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11 ◇中卒は泣いて土下座する◇

 きっとそれは、これまで数多くの別れを繰り返してきたケンイチさんの、心の底からの言葉だったのだろう。


 ……けど、私だって、そんな簡単に「はいわかりました」と言って諦めるわけにはいかなかった。


「で、でも!」私は食い下がった。「私は特別なんです! 私には、特別な才能がある! 私のユニークスキルは――」


「ユニークスキルなんか関係ねえ!」


 ケンイチさんは私を遮って言った。


「そう言って強力なユニークスキルに頼り切って、振り回されて、油断して死んでいったやつらが山ほどいた……お前もどうせ、そいつらと同じだ」


「違います! だって私は――」


「違わねえ!」


「なんで決めつけるんですか! 最後まで聞いてくださいよ!」


「聞く必要もねえ! お前は不採用だ! とっとと帰れ!」


「そんな……そんな……」


 いつの間にか……たぶん、言い合いの途中の、どこかからだったと思うのだけど……私は泣いていた。


 悔しくて、悲しくて……涙が止まらなかった。


「私……私、ここも断られたら、一体どこに行けば……」


「……泣いたってダメだ」


 ケンイチさんは立ち上がって、私に背を向けるように、タカアキさんに向き直った。


「タカアキ、悪いが送ってやってくれ」


「ケンイチ……」


「まさかお前まで、こいつを雇えなんて言わないよな?」


「……いや。今回に限っては、お前が正しいと思った。いまの話を聞いて」


「そんな……」


 味方なってくれる人が、一人もいない……

 私は絶望して、目の前が真っ暗になるような気持ちを味わった。


 このまま就職先が見つからなくて、両親に全てを打ち明けたら……二人とも、どれだけ悲しむことだろう。


 きっと、お父さんもお母さんも「自分たちのせいだ」と言って、自分を責めるに違いない。


 そうなったら……きっともう、いままでの家族ではなくなってしまう。


 悲しみと不幸が、後悔と罪の意識が、少しずつ少しずつ、私たち家族の間に、黒くて冷たい水のように染み込んできて。


 いつか、全てが死んだように冷たくなって、動かなくなってしまうだろう。


 それだけは……それだけは嫌だった。


 働きたい。

 内定が欲しい。


 学歴なんかなくたって……働いて、毎月お給料をもらって帰ってくれば、きっとお父さんとお母さんは安心してくれる。


 だから……だから私は……

 どうしても……どうしても……


 働かなきゃ……

 内定を……取らなきゃ……いけないんだ……


「……お前、何してる!」


「シ、シラヌイさん! やめるんだ!」


 ケンイチさんとタカアキさんが止めるのも聞かず、気がつくと私は、ソファから崩れ落ちるようにして、床に膝と手を突いていた。


 そして、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を、床にこすりつけて、懇願した。


「おねがいじまず……わだじを……わだじをごごではだらかぜでぐだざひ……


 なんでもじまず……にもづもぢでも……らいぎゃぐおうだいでも……なんでも……


 だがら……だがら……


 わだじをごごで……はだらかぜで……ぐだざひ……


 おねがいじまず……おねがいじまず……


 おねがいじまず……」




 ……けど、ケンイチさんは、


「っざっけんな! みっともないマネしてんじゃねえ!」


 と言って、私の腕を掴んで立たせようとした。


 私はそれに抵抗して、ケンイチさんの腕にすがりつくようにして、懇願を続けた。頭を下げ続けた。


「おねがいでず……がならず……がならずおやくにだっでみぜまずがら……」


「それ以前の問題だ! こんなことするようなやつを採用できるか! 立て!」


「ひっく……ひっく……おねがいじまず……おねがいじまず……」


「立てっつってんだよ、オラ!」


 ああ、もうダメだ、と私は思った。

 身体に力が入らなくなってきた。


 このまま私は強制連行されて、車に乗せられて、家まで帰されて……


 両親から『何があったの?』って聞かれて……

 それで、全てが終わってしまうんだ……。


 私の人生は……もう……終わりだ……。


 ……そう思った、その時だった。


「おやめなさいっ!」


 急に伸ばされた一本の腕が、ケンイチさんの腕を掴んで制止させる。


「なっ……」


「ひっく……ひっく……」


 何が起きたのかわからず、動きを止めた私たちの目の前で……その人は、ソファからムクリと起き上がって、こう言った。


「ケンイチちゃん。こんな女の子相手に手荒なマネをして、恥ずかしくないの!?」


「……」


 ケンイチさんは、どこかふて腐れた様子だったが、反論せずに黙り込んで、目をそらした。


 そして、そのオバサン……スイドウバシ・ミナモさんは、ケンイチさんの腕を掴んだ右手を離さないまま、左手だけを泣きじゃくる私の方に向けて……「グッ!」と親指を立てて見せた。


「話は全て聞かせてもらったわ……アカリちゃんだったわね! 後はこのオバサンに、全部任せておきなさい!」

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