ということが。
その方が、本当はずっと、効率が良いはずなのだ。
今だってケンイチさんは、もうすでに他のサーベルハウンドの解体を終えて、その場に立って、トロい私のことを待ってくれている。
ケンイチさんが自分でやれば、もっと効率が良くて、もっと稼げるはずで……ケンイチさんにとっては、その方がずっと良いはずで……。
なのにケンイチさんは、私を待ってくれている。
……忘れないようにしよう、と私は思った。
この、感謝の気持ちを。
そしてこれが、ものすごく幸運なことである、ということを。
中卒で、借金まみれで、ユニークスキルはあるけど、でも実務のことはなんにも知らない役立たず。
本当なら、使い捨てにされるのが当たり前。
……そんな私を……そんな私を、こんなにも大切にしてくれて。
私の安全と成長を、何よりも第一に考えてくれて。
だから……たとえ、この就職の行く末が、どうなろうと。
決して、忘れないようにしよう。
……このおっさんに対する、感謝の気持ちを。
「アカリ、お前……」その時、ケンイチさんが心配そうに言った。「なんで……泣いてるんだ?」
「ぐっ……さっき刃を入れた時、何かが目に入って。大丈夫です」
「そうか……焦らなくていいぞ」
「ぐっ……」
「ど、どうした? なんかいま、涙が『ブワッ』って出たぞ?」
「な、なんでもありません!」
「そ、そうか……」
そうして、涙で視界がにじむ中、私はたっぷりと時間をかけて、初めての解体作業を終えた。




