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スキル「瞬間移動」を極めたら、自力で異世界に転移してた  作者: 夜志乃ナナ
第一章 サロンギアの村
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初めての戦闘

 それから凛は、護身用の小型ナイフを片手に、未知なる世界への一歩を踏み出した。


 ウォーミングアップに異世界と自宅とを50回程度行き来してから、探索を始める。


 とはいえ歩き慣れていないため、体力もないし足腰もガクガクだ。


 短距離の瞬間移動を適正な感覚で継続し、歩いているように見せかけて、瞬間移動で移動することにした。


 呼吸するより自然に、瞬間移動を連続できる。

 歩くよりも超能力を使う方が楽になるとは、なんとも肉体に対して冒涜的なことだ。


「……さて、まずはこの森がどこまで続いているのか把握しておかないとな」


 正確な地図であればあるほど、脳内の「テレポートする先への道順」を作る際の、点を打つ場所にズレが出にくくなる。


 人気がなく安全な場所に瞬間移動することを一番に考えると、この森の全容を知っておくことは、後々の生活にも重要な利点となるのだ。


 将来的にこの世界を巡っている際に、何かしらの事件に巻き込まれる可能性も皆無とはいえないだろう。


 いざとなった時に一先ずこの森に逃げ込み、そこから自宅へ帰還すれば、即座に危険を回避することが可能となる。


 非常口の確認は、どこへ行った際にも真っ先にこなすべき重要案件なのだ。




「――ん」


 歩く振りをして森の中を瞬間移動していると、何やらガサガサと物音がした。


 次いで、耳をつんざくような悲鳴。剣呑な雰囲気に、凛は思わず立ち止まった。


「何事だろうか」


 声のした方へ進み、樹木の陰から様子を見る。


 低い唸り声。野犬に似た獣が、姿勢を低くして威嚇行動をしているのが見えた。


 野犬の見据える先では、赤茶色の髪をした少女が、ペッタリとへたり込んでいる。


 悲鳴を上げたのは、この娘で間違いないだろう。


「……動物。いや、これはもしかすると」


 異世界系の創作物でお馴染みの、魔物というやつかもしれない。


 よく見ると野犬たちは1つの胴体に顔が2つ付いている。1匹なら奇形という説も通るが、それが3匹全部となると、そういった種類の獣がいるということで間違いないのではないか。


「誰か……。誰か、助けて……!」


 少女は腰を抜かし、動けなくなっていた。


 年齢は10歳か――もう少し年若いかもしれない。


 元の世界でも、8歳の子供が野犬に食い殺されたというニュースを見たことがある。


 それが3匹ともなれば、一刻を争う状況だろう。

 この世界の獣と人間の力関係がどの程度かは不明だが、少女の反応から推察するに、危険な存在であることは明らかだ。


「とりあえず――」


 助けなきゃ。と思った。


 戦う術はない。だがこっちには、瞬間移動がある。


 やっつけることは出来ないだろうが、獣の注意を惹き、少女を逃がしてあげることはそこまで難しいことではないだろう。


 最悪少女を抱きかかえ、逃げれば良いだけだ。


「大丈夫か! 今助けてやるからな!」


 わざと大声を出して、少女と野犬の間に飛び出した。


 獣たちの意識が、凛に向く。

 思ったよりサイズが大きくて、凛は一瞬だけ狼狽えてしまう。


 だが自分には安全に逃げる術があると思えば、足の震えもすぐに治まった。


「心配するな。俺が助けてやる」

「……は、はいっ!」


 少女はへたり込んだまま、コクコクと頷いてみせる。


 今更だが、どうやら言葉は通じているようだ。

 危うく意味不明な奇声を上げながら飛び出してきた不審者になりかけていたことを理解し、怖気が生じた。


「無鉄砲に柄じゃないことをするのは、控えないとな……」


 近距離の瞬間移動を繰り返し、少しずつ野犬の注意を少女から凛に向けていく。


 赤い瞳をギラつかせ、凛を捉える6つの首。滴る涎が糸を引き、肉食獣特有の鋭い牙が、木漏れ日の下でギュロリと光った。


 先に飛び出したのは、獣の方だった。

 低い姿勢のまま地面を蹴り、凛に向かって突撃する。


 弾丸のようなスピード。迷いのない頭突きはしかし凛を捉えることなく、背後にあった樹木に思いっきり激突していった。


「ギャゥンっ!?」


 真っ直ぐに木の幹へ衝突した野犬は、悲しそうな鳴き声を上げながら、ずるりと崩れ落ちた。


 それを野犬たちの背後から(・・・・)見やり、凛は震える腰をピシャリと叩く。


「あっぶねー……。思ったより瞬発力あるな。下手すれば、やられてた」


 不安なことを零しつつも、凛の表情に焦りはない。

 今まで続けてきた「瞬間移動」がこの程度のことで破られるはずがないと、強固な自信を持っているからだろう。


 とはいえ相手も動物だ。目標を見失った獣たちは戸惑いつつも、すぐに獲物の匂いを嗅ぎつけ、くるりと振り返った。


 戦闘不能になった野犬は1匹。まだ2匹はピンピンしている。


 先ほどの失敗を学習したのか、2匹同時に体当たりをかましてきた。


「瞬間移動!」


 凛は余裕をもって、それを回避。目標を失った野犬たちは双方ぶつかり合って弾けたが、怯むことなく臨戦態勢をとり、凛に向けて威嚇する。


 野犬の突進に合わせて、瞬間移動を繰り返す。

 室内程度の範囲なら、目を瞑ってても楽勝だ。


 時折フェイントで一瞬だけ姿を見せたと思わせ、すぐに木立の後ろに隠れたり、野犬の背中に乗っかってすぐに瞬間移動したり――と、出来る限り野犬を疲弊させることを第一に、凛は瞬間移動を繰り返した。


「…………」


 その間に少女が逃げてくれれば最善だったのだが、奇妙な動きをする凛に興味を示してしまったようで、ぽやっとなった顔で野犬と凛との攻防を凝視していた。


 彼女を逃がすために飛び出したのに、これでは本末転倒である。


「ぐ、ぐがぉ……」


 先ほど木の幹に頭を打ち付けて気絶していた獣も、ふらつきながら立ち上がった。


 このままでは埒が明かないと考えた凛は、先ほどから試してみたかったことに、着手することに決めた。


「……服とかも一緒にテレポートしてるんだから、出来るはずだよな」


 半径1メートル程度の範囲を現れたり消えたりしていた凛は、急に野犬の目の前に瞬間移動してみせた。


 あちこち走り回させられて疲弊した野犬は、濃密な獲物の匂いに、いっそう粘ついた涎を滴らせる。


 目の前に出現した凛に舌なめずりし、駆け出す野犬。

 凛はそれを目視したまま、地面に手を着いた。


「成功してくれよ――瞬間移動!」


 声を上げると同時に、目の前が真っ暗になる。

 眼前に広がったのは、土の壁であった。しかしそれは所詮泥の集まりで、防御用の盾としては頼りない。


 だがそれで良かった。凛は実験の成功を確信し、ニヤリと笑った。


「瞬間移動!」


 安全のために再度野犬たちの背後へテレポートし、凛は野犬たちの行く末を見やった。


 突如出現した土の壁に突っ込んだ野犬は、泥の膜を突き抜け、きゃぅんと辛そうな声を上げる。


 ともあれあの土壁は、ただの目くらまし――本来の目的によって生み出された副産物に過ぎない。


 メインディッシュは、ここからだ。


「ぎゃんっ!」

「ぎゃぶぅんっ!?」


 土壁を突き破った2匹の野犬はそのまま体勢を整えようと地面に脚をつき――ズボッという音とともに姿を消した。


 予定通りの結末に、凛はひゅぅと尻上がりの口笛を吹く。

 2匹の野犬は、即席の「落とし穴」に見事に落下していったようだ。


「地面のすぐ下の土を一気に地上へテレポートさせて、一瞬で落とし穴を作る。――ひゅぅ、成功だ」


 地球の砂漠地帯へ通っていた頃から、いつか試してみたいと思っていたのだが――誰かに迷惑がかかることを危惧して、試すことが出来なかったのだ。


 こうして人の役に立つ状況で試験できたことは、凛にとってとても喜ばしいことだった。


「いやー、それにしてもこんなにうまくいくとはなー。コレを応用すれば、もっと色々なことが出来るようになるかもしれない」


 穴に落ちた野犬は悲痛の声を上げ、辛そうに脚を動かしている。

 死なない深さにはしておいたつもりだが、骨を折ってしまったかもしれない。


「今回は、幼い少女を救うため――って大義名分があったから、出来たけど」


 やはり動物愛護の観点からすれば、こういうことはしないに限る。


 今回は人助けだが、元の世界ではそうもいかない。

 自分から獣を煽って、こうして罠にかけるのは人としてどうかと思う。


 だが此度の所業は、幼い生命を救うために必要なことだった。

 野犬に襲われそうになっている少女を救うために、仕方なくこうしたのだから、凛が罪悪感を持つ必要はないはずだ。


「ずっと落ちたままだと、餓死しちゃう可能性もあるしな……」


 岩場に挟まって骨になった鹿か何かの写真を思い出し、やるせない気持ちになる。


 それも可哀想なので、凛は穴に落ちた野犬2匹を、別の場所へテレポートさせてやった。


 空になった穴に土を戻し、何事もなかったように大地を元に戻す。

 コレで凛の掘った穴に、誰かが落ちる心配はない。


「あとは……」


 先ほど頭をぶつけ、ふらついたままの野犬ただ1匹。

 このまま放っておいても平気だろうが、不意を突かれて怪我をしてもつまらない。


 すぐ隣にテレポートし、さっきの2匹と同じ場所へ瞬間移動させてやった。


 どこに行ったかは凛も正確には把握していないが、森の中のどこかであることは間違いない。

 テレポートした先が地獄のような場所ということにはならないだろう。


「さて」


 自分が襲われていたことも忘れ、座り込んだまま凛を眺めている少女に、凛は近づいていった。



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