Another story ~既に子持ちの私は「君とは結婚できない」とか言ってきた男を黙らせたい~
「ごめん、マリナ。俺はお前とは結婚することはできない。だから――」
私の目の前に立つ男は何かを喋っているけれど、それに比例して私の両拳に入る力はグングンと増していくのが分かる。
そもそもだ。
私の婚約者でも無いコイツは、いったい何を言っているのだ⁉︎
コイツは十数年前にも一度、私に告白してきている。
そして綺麗スッパリと断ったはずなのだ。
その後も何度か告白っぽいことをしてきたけれど、もちろんNO‼︎
それに私がお前と結婚なんてするワケが無いでしょう!
だって私には大事な息子も娘もいるし、もうあんな思いをするのは嫌よ!
婚約破棄モノなんて小説かドラマの中だけでいい。
ざまぁ?
そんなの鼻で笑っちゃうレベルなのだ。
……ヤバい。
もう両手の震えが収まりそうにないや。
取り敢えず私は、言い切って満足げな表情を浮かべているこの男を黙らせることにした。
◆◆◇◇
(1ヶ月ほど前、カナデside)
「ねぇ。カナデおじさんって、僕のパパじゃないの?」
「パパー!?」
母親そっくりの茶髪をした幼馴染の息子くんが、特大の爆弾を落とした。
――それもスーパーの特売コーナーに。
「ハヤト! アンタ急に何を言ってんのよ!」
1個15円の玉ねぎに目の色を変えていたおばちゃん達が、まるでフクロウの様にグルりと首を回転させて一斉にコチラを見た。
その光景は三十路に近い俺でもチビるかと思うほど怖い。
長女のミクちゃんは、楽しそうに拍手をしているけれど。
「は、ハヤト君、ミクちゃん。夕飯の後にアイスでも食べる? ほら、キミ達好きだったでしょ?」
「もう寒いから要らない。……おじさんもそうやって誤魔化すの?」
「すのー?」
――ペシン。
母親であるマリナが、ハヤト君の頭を平手で叩いた。
「……痛い」
「ハヤトがバカなこと言ってるからでしょ。そんなこと何処で覚えてくるのよ」
「……ママが録画してる月9ドラマだけど」
能面のような表情になった俺とマリナは目線が合うと、お互いに無言で頷いた。
「おっ、見ろよ! 今日は牛肉が安いみたいだぞ?」
「ホント⁉︎ やったわよ、今夜は豚バラから牛コマのカレーにグレードアップだわ!」
大人2人の見事な連携プレーで、ミクちゃんが乗った買い物カートと共に話題を移動させた。
――ふぅ。迂闊に子どもの前で恋愛ドラマなんて観れないな。
ちなみに、俺達の息がピッタリなのも当然だ。
何しろ、15年近い付き合いなのだから。
……付き合いとは言っても、友達として。
それどころか中学時代の俺は、マリナに告白して盛大に振られている。
まぁ、俺の大事な初恋だ。
恋人関係にこそならなかったが、同じクラスや部活だったし、中学を卒業して高校が別になっても、家が近所なので何だかんだとこうした家族ぐるみの付き合いが続いている。
「パパ、かぁ……」
これでもマリナに振られてから自分なりに男磨きを頑張ったお陰で、女性と付き合うこともできた。
それでも結婚には至ることはできず、マリナとの関係も友人関係のままなんだが。
「結婚願望がないわけじゃ無いんだけどなぁ」
だけどマリナの頭の中には、結婚の『ケ』の字も無いだろう。
既に2回の離婚を経験して、もう懲りたと言っていたし。
そもそも、彼女は育った家庭環境がかなり複雑だ。
宝物を見つけたかのようにキャッキャと楽しそうに牛肉を選ぶ親子を、俺は過去を思い出しながら眺めていた。
◆◆◇◇
(スーパー爆発事件から10年ほど前)
私の今の名前は伊森茉莉奈。
20歳で2児の母だ。
……シングルマザーのね。
高校2年生の時にバイト先の社員と結婚して、長男を産んだ。
まぁ結局1年もしないうちにアッサリ別れたんだけどね。
今考えてみると、彼は女子高校生と付き合っているって事実が欲しかっただけなんだと思う。
――カチッ。カチッ。
タバコを吸う男が好きで、よく隣で元旦那のライターをこうやって触ってたっけ。
未だに私は、彼が置いていったライターをイジる癖だけは止められない。
タバコの代わりに、透明な色の息をふぅ、と一つ吐いた。
再び独り身となった私は、生活のために仕事を始めた。
……ははは。結局私は、なんにも懲りてなかったんだろうね。
そこで仲良くなった男と交際、また結婚。
そして今度は長女を出産。
優しい彼だったよ?
でも、優しいだけ。
口では優しい言葉を吐くけれど、お金を稼いでくるのは私だけなんだよ。
もう、笑っちゃうよね。
職場の女に手を出して居づらくなったのかなぁ?
黙って仕事を辞めちゃってさ、家で子どもとゴロゴロするだけになったのよ。
最初はそれでも良かった。
だって私がお金を稼ぎさえすれば、家には家族が居るんだもん。
私って元々の家庭が母子家庭だったしさぁ。
とは言ってもパパとは偶に会ってはいたし、ママが居たからそれほど寂しくはなかったけど。
……でも普通の家族っていうのに凄く憧れたんだ。
だから、私が頑張れば家族が手に入る。
――そう、思ってたんだけどなぁ。
結局、彼は暇を持て余していたんだろうね。
あの人、私が仕事で不在の間に家のお金を持ち出してギャンブルにハマっちゃった。
連日ケンカになって、優しかった彼は変わった。
いっつも不機嫌だし、家事もしなくなった。
で、私。気付いちゃったんだよね。
『この人、本当に私の家族なの?』って。
ただの居候にしか見えなくなっちゃった私は、この人を追い出した。
……でも、それじゃ甘かったんだろうなぁ。
あの人はいつの間にか作っていたスペアキーで家に侵入して、ウチのお金を盗んでいった。
もちろん、その後は警察を呼んで処理してもらったけど、私に残ったのはボロボロの家具とココロ、それと泣き喚くあの子達。
早々に捕まったアイツとはさっさと離婚したよ。
もう居候どころかただの犯罪者。
私の大事な家族の敵だもん。
――カチッ。カチッ。
私がここ数年に起こった出来事を要約して話し終えると、無言になったリビングにライターの音が響く。
久々に会った目の前の幼馴染の男は、私の予想通りに俯いている。
コイツもコイツで大概だよなぁ……
こんな面倒臭い女と、未だにこうして友人関係を続けているのだから。
まぁ、コイツが今考えていることも分かっちゃう私も私か。
どうせこの男は「自分がこの人にできることはないか!?」なんて甘っちょろいことを考えているのだ。
その証拠に、考えたり悩んだりする時に指をトントンする癖が出ている。
そして「でも成人になったばかりの大学生だし、子ども2人を養う甲斐性も無いから2人目の男と同じになってしまう」とでも思っているのだろう。
「伊……ま、マリナは今、不自由とかしてるのか?」
「ふふふっ」
マズい。思わず場違いな笑いが出てしまった。
だって「コロコロ苗字が変わるから名前で呼んで」って言ったら、もの凄く恥ずかしがるんだもん。
真っ赤な顔をしたカナデが私の方を向く。
「どうしたんだよ。人が真剣に考えてるっていうのに」
まったく、相変わらずヘタレなんだからこの幼馴染は。
ちょっとぐらい男らしく……なくてもいっか、カナデは。
中学時代に告白してきた時に比べたら、とってもカッコ良くなったよ。
……それこそ、私なんかにはもったいないくらいにね。
まだ素直に美味しいとも思えない缶ビールを2人のコップに継ぎ足すと、私は乾いた喉をチビりと潤した。
「ううっ、やっぱり苦いなぁ……」
「……たしかに。大人の味なんて、俺らにゃまだ分かんねーな」
少ししんみりとなってしまった場の空気を変えようと、話題をビールにする私達。
無駄にこういう思考は似ているんだよね。
子ども達に買っておいたはずのポテトチップスをパリポリとツマミにしながら、大人になりきれない二人の夜は静かに更けていった。
◆◆◇◇
(そして現在、再びカナデside)
「えっ? ハヤト君が居なくなった?」
スーパーの爆弾事件があった1ヶ月ほど経った後。
家でテレビを見ながら夕飯を食べていると、マリナからそんな連絡があった。
年齢の割に聡明なハヤト君が、家出するなんてことは想像ができない。
そもそも、彼はまだ小学6年生だ。
「てっきり友達と遊びに行ったと思ってたんだけど、こんな時間になっても帰って来なくて……!」
電話越しでも分かるくらいに動揺しているマリナ。
いつもは気丈に明るく振る舞っている彼女が、こんなに取り乱すのは珍しい。
「分かった。ミクちゃんは俺のオカンに任せろ。一旦ウチに来たら、一緒に近所を探すぞ」
「ぐすっ……う、分かった。すぐ行く!」
俺が母親に簡単に事情を説明している間に、マリナはミクちゃんを連れて我が家にやって来た。
「カナデ、ごめん……」
「気にすんな。それより、ハヤト君が行きそうな所を探したり、友達の家と連絡取ったりとかはしたか?」
俺の問いに対して、マリナは止まらない涙を上着の袖で拭いながらコクリと頷いた。
「いつも遊んでくれてる子達の家には電話したの。でも今日は遊びに行ってないって」
「それじゃあ、一人で行きそうな場所は……?」
今度はフルフル、と首を振るマリナ。
小学生の足じゃ自転車を使ってもそんなに移動距離は無いだろう。
それこそ行くとすればウチに遊びに来るか、近くの公園ぐらいしか想像ができない。
しかし、時は既に日没後。外はもう真っ暗だ。
「9時まで探して見つからなかったら警察に頼るぞ」
「……分かった」
絶対に見つけると覚悟を決めたマリナは母親の顔になる。
俺たちはハヤト君が行きそうな場所を虱潰しに探し回った。
「……居ないな」
「ううっ、ハヤトぉ……!」
「ほら、泣いてる暇があったら次だ。どこか他に考えられる場所はないか?」
「他……そ、そうだ! 清覧川の土手!!」
――毎年、夏に花火大会をやっているあの場所か!
あまり行くことはないが、確かに自転車で行ける範囲だ。
「よし、早速向かうぞ……!」
「う、うん!」
俺が運転するバイクの後ろにマリナを乗せて、すっかり冷え切った夜空の下を走る。
十数分後。
俺たちは花火大会で出店が立ち並ぶ川の土手に到着した。
川面は街灯と星々の光をキラキラと反射していて、ちょっと幻想的だ。
もちろんこんな季節では人通りも少なく、夏に比べたら寂しい光景だけれど。
「思ったより暗いな……」
ヘルメットを外すと、眼前に白い息がフワっと昇った。
川を渡る陸橋の上を通勤電車が音を立てて通る。
こんな状況じゃなきゃココでデートでもしたいんだがな。
――おっと、こうしている場合じゃない。
ハヤト君を今度こそ見つけ出さないと。
2人で手分けして、土手沿いから川の周辺を駆け回る。
彼が暗い川の中に落ちていないことを、心から祈りながら。
「ん? お、おい。アレって……!!」
「は、ハヤト!!」
警察へ連絡するまでのタイムリミットが差し迫った頃、陸橋の下のスペースで蹲っているハヤト君を見つけた。
母親であるマリナは疲れ果てた身体を忘れ、我が子の元へ走り出す。
「ハヤト! ハヤトぉ‼︎」
「ママ……?」
マリナの声に気付いたハヤト君が顔を上げた。
その顔はいつもの明るい彼の表情は微塵もなく、暗闇の中でも泣いていたことが分かる。
「大丈夫!? ケガしてない? こんな冷たくなって!」
再会を果たした親子は抱き合い、身体をペタペタと触って無事を確かめる。
「大丈夫、だよ、ママ」
「良かった……良かったぁあ!!」
――急に居なくなった怒りよりも無事を喜ぶ当たり、彼女らしいよなぁ。
とはいえ。
俺もハヤト君が無事で本当に良かったと思うが、なぜ彼が黙って居なくなったのかが疑問である。
「ハヤト君……もしかして学校で何かあったのかい?」
――ビクッ!
マリナの体温で赤ん坊の様に安心しきっていた幼子は、突然の問いに身体を再び凍り付かせてしまう。
「別に怒るわけじゃ無い。ただ、俺も君のお母さんも心配なだけなんだ」
「……ごめんなさい」
「いつも明るくて優しい君が、こんなことを……何かあったのかと思うのは、当然だろう?」
口をへの字にしているハヤト君。
これでも彼が生まれた時から見てきたのだ。
父親ってワケじゃないが、何を考え、何を耐えているのかぐらいは察しが付く。
「ハヤト……まさか」
「ううん、イジメられてるとかじゃないよ。ただ、ドラマの話題をしてた時に……」
「「ドラマ?」」
「クリスマスを家族で過ごすか、恋人と過ごすかって話になって。それで、僕って恋人は居るけどパパは居ないから……」
「「こっ、恋人ッ!?」」
言いにくそうに事の顛末を話すハヤト君。
要約すると、ハヤト君に嫉妬した男友達が母親のことをネタに揶揄ってきたらしい。
「アイツ、僕がチャラいのはママに似たからだって。ママにはパパが何人も居たから……」
「よし。そいつの所へお話し合いに行こうか。大丈夫、友達ならすぐにできるから」
第一、ハヤト君は俺と違って小学生の今でもカッコいいし、性格も気遣いが出来るイケメンだからモテるのだ。
俺がこの子の爪の垢を煎じて飲みたいぐらいに。
「やめて! アイツだって普段はイイ奴なんだ。ただ最近好きな子に振られちゃっただけで……」
マジで? 最近の小学生ってすごいんだなぁ。
自分が小学生の頃なんてゲームと漫画漬けだったぞ?
「本当に大丈夫なの? ハヤト、いつもそうやって溜め込むじゃない」
「大丈夫。ちょっと一人で考えたかっただけだから。ホラ、ここって考え事するのにピッタリだったし」
――本当にこの子は小学生なの?
俺なんて仕事で嫌なことあったら、キンキンに冷やしたビール飲みながら好きなアニメ観てるんですけど?
「とにかく、このままじゃ風邪ひくぞ。早く帰ろう」
家でミクちゃんも待っていることだし、こんな冷え切った場所とはオサラバしたい。
バイクを転がしながら、1人増えた帰り道を急ぐ。
「ただいま」
「まぁー!」
「はい、お帰りなさい」
何だかんだとあったが、無事に伊森家に帰ってきた。
随分と遅い時間になってしまったが、ミクちゃんだけは元気いっぱいだ。
子ども達は先にお風呂に入れて、夕飯を大人達で準備する。
「しっかし良かったな、マリナ。ハヤト君が無事に見つかって」
「……本当にありがとう、カナデ。貴方は我が家の恩人だわ」
彼女は心の底から出た思いを言葉にしてそう返してくれる。
コイツはいつも正直なのだ。
……良い意味でも、悪い意味でも。
だけど、俺がそこに惹かれたのは間違いない。
そして俺は先日のスーパーの一件からずっと考えていた想いがある。
――マリナに伝えるのなら、今が良いのかもしれない。
「マリナ」
「なぁに? どうしたの?」
ハンバーグに使う玉ねぎをみじん切りにしていた彼女がコテン、と首をかしげた。
今日は走り回ったせいか、すぐ隣に立つ彼女の匂いが鼻孔をくすぐる。
何度目かも分からない胸の高鳴りを抑えつつ、俺は言葉を続けた。
「マリナとは今のハヤト君ぐらいからの付き合いだよな」
「え? えぇ、そうね」
右手で握る包丁の動きが止まる。
「告白もした」
「振っちゃったけどね」
2人して苦笑い。
「あれから俺達もいろいろあった」
「うん、あったね」
表情が更に苦くなった。
「この前のハヤト君が買い物中に言ってたこと。あれからずっと考えてた」
「うん……? うん」
あぁ、どんな表情も可愛い。
「こうして2人で台所に立ってると、ちょっと夫婦っぽいよな?」
「なによ、急に。まさかアンタ……」
俺はマリナの方を向いて決意を決める。
「ごめん、マリナ。俺はお前とは結婚することはできない。だからハヤト君のパパにはなれない」
予想外だったのだろう。思わず目を見開くマリナ。
でも俺は話を続ける。
「だけど。夫婦にならなくたって、今みたいに隣に居れる」
「俺はお前のことが好きだ。30歳までの半生をこうやって過ごしてきたみたいに、今度は60歳まで。関係はこのままで大丈夫だから、俺と一緒に居てくれないか?」
よし。言ってやった……けど、目の前の彼女は両手を強く握りしめて小刻みに震えている。
「ま、マリナ……さん?」
「ばか! バカバカバカ!!」
「ちょ、えっ?」
「そんなの! 男と長続きしない私が! 望んで良いワケがないでしょ!」
彼女は怒りに滲んだ声色で怒る。
「バカはそっちだろ? だいたいお前、元夫含めて俺以上に長い付き合いの男が居るか?」
「あっ……」
ハッとしたような表情を浮かべるマリナ。
下手したらコイツのパパより一緒にいる時間は長いんだぞ?
「まったく。15年なんてあっという間だったんだ。俺たちがジジババになるまでなんて、きっとすぐさ。だから気楽にこうやってバカ話して、親友として一緒にハヤト君たちの成長を楽しもうよ」
……あ~ぁ。また涙が誰かさんの頬を濡らしちゃった。
だけど。あぁ、やっぱり笑顔が一番可愛くて綺麗だ。
彼女は肩書きや重圧から解放されたかのようにフワリ、と翔んで――
俺たちのココロとカラダの距離はゼロになる。
そんな2人に、言葉はもうこれ以上要らなかった。
お読みいただき、ありがとうございました。
実は実話が元ネタです。
ここまでドラマティックではありませんが、親友として程良い距離感を持った二人の物語。
結婚や恋人という肩書きに囚われなくても、こういった愛のカタチもあるよ、ということをお伝えしたくて書き出しました。
奇しくも11/22、良い夫婦の日の前日に投稿することが出来ました。
皆さんにも色んな愛のカタチ、あるかもしれませんね。
もし面白かった、という方が居りましたら、↓にある星⭐︎評価やブクマ、感想などを頂けましたら幸いです。