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12 ◆元英雄のおっさん、中卒にぶちかまされる◆


 三十秒後、ソファにふんぞり返るオバサンの前で、俺とタカアキは正座をさせられていた。


「なんで正座……」

「なんで俺まで……」

「おだまりなさいっ! 間接キスするわよ!?」

「「ひいいっ!?」」


 く、くそ……ダメだ……このオバサンには、昔から頭が上がらない……。


「お、おばさん……」

 と、泣き腫らした顔のアカリが言う。

「私は別に、こんなことをして欲しいわけじゃ……」

「アカリちゃんも、少し黙っていて……大丈夫。悪いようにはしないわ」

「は、はい……」


 オバサンの笑み (妙な凄味がある)を向けられて、アカリは黙る。明らかに、身の危険を感じている様子だった。

 ともかく、咳払いを一つ挟んで、オバサンは俺に向かって諭すように(偉そうに)言い始めた。


「いい、ケンイチちゃん?」

「なんだよ」

「忘れたとは言わせないわよ」

「何を?」

「『ジャンル変更』直後の、大就職氷河期を」

「……」


 大就職氷河期。

「ジャンル変更」後に起きた経済の混乱によって、日本中、いや世界中の企業が、新規の採用どころではない状況に陥った。

 名だたる大企業が次々と破産を申請して、社員の給料や退職金は、未払いのまま踏み倒された。

 年金はなかったことにされて、老人たちは次々と自殺した。

 コンビニの深夜バイトの職を、数百人で奪い合うような、狂った時代だった。


 俺やタカアキは、その大就職氷河期ど真ん中の世代だ。

 ちょうど十二年前「ジャンル変更」があった年の翌年に、大学を卒業するはずだった世代だ。

 タカアキは、持ち前の頭の良さと発現したユニークスキル【頭脳明晰ワイズ】の力で見事「普通の仕事」を勝ち取ったが……俺はそうはいかなかった。


 俺が内定をもらっていた中堅メーカーは、いつの間にか倒産していて、内定取消しの通知すら届かないような笑うしかない有様で……その後も、正社員の仕事はおろか、バイトすら見つからず……

 仕方なく、俺は冒険者になった。

 俺だけじゃなかった。当時は多くの人々が、特に職業経験の無い若者が、仕方なく冒険者になって、ポータルの向こうの異世界へと旅立ち……

 次々と、死んでいった。


 大就職氷河期とは、そういう時代だった。


「……オバサン」

 しばし過去へと旅立っていた俺の意識は、現在へと戻ってきて、目の前にいる、調子に乗ってふざけ過ぎているオバサンに殺意を向けた。

「あんた、まさかこう言うつもりじゃないだろうな……あの時、就職先がなくて、散々に辛酸を舐めた俺なら……職を求めるそのガキの気持ちがわかるだろ、って」

「あら? 違うのかしら?」


「違うに決まってんだろっ!」


 俺が大声を張り上げると、アカリがビクッと肩を震わせ、顔を強張らせて後ずさる。

 だが、俺はそれを見ても「ああそうだ、もっと怖がれ」としか思わない。

 怖がって、帰って、二度と来なくなればいいんだ……。

 そして、もう二度と、冒険者業界になんか近づかなければいい。

 だって、俺は……


「俺が……俺たちの世代が……必死で戦ってきたのは……」

「俺の仲間が……次から次へと死んでいったのはなあ!」

「もう誰も冒険者にならなくて済むような、そんな世界を作るためだったんだよ!」

「そこにいる女の子みたいな、未来の世代を守るためだったんだよ!」

「俺たちの世代にとって、冒険者ってのは、好き好んでなるようなものじゃなかった」

「みんな、生きてくために仕方なく冒険者になったんだ」

「でも……そんな俺たちが、犠牲になったことで……」

「経済も社会も、ようやく元通りになって……」

「いまはもう、冒険者になるしかないような世の中じゃなくなった」

「なのに、最近の若いやつときたら、冒険者には『夢がある』だの『実入りの良い仕事だ』だの……」

「ふざけてやがる……」

「マジで……ふざけてやがる……」

「……今の時代は、俺たちの時と違って、冒険者以外の仕事も普通にある」

「だったら、そっちを選べばいいじゃねえか……」

「なんでよりによって、冒険者になんかなりたがるんだよ……」

「それじゃ……俺たちが戦ってきた意味がない……」

「それじゃ……死んでいった仲間たちに、申し訳が立たねえ……」


「ケンイチ……」


 俺の横では、タカアキが肩を落としながら、俺を見ていた。

 タカアキ自身は、まるで「ジャンル変更」がなかったかのような人生を歩んできた。

 でもタカアキは、そのことにずっと申し訳なさを感じている。

 死んでいった同級生たちに対して、罪悪感を抱き続けている。

 ロクに顧問料を払わない俺のことを、いまも見捨てないでいてくれるのは、その負い目があるからだ。

 そんなタカアキには、俺の言葉の重みが、痛いほどわかるはずだった。


 そんな俺たちを尻目に、オバサンが神妙な様子で、アカリと会話し始める。

「……アカリちゃん?」

「はい」

「さっきは、アカリちゃんが力尽くで追い出されようとしていたから、オバサンはそれをやめさせて、話し合いの場を設けたわ……それと、ケンイチちゃんが大人の建前を言い続けるだけになってもいけないから、ちょっと挑発もしてみた。オバサンの目論見にまんまとハマって、ケンイチちゃんは大人の殻を脱ぎ捨てて、本音を全部話してくれたわね」


 オバサン、セリフの最後で、にっこりと笑う。

 それを見て、俺の横でタカアキが「さ、策士にもほどがあるだろ……」と戦慄していた……俺も同感だ……全部言わされていたとか……。

 それはともかく、オバサンはアカリに向かって続けた。


「……でもね、アカリちゃんにオバサンがしてあげられるのは、ここまでなの。ここから先は、あなた自身の言葉で、このおっさんの心を動かさなくてはダメよ」

「私の……言葉で……?」

「遠慮することはないわ。思いっきり、言いたいことを言ってご覧なさい……泣いて土下座するよりも、その方がずっと伝わるはずよ」

「……はい。わかりました」


 話し終わると、アカリは真っ直ぐに俺の目を見据えてきた。オバサンが味方についてくれたのがよほど心強かったのか、さっきまでの泣いて駄々をこねていたアカリとは別人のような、しっかりした顔つきだった。


「立ってください」

「……は?」

「私、人に正座させるような身分じゃないので」

「……」


 俺は黙って立ち上がり、タカアキもそれにならった。

 当然、俺の方がアカリよりずっと背が高い。アカリは俺を見上げるような格好になる。

 だがアカリは、もはや全く怯む様子がなかった。


「……結論から言います」

 アカリは言った。

「ケンイチさんは……完全に間違っていると思います」


「……は?」


「ジャンル崩壊」以降の十二年に渡る自分の人生を、十五歳の小娘に全否定された俺は、完全に頭にきていた。

 もしそばでオバサンが見張っていなかったら、頬の一つも引っぱたいていたかもしれない。

 俺はそんな自分を自制しつつ、眼光鋭くアカリをにらみつけた。


 だがアカリは、やはり怯まなかった。

 堂々と正面から、俺に挑みかかってくるかのようだった。

 そして、アカリは言った。


「確かに、いまの私たちがあるのは、ケンイチさんたちの世代のおかげです……皆さんは、私なんかじゃ想像もつかないようなひどい苦しみを味わって、犠牲になってきたんだと思います」

「でも……だからって、私たちの世代がすることを、縛る権利はないですよね?」

「冒険者に夢見て、何が悪いんですか?」

「一攫千金を狙うことって、そんなにおかしいですか?」

「自分の才能を生かせるのはここだって信じて、その世界に飛び込んでいくことを、止める権利があるんですか?」

「……死ぬかもしれないってことはわかってるし、覚悟だってできてるつもりです」

「両親だって、それをわかった上で、私の夢を応援してくれてます」

「……ケンイチさんが、私のことを心配して止めてくれているのは、とてもよくわかりました」

「でも私は……心配されたからって、はいわかりましたって、簡単に諦めたくないんです」

「そんな風に前のめりになる私の気持ちを、上手く言い表せる言葉が見つからないんですけど……たとえて言うなら」


「私は、皆さんが作ってくれた道の上を、スーパーカーで走り回りたいんです」


「……」

 周囲に、沈黙のとばりが降りた。




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