人生で一番打ち込んだモノは
ブームが起こったきっかけは、世界的に有名なアーティストがSNS上にアップした、一本の動画であった。
手を触れることなくリングケースを開け、恋人の指に指輪を嵌める。20秒弱のシンプルな映像。
要はサプライズの婚約発表だ。CGを駆使したロマンチックな動画には、関係者やファンたちから祝福のコメントが多数寄せられた。
発信者がインフルエンサーだったこともあって、その動画はニュースなどでも取り上げられ、世界中に広まった。
映像を観たオカルト信者の中には、この動画はトリックなどではないと主張する者もいたが、それらの小さな言葉はいつしか忘れ去られていった。
しかしその2ヶ月後。事態は一転する。
件のアーティストが世界中に生配信していたイベントの最中に、パフォーマンスと称し、種も仕掛けもない空中浮遊を披露したのだ。
共演していたコメディアンやダンサーさらには司会者や観覧客すらも巻き込み、悲鳴と興奮に溢れる盛大なステージを作り上げた。
次々に披露されるオカルティックな現象に、世界中のメディアはこぞって一つの結論を提示した。
――超能力は、実在する。
マスメディアで取り上げられた途端。その手のオカルト志向が世界中で、瞬く間に拡散した。
念力。透視能力。変身。読心。念写――。
人々は超能力を欲し、異能を教示すると謳う胡散臭い書籍やイベントが、量産されていった。
世の中に空前の超能力ブームが到来したのだ。
平凡な男子高校生――結城凛も同様である。
友人たちが透視能力や透明人間化の練習に明け暮れる中――彼が興味を持ったのは「瞬間移動」の異能であった。
理由は単純だ。
子供の頃親に連れて行ってもらったマジックショーで、檻の中から消えた手品師が、箱の中から出てくるマジックに憧れて、ずっとやってみたかったからである。
猛練習した。
駅前の本屋で平積みになっていた「誰でも出来るテレポーテーション」の本を片手に、凛は生活の全てを超能力のために費やしたのだ。
学校生活はおろか寝食すら犠牲にして、凛は必死に異能を我が物とするための練習に明け暮れた。
超能力のブームは過ぎ去り、乱立したトレンドが消えては出てを繰り返している間も、凛はずっと「誰でも出来るテレポーテーション」を読み直しては、反復練習に励んだ。
「誰でも出来るテレポーテーション」を出版した会社が倒産し、許可のない盗用の疑いで裁判が起きたことを知っても、凛は途中で投げ出したりはしなかった。
件のアーティストが麻薬所持で捕まり、「アレは全てフェイクだった。種も仕掛けも存在するし、証拠もある」と報道陣の前で自白したニュースが流れてきても、凛は繰り返し基礎練習に取り組み続けた。
――そしてついに、凛は「瞬間移動」に成功した。
1メートルにも満たない距離だったが、努力が報われた気がして、心地良かった。
勘が掴めれば、それからは簡単だ。
部屋の中を何度も何度も行き来しているうちに、距離は伸び、いつしか家から出られるほどになっていた。
どうやら筋トレと一緒で、限界寸前までの練習を繰り返すことで、飛躍的に向上するらしい。
近くの空き家と自室とを行き来。それが出来たら、少し離れた貸倉庫へ。
市外。県外。山奥の洞窟。――果ては国外まで距離を伸ばし、歩くよりも楽に地球の裏側まで顔を出せるようになっていた。
しかしここからが難点で、流石に大気圏外に出るわけにもいかず、ここで一時的に距離を伸ばす練習は滞ってしまう。
だがそんなことで「瞬間移動」の伸びしろを見失うほど、凛はやる気のない人間ではなかった。
練習方法など、幾らでも思いつく。
視覚すら追いつかない速度で部屋中を瞬間移動し、無数の残像で部屋を埋め尽くしたり。
出来るだけ多くの荷物を持って遠距離の瞬間移動を試したり。
思いつく限りの変則的な事象を試験しては、更なる高みを目指さんと日々邁進していたのであった。
「よっしゃ! 体感的には、今までで一番の遠出だ!」
新たな到達点を探している最中に、凛は太平洋のある一点に、どこまで深く潜っても永遠に底までたどり着かぬ、奇妙な穴があることを発見した。
この中に飛び込んでいったら、いったい凛はどこまで深く潜れるのだろう。
常識的に考えれば水圧やら何やらで無事には済まない目論見だろうが。
人間としての限界を突破した凛に、怖いものなどなかった。
どこにたどり着くか、全く分からない。
未知なる扉をこじ開けた凛を待っていたのは、天国か地獄かそれとも新世界の幕開けか――――。
「……何だ。普通の森じゃないか」
凛を迎えたのは、青々と茂った木々そして自然と大地の匂い。
期待外れな光景に、凛は首を傾げすぐに自室へと「瞬間移動」をして舞い戻った。
海底に空いた小さな洞穴。
異能を頼りに凛が突き抜けたその先にあったのは、つまるところ――異世界であった。
凛は自身の異能で、異世界に転移していたのである。