表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/81

13 ◇中卒はおっさんの過去を垣間見る◇

 それから十分後、私はミナモさんと一緒にタクシーに乗っていた。


「あの、ミナモさん……」

 タクシーが走り出してすぐ、私は隣に座るミナモさんに頭を下げる。

「さっきは、脅かしてすみませんでした」

「ふふ……いいのよ。結局、なんともなかったんだし……それより、良かったわね、アカリちゃん」

 ミナモさんは満面の笑み(妙な凄味はない)を浮かべている。

「ケンイチちゃんのところで、働けることになって」

「た、ただのインターンですよ……」

 そう言って、私は肩をすぼめる。


「しかも、それですら、ほとんどミナモさんのおかげじゃないですか。ミナモさんが、私を働かせてくれるなら滞納してる家賃をチャラにしてあげるっていうから、ケンイチさんはそれに釣られて……」

「……若いわねえ。まあ、オバサンの狙い通りだから、いいわ」

「え? それってどういう――」

「何にしても、一歩前進には変わりないわよ」


 ミナモさんは、聞き返される隙を与えたくないかのように、すぐに言葉を続けた。


「仮にここで不採用になっても、他の事務所に行って『セーフプレイ冒険者事務所でインターンをしてた』って言えば、面接ぐらいは受けさせてもらえるかもしれないわ」

「え?」


 私はミナモさんの言ったことに面食らう。


「どういう意味ですか? あの事務所って有名なんですか?」

「ええっ?」


 すると、今度はミナモさんが驚く番だった。


「何も知らないで、あの事務所を受けに来たの? 本当に?」

「は、はい……」

「泣いて土下座までしたのに?」

「土下座したのは、その場の勢いというか……」

「本当にそれだけ?」

「……土下座すればいけるかなっていう計算も、頭の隅っこの方では、ちょっとあったり……ケンイチさん、厳しいけど優しい人だな、って思ったんで」

「……だとしたらアカリちゃん、人を見る目がすごくあるのね」


 ミナモさんは、驚きと呆れが入り交じったような表情をしていたが、言葉の調子は、感心しているような感じだった。


「……あなたの思った通り、ケンイチちゃんはとても優しい子よ……優しすぎるぐらいにね。まあ、そうじゃなかったら、私もいまみたいに接していなかったでしょうね」

「……?」

「……私には、子供が二人いてね。二人ともかつて、ケンイチちゃんと共に戦って……一人は帰ってきたけど、もう一人は帰ってこなかった」

「そ、それは……」

「いいのよ、気を遣わなくても……初めは私も、ケンイチちゃんを恨んだわ。でも、帰ってきた一人が『生き残れたのはケンイチさんのおかげだ』って言うし、当のケンイチちゃんも、あんな風にいつまでも死んだ人たちのことを思い続けているものだから……ケンイチちゃんはね。ちょうど今日のあなたみたいに、私の前で泣いて頭を下げたのよ。『ご子息のことは、本当に申し訳ありませんでした』って……それを見たら、なんだか恨みなんかなくなっちゃって」

「……もしかして、だから家賃をチャラにしてあげたりするんですか?」

「いいえ家賃は払うべきよそこは人として」

「……ですよね」


 ミナモさんはいったん言葉を切って、タクシーの窓の外を眺め始めた。夜の闇の中で輝く街の光が、車窓を流れていく。すっかり遅くなってしまった。両親は心配しているかもしれない、と私は思う。


「ケンイチちゃんはね……」

 ミナモさんが再び口を開く。

「英雄だったのよ」

「英雄……ですか?」

「十一年前……ケンイチちゃんは、この国を救ったの。ケンイチちゃんがいなかったら、街がこんな風に明るさを取り戻すことは、決してなかったでしょうね」

「え……?」


 私は戸惑うが、ミナモさんはそのまま続けた。


「本当なら、ケンイチちゃんには国民栄誉賞が授与されるはずだったのよ……本人が辞退しちゃったけど」

「う、ウソですよね、そんなの!」

「いいえ、全て本当のことよ……でも、若いあなたが信じないのも無理はないわね。もらえるはずだった名誉も褒賞も、歴史に名前を残す権利も、あの人は全て捨ててしまったから」

「え、ちょ……」


 私は混乱していた。あの、根は優しいけど基本的には野蛮でちゃらんぽらんなおっさんと、ミナモさんの語る英雄のイメージが、どうしても結びつかない。


「あ、あの人の、一体どこがそんなにすごいんですか!?」

 私は前のめりになって聞いていた。

「ユニークスキルですか? そんなにすごいユニークスキルを、あの人は持ってるんですか!?」

「それは……」


 ミナモさんは、一度私と目を合わせたが……まるで、私の目の中に何かまずいものを見たかのような顔になって、すぐに視線を逸らすと、再び窓の外を見た。

 そして、こう言った。


「それは、あなたが知らなくてもいいことよ……だってきっと、あの人はあなたの前では、そのスキルを使わないから」

「……」


 ミナモおばさんは、私の質問に答えてはくれなかったけど。

 ともかく、これで私は、冒険者として働くチャンスを与えられることになった。

 明日は、その第一日目。

 頑張らなくちゃ!


 ……なお。

 時を同じくして、一人の冒険者の破滅が始まっていたらしいのですが。

 そんなこと、私はまーったく、知りませんでしたとさ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
※この作品には時々、税金・法律などの話が出てきますが、実際の税務・法務等の参考には絶対にしないでください。作中の記述を参考にして損失をこうむった場合でも、作者は責任を取れません。税務・法務などの問題は、専門家に相談してください※
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ