宇宙より遠い場所
謎の森から「瞬間移動」で帰還した凛は、不思議な感覚に囚われていた。
先ほど到達した境地がどれほどのものかは分からないが、凛の中で、今まで感じたことがないほどに熱いエネルギーが湧き上がっていたのだ。
地球の裏側を目指した時と比べても、遥かに強く――経験を積んだという感覚が、ひしひしと体内に芽生えている。
この熱量を忘れないうちに、繰り返し練習しておいた方がいいかもしれない。
「瞬間移動」
一発で勘を掴んだ凛は、改めて同じ森に瞬間移動してみた。
見える景色から推察するに場所はやや違うようだが、同じ森の中であることは間違いなさそうだ。
「瞬間移動」
家に帰る。達成感に満ちた熱い感覚に、気分が高揚する。
「瞬間移動」
森へ到達する。やはり場所はややズレてしまうようだが、それは今後の修正点ということで、とりあえず安定して行き来できるようにしておくべきだろう。
「瞬間移動。瞬間移動。瞬間移動。瞬間移動。――瞬間移動!」
部屋。森。部屋。森。部屋。森。――繰り返している間に、手頃な木立を見つけたため、部屋にあった小型のナイフで「リン」と刻んでおく。
さらに数回の瞬間移動を繰り返していると、安定して傷のある木立の前に移動できるようになった。
100回も繰り返し瞬間移動していると、代り映えのしない景色に、凛は少し飽きてしまった。
この場所から自宅までの距離は大体把握できたので、凛は森の中から、家ではない座標へ瞬間移動してみることにした。
「瞬間移動!」
到達した先は、やはり森の中である。
正確な地図がないため、周辺がどうなっているか分からない。
ここが地球上のどの辺りか分かれば、瞬間移動しても問題のない場所を選ぶことが出来るのだが。
ここがどこだか分からない以上、下手に遠距離の瞬間移動を繰り返すのは危険かもしれない。
人混みの中に瞬間移動してしまえば、その後の対処が面倒だ。
それにもし、火の海や毒ガスの充満した区域に落ちてしまったら、さしもの凛も生きては帰れないだろう。
一度「リン」の傷がある木立までは戻れることを確認してから、凛は改めて森の中を移動し始めた。
◆◆◆
「……うーん。やっぱり色々とおかしいよな」
手頃な葉っぱを持ち帰り、自室のパソコンで検索してみたのだが、適合する植物が検索に上がってこないのだ。
調べ方が悪いのかもしれないが、妙に引っかかる。
パソコンを閉じ、凛はふぅと溜息を零す。
葉っぱを調べるだけのつもりが、久方振りに開いたネットの海は、直視したくない現実も凛に突き付けてきた。
凛は現在20歳を超えているが、16歳の青春時代から5年以上の時を部屋と移動先だけで過ごしてきた――要は引きニートである。
知識も常識も相談相手もいない身としては、ネット検索だけが唯一の情報源だ。
学生時代に開設していたSNSも、フォロワーはBOTだけになっている。最終更新日は6年前の春先で、「誰でも出来るテレポーテーション」を買ったという写真付きの報告だった。
「そっか、もうアレから6年も経ったのか……」
鏡を見ると、髪はボサボサ肌は真っ白で、過去の自分がああはなるまいと心に誓っていた、ダメな大人の見本のような風貌になっていた。
身体は相応に老けていくが、頭の中身は当時と全く変わっていない。
精神年齢は子供のまま、大人になってしまった感覚。ゾっとしたものが、背筋を這い上がってきた。
「もし本当に、この葉っぱが――地球上に存在しないものなのだとしたら」
地球外。つまり大気圏を突入してしまったということか。
いや凛は間違いなく、海底へ潜ったはずだ。脳内に作った「テレポートする先への道順」を線で結び、現在の力で行ける限界の距離に点を打ち、そこに瞬間移動したはず。
地下帝国。それにしては、距離があり過ぎた。
明らかに地球を突き抜け、宇宙空間まで到達してもおかしくない距離を、凛は瞬間移動したのだ。
「夢物語だってのは分かってる。でも、そう考えれば辻褄はあうか」
本棚に並ぶSF小説を手に取り、ページをめくる。
海底に生まれた穴の中へ潜ると、地球とは別の世界へ繋がっていたという物語だ。
「異世界なんてあり得ない。……そんなことを言うなら、そもそも超能力だって、あり得ないはずだったんだ」
瞬間移動に成功した時点で、凛はもう常識という枠から外れている。
今更海底に別世界への入り口があったと聞いても、別段驚くほどのことではないだろう。
「あの森が、異世界だと仮定して」
凛はどうするべきか。このままその存在を忘れ、これからも地球上を瞬間移動し続けて余生を食い潰すか。
そうするくらいなら、新たな世界に可能性を見出した方が、建設的ではないだろうか。
「戻ろうと思えば、いつでも家に戻れるんだ。……探索してみる価値はありそうだな」