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スキル「瞬間移動」を極めたら、自力で異世界に転移してた  作者: 夜志乃ナナ
第二章 帝国アルバトロス
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甘いアプリアの味

 砂時計の砂が全て落ちたら絶命が確定する。


 眉唾な話だったが、アルディラの様子から推察するに、嘘や冗談を言っているわけではなさそうだ。


「…………」


 凛は考えを巡らせる。


 アルディラは砂時計を見せる際に『妾の寿命を示している』と説明した。


 つまり自分の寿命が分かるというのは、この世界の常識においても、異常事態であることが分かる。


「誰が、こんなことを?」

「……魔女じゃ。これほど狂気的なことが出来るのは魔女か賢者――他にいるまい」


 この世界における魔女や賢者というのは、人智を越えた知識の境地に、うっかり到達してしまった天才そして場合によっては狂人のことを指す言葉だ。


 一般的にはその名の通り“魔法”と呼ばれる超常現象を手にしてしまった人間を呼ぶことが多い。


 “魔法”というのはつまり、人間の摂理から外れた異常現象。


 何もない場所から火や水を出したり、触れただけで損壊した部位を修復したり――元の世界での魔法や超能力たる現象と大方同じようなモノのようだ。


 竜のしもべたるワイバーンは、魔法を使うことが出来るらしい。


 アルディラに“識字の目”を与えたり、思念を飛ばし人間と会話したり、人間には不可能な異能を持ち合わせているのだとか。


 ファンタジックな世界だったため凛も検証するのを失念していたが、この世界に降り立ってから、一度として“魔法”を使用している人間と遭遇することはなかった。


 魔法という概念がある。それだけで、異世界だし魔法も普通に存在するのだろうと、勝手に思い込んでいた。


 思えばサロンギアの狩猟者も、弓矢や槍で狩りをしていた。


 火を起こす手段も原始的な方法だったし、飲み水すら葉で蓋をしたカメに貯水していた。


 魔法があればもう少し、生活も発展していただろう。


「魔女や賢者というのは、妾たちとは明らかに違った人間じゃ。……人間を越えた存在といえば良いのかの」


 この世界に存在する不可思議な物品――身分証の本人確認機能がそれだ――は、そのほとんどを賢者もしくは魔女と呼ばれる人間が発案している。


 文明から剥離した発明品モノがあれば、まず間違いなく賢者や魔女が生み出したものだという。


「本来は近寄ることすらご法度とされるほどに、危険極まりない存在なんじゃが……。身分証や特殊な薬剤の発明など、生活を便利にするモノの発案者として、どこか憧れの存在であることも否定出来ない」


 常人には理解できない境地にたどり着いた存在とは、恐れの対象でもありながらも、一種のカリスマ性を秘めているものだ。


 世界中の人々に超能力の実在を示した件のアーティストも、最初こそ畏怖の対象として人々から忌避されたが、徐々に世間は彼の披露した異能に惹かれていった。


「妾の目が欲しい――そう言って、魔女の館へ招待されたのじゃ。魔女に見初められるのは、とても光栄なことじゃった。妾と同じく、ワイバーンから特異な神託を授かった者たちは、揃って魔女の屋敷を訪れた」


 世界的に注目された稀代の天才に、貴女の才能が欲しいと直々に指名される。

 舞い上がってしまうのも、仕方がないことだろう。


「茶会に呼ばれ、いい気になってホイホイついていったのが運の尽きじゃの。酔狂な魔女じゃとは聞かされていたが、そんな言葉で片付けられる存在じゃない。……あやつは、狂っておる。あやつが欲したのは、目ではなく妾の寿命じゃった。不老不死の身体を求め、他人から寿命を吸い取って永遠の生命にありつこうとしたのじゃ」


 魔女や賢者になる者というのは、アルディラのように寿命の長い種族か、延命の術を手にした偏屈人間がほとんどである。


 寝食を犠牲にいくら人生を捧げたとしても、百年や二百年といった短い時間では、魔法という境地に至ることは出来ない。


「魔女にとって、時間というのはいくらあっても足りぬもの。残された人生が長ければ長いほど、より深く魔法の研究を進めることが出来るからの」


 砂時計を見やる。


 逆さにしても横に寝かせてみても、砂は休むことなく深淵の入口へ流れ落ちていく。


 この砂が全て消えた瞬間。アルディラの生命は途絶える。


「今まで誰かに相談したことはなかったんですか?」

「まさか。茶会に呼ばれた被害者全員で、至る所に助力を申し出た。ある者は王宮に、ある者は裏の組織に――妾も知人を通じて、アルバトロスの皇帝に無念を申し立てた」


 アルディラの面差しに、陰が差す。

 結果は火を見るより明らかだった。


「妾らの方が異常者だと言われるほどに、必死になって事実を広めた。じゃが魔女というのは、世界的な技術の発展に貢献している最高の功労者じゃからの。妾らの主張を通すのには、困難を極めた」

「……動いて、もらえなかったのですか?」

「当時の仲間たちが半数近く――亡くなった頃かの。ようやく国が動き出し、魔女を審問すると確約してくれた」


 じゃが――と、アルディラは力なく続けた。


「国の命令に、魔女は従わなかった。反逆者として兵士すらも送り込まれたが――国の部隊をもってしても、魔女を捕縛することどころか、魔女と顔を合わせることすら出来なかった」


 山奥に建てられた魔女の館は、無数の魔法生物によって昼夜完璧な防壁を築いている。

 魔女の生み出した魔法生物は人間の作り出した武器や戦術では歯が立たず、魔女館襲撃の際には、多数の犠牲を出す羽目になってしまったそうだ。


 たった一人の魔女に敵対した大国が、多大なる損失を受けた。


 その事実は瞬く間に他国へと広がり、それ以来アルディラたちに協力しようと名乗り出る者はいなかった。


「妾たちも、スッカリ気概をなくしてしまっての。余生は静かに暮らそうと皆で決め、それぞれ安息の地を求め旅立っていった」

「他の方々は……」


 アルディラは瞑目し、首を振った。


「幸か不幸か、妾に残された寿命が一番長かったようじゃ。種族柄、元々の寿命が他の人間より長いからの。奪われた量は他の誰よりも多かったが、最後まで生き残ったのは妾じゃった」

「…………」

「まあそれも、今日で最後なんじゃがの。この残量ではもう、明日の朝日を拝むことも出来んじゃろう」


 寂し気に笑うアルディラ。


 彼女の吐露を、凛は静かに噛み締める。


 つまりアルディラと会えるのは、今日が最後。

 そしてその最後の日は、今まさに終わりかけようとしていた。


「……何故」


 人生最後の――一番大切なその日を、今日会ったばかりの素性も分からぬ青年のために、費やしてくれたというのか。


 吐息のような凛の独白に、アルディラは力強く笑ってみせる。


「言ったじゃろう。死にかけの女に生きる希望を与えた恩は、かなり高くつくと」


 案内をすると言い出した時の文言。確かにアルディラはそう言っていた。


「妾はあの時、路地でひっそりと死ぬつもりじゃった。誰にも迷惑がかからんようにな。……普段は絶対に人など通らぬ裏道じゃった。じゃがそこに、偶然お主が現れた」

「…………」

「全てを諦めたと思っておったのじゃがな。……お主の持っていたアプリアの甘い匂いを嗅いだら、無性に生きることへの飢餓感が湧いて出ておった」


 下腹をポンポンと撫でながら、アルディラは続ける。


「あんな美味いモノは初めて食べた。500年以上生きてきて、これほどの衝撃はなかったの。全てを捨てて諦めたはずの妾が、たかがアプリアに惑わされるとは」

「…………」

「本来は生きるために食物ものを喰らうのに、妾は食物を食うために生きていたいと思った」


 アルディラの眦から涙がこぼれる。

 それでも歯を見せて必死に笑顔を作りながら、凛を力強く指さした。


「お主の、せいじゃぞ……。あのまま妾は死ぬはずじゃったのに。お主が、こんな妾に優しくしたから……。人間の優しさと甘いアプリアの味に触れて、妾は死にとうないと強く思った。生きたいと思った。――お主が妾を、心の死んだ妾を、生き返らせたんじゃ!」


 くしゃくしゃに歪んだ笑顔はやがて泣き顔に埋め尽くされ、アルディラはぐしぐしと顔中を擦った。


「覚悟していたはずなのに。今日死ぬことは何日も前から分かっていたのに。……最後の一日を楽しく過ごせれば、満足いくかと思ったが、もう無理じゃ。死にとうない。死にとうない。妾はまだ、やり残したことがいっぱいあるんじゃ……!」


 崩れ落ち、慟哭する。


 沈み始めた夕焼けが、溢れる涙を血のように赤く染める。

 人通りのない道の外れには、アルディラの叫び声以外の音はなかった。


「…………」


 手に持ったリンゴを頭上へ放りながら、凛は珍しく真面目な顔をしていた。

 投げたリンゴは真っ直ぐ上空へ飛んでいき、少し遅れて手中へ落下する。


「……魔女の居場所は、分かってるんですよね」

「ああ。館の場所は、はっきりと覚えておる」

「それを俺に説明することは出来ますか?」


 アルディラの目が、僅かに見開かれる。


 困惑したような面持ちだったが、すぐに凛の言わんとすることが分かったのだろう。


 アルディラは残念そうに目を伏せた。


「仇を討とうと言うんじゃったら、教えられん。お主のようなひょろい男子が突っ込んでいったところで、無駄死にするだけじゃ」

「仇? ……まさか、その時はあんたも一緒さ」


 どれだけ遠い場所にいようが、館の場所さえ分かれば今この瞬間でも、魔女のもとへたどり着ける。


 間にどれだけの障害があろうと、どれだけの罠を張っていようと「瞬間移動テレポート」なら、全てをくぐりぬけることが出来る。


 何を馬鹿なことをとでも言いたげな顔つきだったが。

 自信満々な凛に、思うところがあったのか。

 アルディラは凛の絵空事のような提案に、真面目に乗っかってくれた。


「……そうじゃの。仮に、もし仮に今から魔女の館にたどり着き――稀代の天才と呼ばれし魔女を亡き者とするだけの戦力を用意出来れば、あるいは」


 言いかけたアルディラだったが。

 辺りが宵闇に飲まれ始めたのを確認し、意味深な仕草で空を仰いだ。


「それももう、叶わぬ夢じゃの」


 暗くなった道の外れで、アルディラは諦めたように言った。


「日が落ちると、魔女は人間の前に姿を現さん。こちらから干渉することは、まず不可能じゃろうな――」




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