15 ◆元英雄のおっさん、決意を新たにする◆
オバサンとアカリが事務所を出た後、俺はタカアキと向かい合ってコーヒーで一服していた。
すると、タカアキがボンヤリと、こんなことを言い出す。
「スイドウバシさん、本当に策士すぎるよなあ……」
「ん……ああ、全くだ」
俺はタカアキの言葉に首肯する。
「まさか、あれを全部言わされていたとはな……まんまと食わされた。ったく、何が大人の殻だよ。完全に子供扱いしてるじゃねえか……」
「いや、そっちもあるけどさ……もう一つ、あるだろ?」
「あ?」
タカアキは語り始めた。
「あの時のお前……シラヌイさんに思い切り言われて、黙り込んじゃってさ。俺にはすぐにわかったよ。あ、これケンイチの心がちょっと動いてるな、って。だって、もし感動してなかったら、お前はすぐに言い返してたはずだから」
「で、横で見ていた俺は『ヤバイ、どうしよう』と思った。お前はいい加減なくせに、変なとこでプライドが高いから『わかったよ、そこまで言うんなら』なんて言って、シラヌイさんを認めてやることができない……」
「そこでスイドウバシさんが、お前の面子を立てるために助け船を出した。家賃半年分チャラ。お前は『なら仕方ねえな。家賃払えねえし』って言って、家賃チャラに釣られたように振る舞ってたけど、本当はシラヌイさんのことを認めて――」
「んなわけねーだろ、バーカ」
俺はタカアキの語りに差し込むように言った。
「俺は本当に家賃チャラ……それとお前が『インターンっていう手もある。それならダメだった時にすぐクビにできる』って言ったこと、その二つに釣られたんだよ。家賃がチャラになった上に、いつでもクビにできる荷物持ちが安く雇える。最高じゃねえか」
「……ま、そういうことにしといてやるよ」
「……ったく。【頭脳明晰】なんて大層なユニークスキル持ってくるくせに、意外と大したことないよな、お前」
「それも、そういうことにしといてやるよ。実際、スイドウバシさんには叶わないしな」
「……」
「さて」
と、タカアキはマグカップをテーブルに置きながら言った。
「飲みに行かないか?」
「……いや、それはやめとく」
「? 珍しいな」
「話したことなかったか? 大事な仕事の前には、アルコールは控えるようにしてるんだよ」
「……忘れてた」
「本当にお前のユニークスキルはなんなんだ?」
「だ、だってお前……大事な仕事なんて、ここ何年もなかったろ?」
「……」
「相変わらず、さすがだよ、そういうとこ……友達として、誇りに思う」
「……何臭いこと言ってんだよ、バーカ」
俺はそう言いながら、コーヒーの黒い液面に目を落とした。
タカアキには言っていないし、言うつもりもないが、それはノンカフェインのコーヒーだった。
大事な仕事の前日には、俺はカフェインもあまり取らないようにしている……前日はよく眠って、当日に備えるために。
大事な仕事とは、つまり……
若者を、生きて無事に帰らせる仕事のことだ。