幼女(500歳)
話をして分かったのだが、童女同然の容貌をしたアルディラの実態は、齢500を超える老女であったようなのだ。
年齢を聞いて、ニパっと笑顔で開いた手のひらを見せられた時は、随分と大人びた5歳だと思ったものだが。
500から先は数えとらん! と聞いた時、凛は思わず突っ込みそうになった。
冗談でもひっくり返らなかったことを、誰か褒めて欲しい。
髪の色は鮮やかな紫だが、その他の見た目は人間の童女と大差ない。
声も8歳前後のロリボイスで、のじゃといった老人言葉が妙にくすぐったく感じる。
若作りや美魔女という言葉では、もはや片付けられないほどの容姿。
老けない種族もしくは寿命の長い人種なのだろうと、凛はそう考えることにした。
「それで、願い事はなんじゃ? 今の妾は機嫌が良いぞ。お主は生命の恩人じゃからの! 普通なら絶対断るような難しい願いでも、特別に聞いてやるのじゃ!」
黒のレザー生地の衣服をふぁさりとはためかせ、ふんぞり返るアルディラ。
物言いが上から目線なのが気になるが、凛はそんなことで腹を立てるような人間ではない。
「……これは例えばの話ですけど。どんなお願いをしても、それを衛兵に言いつけたりしないと、約束してくれますか?」
アルディラはきょとんとした顔になったが、何を勘違いしたのか頬を染めニンマリと口角を吊り上げると、くねくねと腰を揺らしてみせた。
「ほほぅ。大人しそうな顔をして、案外好き者なんじゃの。この見た目で肉体を求められるとは思わんかったが、何でも聞くと言った手前、断るわけにもいかんじゃろうな」
マントを脱ぎ捨てショートパンツに手をかけながら、ぷにぺたな童女フェイスを色っぽく染めるアルディラ。
何か変なことを言ったかと、凛は思案気に自身の発言を思い返す。
その間もアルディラは満更でもなさそうな顔で、チラチラと大通りの方を確認している。
マントを脱ぎ捨てたアルディラは、鼻歌を奏でながら上着の紐を解き始めた。
そこでようやくアルディラが何を勘違いしているのか分かったが、面白そうなのであえて乗っておくことにした。
「ええ、これからお願いすることは、衛兵に喋られると困ることなんです」
「じゃろうなあ。そうであろうなあ。アプリアで女を買ったなど衛兵に知られれば、どんな誤解を受けるか分かったもんじゃないからのう」
上着と胸当てを取り払ったアルディラは、緩めたショートパンツに手をかけうんうんと頷いている。
いくら人通りの少ない路地とはいえ、そう簡単にトップレスを晒してしまうとは。
随分と警戒心の薄い女だ。
ここに来て少しだけ、この女性を信用していいのかと、凛の中で疑念が生じた。
「ここから俺が言うことは、他言無用でお願いしますよ」
「分かっておる、分かっておるとも。そう急かすな、今すぐお主の求めるモノを――」
「城門を通るための通行証って、どこに行けば貰えるか教えてもらえませんか?」
アルディラがピシリと固まった。力の抜けた指から最後の衣服が離れ、ストンと地面に落下する。
真っ白な背中が、凛の前に露になった。
路地裏で童女(500歳超)がすっぽんぽん。
雨どいらしき場所から排水が流れ出ているが、まさかここで水浴びでもするつもりだろうか。
「お着替えが済んだら、呼んでください。向こうにいますので。レディが水浴びしている傍にいるのは、マナー違反ですからね」
「待て! 妾が悪かった! 男だからどうせそんなところじゃろうと軽んじた妾が悪――。ぬあぁっ、いかないでくれ! こんな可愛らしい少女が裏道で素っ裸になってたら、それこそ身の危険が――ぎゃぁぁぁっ、誰か来るぅぅーっ!」
騒がれて衛兵が来るのは困るので、アルディラが服を着直すまで、マントを広げて壁になっててやった。
◆◆◆
今回は上手く忍び込めたが、これから先――他の都市を巡ることになった時も、同じように入り込めるとは限らない。
情報を収集する機会があるなら、今のうちにその辺りの知識も詰め込んでおいた方がいいだろう。
「……まったく、寿命が縮むかと思ったわ」
「話も聞かずにいきなり脱ぎだすんですもん。俺の方がビックリしましたよ」
「しかし衛兵に内緒で何でも言うことを聞けと言われれば、身体で払えと命じられたと思っても、おかしな話ではないじゃろう?」
「すごい偏見ですね」
路地を出て大通りを歩きながら、凛とアルディラは役所を目指して歩いていた。
通行証や身分証といったものは、基本的には役所もしくは王宮で発行されるものらしい。
「旅人ということじゃから、役所で発行された通行証で事足りるじゃろ」
「王宮で発行する意義って何なんですか?」
「行商や兵士のような、国家同士の貿易や取引に当たる者は、国の認可がないと入れない。運び入れるものによっては、税金もしこたま搾り取られるからの」
そんなことも知らないのかと、アルディラは溜息を吐く。
はぐれないように手を繋いでいるので、童女サイズのアルディラは大股になって一生懸命歩幅を合わせてくる。
「そもそも通行証がなければ城郭内には入れないはずなんじゃが、そこは一体どう説明をつけるつもりなんじゃ?」
「衛兵の目を盗んで、コッソリ忍び込んだんですよ」
「たるんだ衛兵で良かったの。もし見つかっていたら、ただじゃ済まなかったぞ」
ちなみに凛はこれから、役所で身分証を発行して貰うことになっている。
アルディラの古い友人が役所で相応の地位に付いているとかで、ちょっとしたことなら内密に請け負ってくれるのだとか。
フロンドロイアの永住権とは異なり、事務的な手続きであるため、そこまで気負うことはない。
「妾の友人じゃと言えば、紛失した身分証の発行くらいなら、すぐやってくれるじゃろ」
「怪しまれたりしませんか?」
「案外失くす者が多くての。再発行はそこまで手間取らん。ぶっちゃけ妾もこういう相談を受けるのは、お主が初めてのことではないからの」
「随分と杜撰な管理なんですね」
「じゃから城門の衛兵が、血眼になって不審人物を探しているんじゃよ」
荷台の中身も隅々まで確認していたし、相当手の込んだことをしなければ、不法侵入するのは難しそうだ。
逆に言えば、城門さえ潜り抜けてしまえば後は安全に過ごすことが出来そうである。
「まあその衛兵も、通行税に紛れて賄賂を渡せば、通過させてくれるそうじゃが」
「腐ってるなあ……」
そう思うと衛兵は仕事熱心なのではなく、賄賂を受け取るために必死にケチをつける箇所を探しているのではと、そんな風に疑ってしまいそうになる。
まあどっちにせよ、アルバトロスの通行証は凛にとって不要だ。
瞬間移動の使える凛に、城門や城壁というのは何の妨害にもならない。
ただ万一身分証の不携帯を突っ込まれることがあれば、それはそれで面倒なことになる。
労せずして手に入るのなら、この機会に入手しておいた方が、この先色々都合が良いだろう。
「ついたぞ。まあ妾に任せておれ。アプリア分の働きはするつもりじゃ」