サロンギアの村
「ああ、素晴らしいモノを見せて貰った……。シュっとなって、こう、バっとなって……。ミアの話もそう大袈裟なことではなかったのだな」
ケルベロスの死骸を軽々抱えたルビィは、興奮した様子で先ほどの戦闘を振り返っている。
サロンギアの村民は口語に擬音が多いのか、はたまた凛の動きを口頭で説明するには擬音なしでは難しいのか。
ルビィは自分でもぴょんぴょんとスキップをしては、口角を吊り上げ「うひひ……」と奇妙な音で笑いを漏らしていた。
「こんな細身な身体で、あれほどの瞬発力があるとは……。視界に入られるまで、全く気配を感じなかった。そして何より、一撃でケルベロスの急所を突く暗殺術」
傷がないことを不審がられると困るので、ルビィが木から降りている隙に、手持ちの小型ナイフで胸の辺りに切り傷を付けておいたのだ。
生憎業物ではなかったため、大した傷を付けることは出来なかったが。
「しかも小さな傷を一閃のみ。無駄な攻撃は一切せず、最低限の力だけで獲物の生命を奪う。……く、あぁっ。身体がゾクゾクするぞ!」
大袈裟ではなく全身を痙攣させ、涎を垂らして悶えるルビィ。
先ほど凛は彼女を“強い者好き”と称したが、訂正したほうがいいかもしれない。
戦闘狂。もしくは強者狂いと言った方が的確だろう。
「見苦しいところを見せてしまって申し訳ない。……しかし、あぁっ、ちょっと待っていてくれないか。もう少しだけ、もう少しだけこの衝動に浸らせてくれ!」
木立に抱き付き、絶叫しながらジタバタするルビィ。
変な娘と関わってしまったことに、少しだけ後悔の念が頭を過るが。
実害を及ぼす娘ではなさそうなので、生暖かい目で見守っておく。
ルビィの身悶えタイムを何度か挟みつつ、凛はとうとうサロンギアの村にたどり着いた。
森を切り開いて作られたその集落は、周りを削った木立で囲み、バリケードにしている。
侵入者を防ぐための壁というよりか、動物除けといった感じだ。一応見張り台も設置してあるようで、高台には人影が見え隠れしていた。
建物はほとんどが木製で、いかにも森の住人といった様相だ。
ルビィと同じようなビキニアーマーの女性と、槍兵たちのような麻っぽい生地の服に身を包んだ男性が、その周辺を警邏している。
ルビィが例のハンドサインを見せると、槍兵たちが同じようなアクションを返してくれた。
「俺が言うことでもないですけど、随分と軽装な方が多いですね」
「この辺は危険な魔物も生息していないし、領地争いも――数百年近く起きていないらしいからな。そこまで徹底して備える必要はないのだ」
「比較的安全な地帯なんですね」
「ケルベロスとかデス・ワームさえ防げれば、生活に支障が出ることはない」
ルビィは心なしかガッカリした様子だ。
顔に「戦いたい」と書いてある。
「リン殿のことを村民たちに話しておくよう、ダイとハルドに命じてある。とりあえず、暫くはこの村でゆっくりしていくといい」
凛の臭いを覚えたケルベロスを打倒し終えるまで、村で匿ってくれるということらしい。
「そこまでしてもらわなくても、俺は平気ですよ」
「いや、ダメだ。リン殿の技量は私も知っているが、寝込みを襲われればそうもいかないだろう。悪いことは言わないから、安全を確認できるまで、ここにいてほしい」
凛の身を案ずるような言い草だが、半分以上はきっと、ルビィの個人的な願いだろう。
さっきからやけに息が荒い。興奮した様子で、凛のことを眺めている。
「そ、それに、先ほどのヒットアンドアウェイ。私は非常に興味がある。是非狩猟隊の皆にも、あの技を見せていただきたいし――いや、勿論そう簡単に会得できる技術とは思わないが、それでもやはり知っておくことに越したことはないというか」
つまり村に置いておく代わりに、凛の戦闘技術を、教授してもらおうという魂胆らしい。
「教えられることなんて、何もありませんよ」
「リン殿のお手を煩わせることはない。ただちょっと見せて貰えれば、才能のある奴はコツを掴むことが出来るだろう」
凛の周りをくるくる回りながら、必死に凛を口説き落とそうとする。
凛が普通の旅人であったのなら、危険が去るまで村に匿ってもらうという提案は、悪いものではなかったのだろう。
そのついでに極めた技を伝授する。映画なんかでありそうな展開だなと、凛は思った。
「別に村に永住してくれとお願いしているわけではないのだ。ミアやリン殿の臭いを覚えたケルベロスは、きっと早い段階で村に襲撃をかけるはず。7日――いや5日もあれば、件のケルベロスを打倒し終えるだろう。その間だけでいいのだ」
「領地争いもない。危険な魔物も生息していないなら、そこまでして兵力を高める必要もないんじゃありませんか?」
正直言って、あまり「瞬間移動」を他人の前で見せたくない。
ミアのような子供相手なら、いくらでも誤魔化しがきくだろうと思ってやったことだったが。
これほど凛の瞬間移動に興味津々な大人たちの前で見せれば、凛にとって不都合なことが起こる可能性だってある。
「そもそも俺の戦闘技術は独自に習得したものですから、そう簡単に人に教えられるものでもないんです」
『誰でも出来るテレポーテーション』の本も、自宅に置いたままだ。
基礎練習のやり方は全部頭に叩き込んであるが、その場に座って念じるだけという、いかにも胡散臭い訓練方法だ。
当時は夢中で取り組んだが、今だったらきっと鼻で笑って投げ出していただろう。
事実世の中の人々は、半年も経たずに超能力を見限っていた。
凛でさえ習得するのに6年近くかかったのに、5日程度でどうこうなるとは思えない。
せっかく強者として憧れの目で見て貰えているのに、厚意で教えてやったが故に、詐欺師のような扱いをされるのは面白くない。
「で、では……教えてくれなくてもいいから、村にいてくれないか。ケルベロスを始末するまでの、5日だけでいいから」
何故ここまで執着するのだろう。
村に滞在するくらいなら、悪い提案ではないし、無下に断ることもないが。
「確かにルビィさんの仰る通りかもしれません。……とりあえず、安全が確認できるまでは、村にいさせてもらいます」
「そ、そうか! よしではまず、村長のもとへ挨拶にいかなければ。リン殿の武勇伝を、懇切丁寧に説明しなければならないからな!」
ウキウキした様子で、凛の手を取りスキップするルビィ。
まあ村に滞在するだけなら、問題は生じないだろう。




