02 ◇中卒になりました◇
「不知火灯さん……誠に申し上げにくいのですが、あなたの入学許可は取り消しとなりました」
「なんで!?」
私は椅子からガタッと音を立てて立ち上がり、目の前にいる大人たちに抗議した。
「なんで入学できないんですか!? 試験の点数が足りなかったんですか!?」
「いえ、そんなことはありません。あなたの成績は立派なものです」
「じゃあどうして!?」
「いや、それは……学費が払えないのであれば、当校としてはどうしようもありません」
「え……」
目の前で長机に向かって座っている、三人の大人たちのうちの一人。
一番年配なのになぜか気弱そうな、髪の毛が薄くてヨレヨレのスーツを着た男の人が、頭をハンカチで拭いながら「入学許可の取り消し」を告げるのを聞いて、私は呆然となった。
「学費が払えないって……そんなはずは! 何かの間違いじゃないんですか!?」
「シラヌイさん……あなた、ご両親から何も聞いていないのですか?」
「え……両親は、何も……」
すると、中年男性はため息交じりに言ってきた。
「……ご実家は、町工場を経営しておられますね?」
「はい! 『ジャンル変更』の荒波をも乗り切った、私の自慢の両親が経営する立派な会社です!」
「……でも、その町工場は、多額の借金を抱えて倒産してしまいましたよね?」
「……え?」
「それすらも、聞いてなかったのですか……」
男性は憔悴しきった様子で黙り込んでしまう。
すると、その男性の横にいる、ビシッとしたスーツを着た若い男性が、代わりに言った。
「私は信用調査会社の者です。実は、今日来ていただいたのは、奨学金の審査結果をお知らせするためでした。シラヌイさん……のご両親は、会社の倒産を受けて、私たちに貸与型奨学金の申請をされたんです」
「それなら……!」
「しかし、申請は却下されました」
「ど、どうしてですか!?」
「申請を受けた私たちは、シラヌイさんが借りた奨学金をちゃんと返してくれる人なのか、調べさせてもらったのですが……」
「借りたお金は、ちゃんとお返しします!」
私は必死に訴えた。
「この日比谷魔法高校を卒業して、立派な魔道士になって、冒険者として活躍して……借りた奨学金は、必ずお返しします!」
「……ええ、私個人としても、シラヌイさんは真面目にお金を返してくれる人だと思いますよ」
「じゃあどうして!?」
「最近は、貸付可否の判定にAIが使われているもので……」
「AI……ですか?」
「ええ。そのAIが『シラヌイさんのように、両親の会社が倒産した家のお子さんは、なんだかんだあって、結局奨学金を返せなくなってしまうことが多い』と」
「なんですかその『なんだかんだ』って!? そのAIいい加減なんじゃないですか!?」
「……私もそう思います。AIは結果だけ伝えて、理由は答えてくれないので」
「だったら!」
「しかし、私も会社員なもので……上が決めた審査プロセスには、逆らえません」
「そんな……」
「もともと、冒険者志望の学生さんへの貸与は、審査が厳しくなる傾向があるんですよ……冒険者は、命のリスクを伴うお仕事ですから」
「私が死んじゃって、奨学金を返せなくなる可能性を心配してるってことですか? 私は死にません!
だって私は、とびっきり優秀な冒険者になりますから! 私のユニークスキルをご存知ないんですか? いまここでお見せしましょうか!?」
私が手をかざそうとすると、さっき喋っていた中年男性が慌てて止めた。
「ああああやめてください不知火さん! そのスキル使用は違法です!」
言われて、私はすぐにやめて手を下ろした。こっちの世界でのスキル使用は、入学試験の時、就職試験の時、そして、免許を取得した上で仕事に使う場合などに限られている。
「シラヌイさんのユニークスキルは存じ上げています」
と、若い男性。
「とても素晴らしい才能をお持ちだと思います。しかし……AIには、ユニークスキルの性能を評価する機能がついていません。ですから、結果は変わりません」
「ということは……」と私は言った。「私は奨学金がもらえないから、学費が払えない。だから、入学許可は取消し……ってことですか?」
「はい……」
すると、中年男性が言う。
「『ジャンル変更』前だったら、こんなことはあり得ませんでした。高校の授業料は、実質無償化なんて言われてたぐらいですから
しかし『ジャンル変更』があって以降、経済は混乱し、制度は変更に次ぐ変更を重ね、つぎはぎだらけとなった制度は、誰も気づいていない欠陥をあちこちに抱えることになり……このような結果に。教育者として、誠に残念です」
「そんなこと言ったって……私、もう他の高校の合格は辞退しちゃったんですよ!? もっと偏差値の低い高校だったら、学費免除の特待生で合格してるところもあったのに! 私はこれから、どうすればいいんですか!?」
「誠に遺憾です。今後このようなことがないよう、プロセスの見直しを進めます」
「今後のことなんか言われても、いまの私にはなんの関係もない! ……うちが裁判をするお金がないからって、泣き寝入りするしかないからって、ナメてるんじゃないですか!?」
「「……」」
大人たちは答えなかった。
「……もういいです」
私は言った。
「高校浪人して……来年の春、もっと良い高校に入って、あなたたちを見返してやります」
「そのことなんですが……」
と、それまで喋っていなかった若い女性が言った。
「私は『そなり銀行』から来た者です。シラヌイさん、あなたはご自分が、既に教育ローンを利用していることをご存知ですか?」
「教育ローン……え……私、借金があるってことですか!?」
「やはりご存知なかったのですね……親御さんが、あなたのためにお借りになったのだと思います。
資料によると、教育ローンは中学時代の塾の授業料などに充てられたとか……で、ここからが本題なのですが。
この教育ローンには『アカリさんが初めて社会人になった時点まで、返済の開始を猶予する』という特約がついておりまして……」
「ちょっと待ってください……嫌な予感がしてきました」
「単刀直入に申し上げますと、」
その女性は無情にも、待ってと言われたのに待たずに言った。
「中卒になったあなたは、もはや学生とはみなされず、社会人となります。よって、来月から教育ローンの返済が始まります。銀行口座から強制的に引き落とされますので、残高にご注意ください。
契約の文面上、一度でも社会人になったら、再び学生になったとしても、返済義務は停止しません。よって、これから先、他の学校に入学したとしても、引き落としは止まりません。
繰り返しになりますが、くれぐれも口座の残高にはご注意ください。もし残高が足りなかった場合は、法的措置を執らせていただきますので」
「……」
もはや私には、反論する気力もなかった。
私が一人トボトボと学校を出ると、外は雨が降っていた。
通り沿いのコンビニが目に入るが……私はもう、傘を買うお金があるかどうかも怪しい、借金まみれのド貧乏。おまけに中卒だった。
けれど……。
(頑張るしかない……か)
今日もお父さんとお母さんは、頑張って働いてくれている。
きっと、会社が倒産してしまって、とても大変なのだろう。
学校からの呼び出しにいつまで経っても応じられず、ついに今日「だったらアカリさん一人でも来てください」と言われてしまったほどだ。
そんな二人に、心配はかけられない。
両親が借金のことを黙っていたのは、確かに少しビックリしたけど……それだって、私のために重ねた借金なんだから、恨むことなんかできない。
「よしっ!」
私は自分の頬をピシャッと叩いて、自分で自分に気合いを入れる。
「来月までに就職先を決めて、二人をビックリさせてあげよう!」
そう言って、私は雨の中を走り出した。
きっと、こんな私でも受け入れてくれる職場がある、と信じて。
……けどまさか、その時は、思っても見なかったよ。
元英雄のおっさんが、私を拾ってくれる、なんてね。
【作品世界について】
本文中でも「ジャンル変更の後に制度が大きく変わった」と言及されていますが、作品世界での奨学金・教育ローンなどの制度は、現実とは全く違います。ご注意ください。