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17 ◇中卒の野望◇


 どうもこのおっさん、私が素で偉そうにしてると思ったらしいけど、失礼しちゃうなあ、そんなわけねーだろ、って話だよ、まったく。


 実は、この私の偉そうな態度の背景には、町工場を経営する父親から教わった、とある家訓がある。


 父いわく「世の中には、ナメられたら終わりの相手がいる」。


 礼儀正しく丁寧に、とは言っても、行き過ぎると「卑屈」と思われる。

 たとえば、取引先の社長がやたらヘコヘコしてたら、誰だって「ビジネスパートナーとして頼りないなあ」と思うだろう。

 悪くすれば「ここは一つふっかけてやろう」なんて、たくらみ始めるやからだって出てくる。


 逆に、ある種の人間に対しては、あえてこちらから強気に出ることで「やるじゃねえか」とか「扱いは難しそうだが、いざという時は頼りになりそうだな」といった具合に、かえって信頼を得られることもあるのだ。


 これは、人を見てやらないとすごくマズイことになる、リスクのあるテクニックではあるのだが……私の見たところ、ケンイチさんはまず間違いなく、このテクニックが非常に良く効くタイプである。

 昨日、私の泣き土下座には一切同情しなかったのに、強気に出た途端にフリーズしちゃったのが、動かぬ証拠だ。

 ふふふ……行き当たりばったりに見えるかもしれないけど、このアカリちゃん、見てるところはちゃーんと見てるのである。


 ……ほんとだよ? 決して行き当たりばったりじゃないよ?

 もちろん! 行き当たりばったりじゃないからには、私が見ているのはそこだけじゃあない!


 昨日のうちに、私の脳内にはこの事務所の状況……ボロッボロでグチャッグチャの惨状が、しっかりとインプットされている。

 キラッキラのオフィスじゃなくて、こんなひどい職場で働くことになった己が身の不幸をなげく……のはまた今度にして、私は、ここは自分が女であることを最大限に利用することにした。


 つまり、そこで「お掃除」と「お茶くみ」である!


 ほら~女の子を雇うとね~

 こーーーーーんなに職場がキレイになるんですよーーーーーーーー!

 お茶だって入れてくれるんですよーーーーーーーーーー!!!!

 ねーーーーーーー女の子最高でしょーーーーー??????

 だから雇ってえーーーーー????????????


 ……と、こういうアピールである。

 勘違いしないで欲しいのだが、私は掃除やお茶くみは女子がやるべきだなどとは ま っ た く 思 っ て い な い !


 後輩に男子が入ってきたら(たとえそいつが年上でも)そいつにやらせようと思っているし、なんならお茶ぐらいケンイチ所長が自分で入れろぐらいまである。

 え? いままで自分でやってたんでしょ? できないんですか? できないわけないでしょ????? ……まである。正社員になったらな。


 そういうわけで、繰り返しになるが、私は掃除やお茶くみが女子の仕事だなどとはニュートリノ(素粒子。1京分の1センチより小さい)ほども思っていない。


 しかしそこは、失業中の中卒をナメんなよ、って話である。

 こちとら、この事務所を追い出されたら、マジでツ○ッターでパ○活するしかなくなるんだ。

 それと比べたら、お茶くみぐらいなんだ、という話なのである。


 ……え? 前半では「ナメられたら終わりだ」って言ってるのに、後半では「徹底的にコビる」って言ってて、言ってることが無茶苦茶だって?

 うううううるさいな! それだけ私が必死だってことなんだよ! わかれよ!




「……さっきから、何を笑ったり怒ったりしてるんだ?」


 見えない敵と戦っていた私は、横を歩くケンイチさんにいぶかしげな目でそう言われて、ようやく我に返った。しまった。どうやら顔に出ていたようだ。


「い、いえ、なんでもありません!」

「……体調が悪いなら、そう言えよ?」

「そういうのではないです! 本当に大丈夫ですから!」

「ん、そうか……」

「と、ところで」

 私は話題をチェンジした。

「いま、どこへ向かっているんですか?」

 さっきから街中を歩いていて、どうやら駅へ向かっているようだが、その後のことは知らされていない。ケンイチさんは帯剣して外套マントを羽織っているので、異世界に行くのは間違いないと思うのだが。

 すると、ケンイチさんは事も無げに答えた。

「新宿の公共パブリックポータルだよ」

「え? 冒険者事務所なら、私設プライベートポータルとかないんですか?」

「あるわけねーだろ。あんな高いもん買えるか」

「門だけに?」

「バーカ」


 異世界へ行くためのポータルには、大きく分けて三つの種類がある。


 一つは「ジャンル変更」のあの日、神を名乗る存在によって作られた「最初の(オリジナル)ポータル」。これは人間の力で移動も開閉もできないことから「固定ポータル」と呼ばれることが多い。また、おおむね一国に一つの割合で存在することから「国家ナショナルポータル」と呼ばれたりもしている。ただし、この呼び方をすると中国政府が怒る(台湾にも固定ポータルはあるが台湾は国家ではないんだそうだ)ので、公的な場ではタブーとされる呼び方である。


 タブーと言えば、宗教上の配慮により、固定ポータルを「神造門」と呼ぶこともタブーである。ジャンル変更後の混乱期に辛酸を舐め、神に恨みを持つ人間の中には「神なんかいねえ」という意味を込めて「自然門」と呼ぶ人もいるほどだ。これ豆知識な。

 ちなみに、日本の固定ポータルは東京駅駅前広場にあって、一応誰でも通れるものの「異界省」という国の機関の厳重な管理下にある。


 固定ポータル以外のポータルは人造(ポータル)と呼ばれ、全て「ジャンル変更」後に人間の手によって設置されたものだ。

 人造門はさらに公共パブリックポータル私設プライベートポータルにわかれる。前者は無料もしくは低料金で誰でも使えるが、後者は私有物であり、原則として所有者の許可がなければ他人は使えない。公道と私道の違いのようなものだ。


 現在、日本の公共ポータルの多くはJR・私鉄の鉄道各社や、NEXCO等の旧道路公団各社、一部空港の運営会社、港湾を管理する自治体などによって運営されている。


 人々は、電車を乗り換える時と同じように料金所を通ってポータルをくぐり、出入国する時のように検疫を受けるのだ。


 というわけで、私たちは一番近い公共ポータルがある、新宿駅まで向かっていた……山手線に乗って。


 マジかよ、これから私、毎日通勤電車に乗るのかよ、冒険者なのに……などと思って肩を落とした私だったが、幸いにも、通勤ラッシュにしては遅い時間帯だったので、車内は空いていた。良かったー! 上司のおっさんと毎日密着プレイじゃなかったー!


 そうして、私たちはJR新宿駅・ポータル乗り換え口に到着した。


「うわあ……!」


 そこに広がっていた光景を前にして、私は思わず声を上げてしまった。


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