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18 ◇中卒は○○を見てテンションを上げる◇


 新宿ポータルは、JR新宿駅を増築する形で作られた、上階に設置されている。

 検疫所を通過し、エスカレーターを登ってそこにたどり着いた私は、そこで見た光景に感動した。


 左右に三本ずつ、計六本十二線あるホームには、大勢の人が行き交い……その線路上には、ところどころに、黒光りする蒸気機関車が停車している……見間違いではない。蒸気機関車だ。


 神は異世界において火薬と内燃機関は禁止したが、蒸気機関までは禁止しなかった。そこで現在の異世界では、古き良き蒸気機関車による鉄道網が整備されようとしている。また、電気も禁止されなかったので、電力網も鋭意整備中だ……ただし、モンスターは執拗に(地中にあるものも含めて)線路や送電線を攻撃してくるので、これらの文明の利器は、まだまだごく限られた安全なエリアでしか使えない。


 でも……蒸気機関車って、テンション上がるよね!

 それに、駅舎がオシャレ! 駅舎がとってもオシャレなの! なんか、ベージュ色のレンガ造りでね、ガラス張りの屋根がアーチ状になっててね、真新しくてピカピカしてて、とってもテンションが上がるの! 機関車が吐き出す煙も、石炭の香ばしい匂いも、なんだかすごくワクワクさせられるの!


「うわあ……昔、社会科見学で来た時は、もっと違う感じだったんだけど……こう……もっと、ボロっちかったような……」


 私がそう言ってボンヤリしていると、こんなアナウンスが流れてきた。


『……駅舎改装工事へのご協力、長らくありがとうございました。新駅舎は三月二十四日にオープンし……』


 どうやら、そういうことらしい。


「チッ」私の横でケンイチさんが舌打ちしていた。「やたら工事やってるなと思ってたら、こんな風にしてやがったのか……まったく、最近は何でもかんでも綺麗にしやがって」

「ええー? キレイなのいいじゃないですかー。どこが悪いんですかー?」


 私が文句を言うと、ケンイチさんは肩をすくめた。まともに答える気はなさそうだ。


「汽車に乗るぞ」

 とケンイチさんは言った。新宿ポータルには、ポータルを徒歩で通り抜けるための歩道もあるが、今回は汽車を使うらしい。

「俺は定期があるから、これで320円の切符を買ってこい……ああ、往復で640円な」

 と言って、ケンイチさんは財布から千円札を取り出して私にくれながら、こう付け加えた。

「切符ってわかるか?」

「わかります~。社会科見学で習いましたから」

「じゃあ、領収書はわかるか? 忘れずに受け取ってこいよ。券売機にボタンがあるから」

「領収書もわかります~。これでも町工場の娘ですから」

「……わかったから、さっさと行け」


 その後、私は券売機でどうにかして切符を買い……実はかなり焦った。なにせ初めてだったもんで……ケンイチさんの元に舞い戻った。


「何番線ですか?」

「九と四分の三番線だ」

「は?」

 私があっけに取られていると、ケンイチさんはニヤリと笑った。

「冗談だ。昔、そういう小説が流行ってな……行くぞ、こっちだ」


 い、いまの、ケンイチさんにしては、上品な冗談だったような……?

 もしかして、この人もテンションが上がってるのかな?


 なんて思いつつ、私は行き交う人の間を縫うように歩いて、ケンイチさんに続いて客車に乗り込んだ。

 中は、入っていきなりのボックス席。すごい。本当に昔の汽車みたい……!

 私たちは向かい合って席に座る。私は進行方向側、ケンイチさんは反対側を向く形だ。


「な、なんか、この客車もオシャレですね……」

「観光客も乗るからって、最近キレイにしたんだよ……まったく、近頃の連中は、何を考えてるんだか」

 ケンイチさんのテンションは、早くも元に戻っている。この人には、この手の話題の相手は期待できなさそうだ……。


 というか……私には私で、そんなことより気になっていることがあった。

「ええっと……」私は言った。「この汽車に乗って、ポータルをくぐるんですよね?」

「そうだよ……ってお前、もしかしてポータル通ったことないのか?」

「ふ、普通ありませんよ!」

「なんだ、社会科見学って言うからてっきり……そうかそうか……そいつは見物みものだな」


 そう言って、またニヤリと笑うケンイチさん……今度の笑いは、さっきのと違う。なんとなく陰湿な感じがする。

 くそーーーーー意地わるーーーーーーーっ!


 私は不安になって、窓を開け、身を乗り出して汽車の前方を見た。

 さっきは駅舎に夢中で大して気にも留めなかったが、私の視線の先、駅舎の反対側、機関車の鼻先には……波打つ液体の鏡のような、不思議な壁がある。

 駅舎の壁一面を覆うように、平面上に展開され、波打つたびに銀色にきらめいている、その美しい鏡面こそが……人類を異世界へといざなうポータルそのものだった。


 今から私は、あれを抜けるのだ。

 そう思うと……なんだか、私は緊張してきた。


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