14 オイダ・ソウタの破滅 -序曲編- ~ざまぁ回 1/2~
皆さんは、オイダ・ソウタ氏を覚えておられるだろうか?
彼はエグザイル冒険者事務所の所長で、若きS級冒険者。
不知火灯を面接で笑いものにした、人間のクズである。
その、オイダ・ソウタ氏なのだが。
実はこの頃、破滅を迎えていた。
きっかけは、まさに昨日の、アカリに対する面接である。
彼の部下たちは、周りでその面接を見ていて、
「アレはない」
と、オイダに愛想を尽かしたのだ。
当然だ。
あの面接は、パワハラとかモラハラとか、そういうレベルではなかった。
人格を疑われるレベルの、人としてあり得ない蛮行だ。
これまでにもオイダには、調子に乗るとすぐ暴言を吐く、という悪癖があった。
それでも、普段はあそこまでヒドくはない。
だが、この日は事務所の合併話がまとまりかけていて、テンションがハイになってたという特別な事情があり、つい気持ちが大きくなってしまっていた。
……とはいえ、そんな時こそ人間の本性が露わになるというのも、一面の真実である。
そんなオイダであるにも関わらず、これまで部下たちがついてきたのは、彼のユニークスキルが強力だった上に、部下たちが、ストックオプションというエサに釣られていたからだ。
ストックオプションとは、まあ詳細は省くが、要するに、社長が社員に対して与える分け前みたいなものだ。
これを持ってる状態で会社が上場して、株価が上昇すると、多額の利益が得られる、というものである。
しかし、アカリに対する態度を見て、部下たちはあっさりとオイダを見限った。
「な、なぜだ……!?」
今日の朝、一斉に辞表を提出してきた三人の部下たち……いずれも、欠くことのできない重要な部下たちだ……を見て、オイダはワナワナと震えた。
「なぜ辞めてしまうんだ……!? ずっと目標にしてきた株式上場が、ようやく手の届くところまで来たんだぞ! なぜこのタイミングで!?」
それに対して、三人は口々に答えた。
「ハッキリとわかったからですよ……あなたには、上場なんかできない、ということがね」
「な……なぜ!?」
「オイダさんは資格を取ってすぐに開業したから、知らないみたいですけど。私たちはみんな大手で働いていた経験があるから、知ってるんです」
「何を?」
「上場企業っていうのは、コンプライアンスにうるさい、ってことを」
「こんぷら……?」
「コンプライアンスです。まあ、意味に幅がある言葉ですけど……少なくとも、面接に来た十五歳の女の子に、あんな態度を取るとか、完全にアウトです」
「アウトっていうか、論外ですよ」
「あり得ないです……」
「上場した後にあれが発覚したら、あっという間に臨時取締役会を開かれて、会社を追放されちゃいますよ?」
「その場合、長年あなたと一緒にやってきた、私たちもタダでは済みません……」
「会社にしがみつけば冷や飯食い。会社を出れば『え? あの最低のモラハラ企業にいたの?w』と白い目で見られる」
「おわかりですか? 私たちは、巻き添えはゴメンです」
「そ、そんな! お前たちだってあの面接の時、俺と一緒に笑ってたじゃないか!」
「そりゃ上司が笑ってるんだから、その場は合わせますよ」
「でも今は……合わせたことに、後悔しています」
「あの女の子にまた会う機会があれば、謝りたいぐらいです……」
「め、面従腹背ということか!? 卑怯だぞ!」
「面従腹背? そんな、大それた話じゃありません。社会人なら、みんなやっていることです」
「まあ、所長しかやったことのない人には、わかんないかもしれませんけどね」
「プッ。それある意味、中卒より恥ずかしくないですか?」
「……」
「まあ、そういうわけなんで」
「あなたに株式上場なんて、できるわけないですよ。きっと話を持ちかけてきた大手の事務所も、あなたのユニークスキルだけが目当てです。上場の話は、あなたを釣るための嘘かもしれません。最初から上場する気なんて、サラサラないのかも」
「仮に上場できたとしても、あなたはいつか必ず問題を起こします」
「そうなれば、あなたと一緒に働いてきた、私たちのキャリアにも傷がつく……」
「だから、そうなる前に辞める」
「「「いままで、お世話になりました」」」
そう言って一斉に頭を下げてきた元部下たちを前に、オイダ・ソウタは、ヘナヘナと、所長の椅子にへたり込んでしまった。
……もはや、名ばかりの存在でしかない、所長の椅子に。
だがこの時、彼はまだ、
「あんなヤツらいなくたって、俺一人でもやれる!」
と思っていた。
そして、明日はそれを証明するために、一人で冒険に出てやろう、と決意した。
……そこで彼が、厳しい現実に直面してしまうことを、まだ誰も知らなかった。