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10 ◇中卒はおっさんと対決する◇

「焦った……マジで焦った……スキル使って殺しちゃったのかと思った……」


「もう、何言ってるんですか~。そんなことするわけないでしょう?」


「お前ならやりかねないと思ったんだよ!」


「ええっ? どうしてですか?」


「どうしてってお前な……」


「おいケンイチ」


 タカアキさんが私とケンイチさんの会話に割り込んでくる。


「そんなこと言ってる場合じゃないぞ……とりあえず、スイドウバシさんが目覚めたらどうする?」


 水道橋スイドウバシ水面ミナモさん……あの大家のオバサンの名前らしい……はいま、事務所のソファに寝かせられていた。


 気絶してるだけで外傷は大したことないので、すぐ目覚めるだろう、ということらしい。


 タカアキさんは、ミナモさんの枕元に立っていて、私はその向かいのソファに座っている。


 ケンイチさんは、行儀の悪いことに、所長デスクの上に座っていた。


「おう……」


 と、ケンイチさんは重々しくうなずく。


「とりあえず、最も憂慮すべき事態は……警察に通報しないことを条件に、立ち退きを迫られることだよな」


「おおおおお前は自分のことしか考えてないのか……!?」


 タカアキさんは驚愕していた。


「スイドウバシさんはお前の恩人だろう!? そんな人が頭を打ったんだぞ! 脳内出血でも起こしてたらどうする!?」


「えっ!?」


 タカアキさんの言ったことに、私は思わず声を上げて驚く。


「そんなことってあるんですか? 床に頭を打ったぐらいで……」


「あのね、シラヌイさん……」


 タカアキさんは呆れ顔で言った。


「漫画じゃないんだから……現実でこういうことがあったら、頭を打った人には病院で検査を受けてもらう。


 いや、本来はすぐに救急車を呼ぶべきだろうな。


 今回は大人の事情で少し様子を見てるけど、しばらく目覚めなかったら、俺たちも救急車を呼ぶ。


 そして今回の場合、検査や治療にかかったお金は、俺たち側の誰かが払う。それが社会人の常識ってものだよ」


「そ、そうなんだ……」


「へえ、そういうもんか……」


「……シラヌイさんはまだ子供だから、わかってなくてもいいとして。


 ケンイチ。なんでお前が感心してるんだ!? お前それでも社会人か!?」


「……ったく。お前と違って、俺にとっての社会ってのは、ポータルの向こうの異世界のことで、俺にとっての仕事ってのは、モンスターと切った張ったすることなんだよ」


 ケンイチさんは肩をすくめながら言った。


「背広を着て仕事してる連中の常識なんか、知るもんか」


「そういう話でもないと思うがな……ねえ、シラヌイさん」


「はい?」


「本当に、こんなやつの下で働きたいの?」


「おいタカアキ。誰か雇えって言ったのはお前だろ?」


「私は……」


「無視すんな!」


 ケンイチさんを無視して、私は言った。


「選ぶ余裕なんか、ないので……雇ってくれるなら、働くつもりです」


「……何か、わけがありそうだね」

 と、タカアキさんは言った。

「良かったら、聞かせてもらえるかな」


 私は話した。


 学費が払えなくなって、高校の合格を取り消され、中卒になってしまったこと。


 来月から借金の返済が始まるので、働いて返していかなければならないこと。


「ひどいな……」


 タカアキさんは、声を震わせて怒ってくれた。


「俺たちの世代じゃ、考えられなかったような話だ……


『ジャンル変更』後の混乱で色々な制度が急に変わったせいで、たくさんの悲劇が生まれたっていうけど……これはその中でも特にひどい」


「タカアキさん……」


 私は、タカアキさんがまるで自分のことのように怒ってくれているのを見て、ちょっと嬉しくなる。


「ケッ!」

 ところが、だ。

「くっだらねえな……くっだらねえよ」


「ケンイチ」

 と、タカアキさんがたしなめようとする。

「今度は何を言い出すんだ!」


「だってくだらねえじゃねえかよ!」


 苛立たしげにそう言って立ち上がったケンイチさんは、私の目の前、ガラステーブルの上に、大きな音を立てて腰を下ろした。威圧的な態度。


「よせ、ケンイチ!」

 タカアキさんが言う。

「女の子相手に、何を熱くなってるんだ!」


 だけど、私は高い位置から見下ろしてくるケンイチさんのことを、キッと精一杯の強い目つきで見返していた。


「くだらないって……どういう意味ですか?」


「何が中卒だ……何が借金だよ……」


 ケンイチさんは言った。


「お前はまだ、生きてるじゃねえか!」


「……え?」


 その意外な一言に、思わず私はキョトンとなってしまう。

 ケンイチさんは、続けてこう言った。


「毎年、大勢の冒険者が異世界で命を落とす……お前は、もっと命を大事にしろ。


 冒険者以外にも、仕事はたくさんあるだろ。


 もっと安全な仕事で、コツコツ金を稼いで、細く長く親孝行すればいいじゃねえか。


 冒険者になって、一攫千金狙うのが親孝行? ざっけんな! 


 娘が命がけで戦ってて、喜ぶ親御さんなんか、いるわけねえだろ!


 俺が言うのも、おかしいけどよ……


 こんな最低の事務所に来て、理不尽なおっさんの命令をハイハイ聞いたりして……そこまでして、冒険者にしがみつくことねえだろ。


 いまのお前は、急に中卒になって、急に働かなきゃならなくなって、焦ってヤケを起こしてるようにしか見えねえ。


 もっと冷静になって、考え直せ。


 ……冒険者なんかに、なるな」


「……」


 それまでちゃらんぽらんだったケンイチさんの、急転直下のマジ説教。


 ……でも、ケンイチさんが真剣に言っていることが、すごく伝わってきて。


 私は、黙り込んでしまう。

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※この作品には時々、税金・法律などの話が出てきますが、実際の税務・法務等の参考には絶対にしないでください。作中の記述を参考にして損失をこうむった場合でも、作者は責任を取れません。税務・法務などの問題は、専門家に相談してください※
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