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33話

 日常と言うものは、当たり前の様に享受しているとそのありがたみを失う。


 当たり前の様に得ていた何にも代えがたいその日常は、ちょっとした些細な行き違いにより崩壊するのだ。


「メ、メイ!? どうした!! 何があった!!」


 俺達が、訓練所からエマちゃんの用意した宿に帰りつき。レックスが部屋の扉を開けると、そこには無惨な姿になった仲間の黒魔導師が居た。


「……」

「一体誰がこんな酷いことを!」


 顔を真っ青をして、うつ伏せに倒れ込むメイちゃん。髪は振り乱れ、足はピクピクと痙攣し、そして彼女の手元にはダイイングメッセージが残されていた。


 最期の気力を振り絞って書いたのだろう。震えるその字体で記された文字は────


『犯人はクラリ』

「おお!! 帰ってきたか、レックス!!」


 俺がメイちゃんに駆け寄って抱き上げたその時、俺達の部屋の中には既に侵入者が入り込んでいた。


「久しいなレックス、それとフラッチェ!! 我が遊びに来たぞ!!」


 メイを無残な姿に変えた凶悪なその侵入者は、事態が呑み込めず困惑する俺達にニコリと微笑みかけたのだった。




「あ、妹は我の婚期を馬鹿にしたから制裁中である」

「成る程」


 史上最強の魔法使いは、かなり婚期を気にしているらしい。
















「酷い目に遭いました……、気持ち悪い」

「我はこう見えてモテるのだぞ! こう見えて!!」

「だからその有り得ない妄想を止めて、真面目に婚活をした方が……。あ、ごめんなさいもう言いません許してください」

「相変わらず仲が良いなお前ら」


 宿の部屋に入ると、仲良し姉妹がイチャイチャしていた。無粋にも俺たちは姉妹水入らずに割って入ってしまったらしい。申し訳ないな。


「クラリスも久し振り。つっても数日ぶりだが」

「うむ!」


 クラリスは元気一杯に挨拶を返す。ほぼ同世代なのに、なんかほっこりするな。


「おかえりレックス」

「ん? カリン、今日は教会に行ってるんじゃねぇの?」


 その隣には、教会に泊まるはずのカリンもいる。ひょっとして泊めてもらえなかったのかな? なら結局こっちに泊まるのだろうか。


「そこのちっこい姉妹に拉致されてきた。またすぐ教会に戻るわー」

「うむ、カリンとは教会で会ってな。大事な話があるからと足労願ったのだ」

「へー、クラリスも教会とか行くんだな」

「我は熱心な信徒だからな、日々の祈祷は欠かさぬのだ!」

「あ、そーなの」


 確かに似合うな、クラリスが祈ってる姿。普段の衣装も、シスター然とした黒白の基調の服に女神が刻印されたアミュレットも合わさって、魔法使いと言うよりは聖職者と言った方がスッキリ来る。


「ま、ゆっくりしてけ。つってもエマちゃんの押さえた借宿だけどな」

「いや、我もゆっくりしていたかったのだが。間もなく我は、遠出の準備に帰らねばならぬ。王命で立て込んでいて、あまり時間に余裕がないのだ」

「ほお? 良いのか、王から命令貰ってんのにこんなとこでのんびりして」


 クラリスは悲しそうに首を振った。何やら、彼女には仕事が割り振られているらしい。


「大事な用件なのだ。本来、任務の内容は軍事機密故に漏らしてはいかんのだが、我はレックスに伝えておいた方が良いと考えた。今回の任務は、居るかも分からぬ魔王軍の討伐だそうだ」

「魔王軍だと?」


 え、大丈夫なのかそれ。魔王軍をクラリス一人で相手にするなんて……、まぁ、出来なくもないか。クラリスだもんな。


「目撃者もおらぬ。被害も出ておらぬ。ただ王都北東の寂れた砦に、魔王軍が現れるやもしれぬとさ」

「なんだそりゃ?」

「我等が軍師はこう言った。魔王軍は近々北砦に潜伏し、王都を窺う可能性があるのだと。つまり我は事前に、『王都を奇襲する魔王軍』を奇襲する訳だ」


 成る程? 敵の奇襲を予想して、先んじて叩く訳か。わざわざ最強戦力の一人であるクラリスを派遣するとは、その軍師とやらは自身の読みによほど自信があるのだろう。


「軍師……、まさかミーノか!?」

「その通り。此度、我は奴の命令で動くことになる」

「ミーノって、レックスの言うとったメロより酷い将軍やっけ?」


 あ、あいつか。あの、苦労人っぽい悪辣将軍。


「……その任務、断れないのか?」

「王命だからな。無理だろう」


 ミーノって将軍だと聞いていたが、軍師みたいな扱いを受けているのね。軍師兼将軍とかそういう感じなんだろうか。


 そのクラリスの話を聞いたレックスの顔が渋くなる。


「ミーノの言葉をそのまま言葉通りに受け止めるのは危険だ。……此度の任務、何か裏があるかもしれん」

「……それで、俺様のところに来た訳か」

「本当に砦に魔王軍が攻めて来るかは、頭の良くない我には分からん。だが今回の任務、魔王軍を建前にして我を王都から遠ざけようとしている様にしか感じん」


 クラリスは心配げに、レックスの顔を見上げ頭を下げた。


「奴の行動にはいつも必ず何か意味がある。とても悪辣な何かが」

「……ああ、アイツはそういう女だ」

「だから王都をお前に任せたいのだ、レックス。今はそれだけを頼みに来た」


 クラリスは真剣な表情でレックスに頼み込む。実際に会ってみただけでは良くわからなかったけど、やはりミーノは極悪非道らしい。


 レックスだけでなく、あの優しいクラリスまでこうも警戒するなんて尋常じゃないぞ。


「任せろクラリスちゃん。俺様に出来ることなら、きっと力になる」

「頼んだぞ。我の好きなこの街を、我の大好きな皆を守ってくれ」


 そう言って頭を下げるクラリスに、我等がリーダーは心強く頷いた。無論、俺だってそのつもりだ。


 いかにミーノが極悪非道であろうと、我が剣で粗末な企みごと両断してやる。


「……確かに今までの魔王軍の動きを見る限り、今すぐ王都を奇襲してくる様な焦りを感じません。今回の任務は、姉を遠ざけるのが目的にしか見えないです」

「ウチも何か嫌な予感がするわ。ちょっと、教会の(つて)を辿ってミーノ近辺の探りを入れてみるわ」

「頼んだぜ。ウチのパーティの頭脳はカリンだからな、お前の判断を信じるぞ」

「任しとき!」


 何!? このパーティの頭脳は俺ではなかったのか!?


「一応私も貴族の伝を持ってますが、恐らくクラリスがもう持ってる情報しか手に入りません。カリンさん、お願いしますね」

「すまないが、私に政治関連の伝は無い。というか、王都に知り合いすらいない」

「暫くカリンには、情報集めに動いて貰おう。俺様の力が必要になったら何時でも呼べ」

「了解や」


 まぁ、確かに今の俺には何の伝もコネもない。ここは、王都に詳しいカリンに譲っておくのが無難か。


「では、我はもう行く。メイ、あまりレックスに迷惑をかけるでないぞ!!」

「『歩く迷惑』と噂されてるクラリスには心配されたくありません」

「ま、本当に出てくるとは思わんが……、マジで魔王軍が居たら気を付けろよ。もしかしたら、鬼のように強くて風のように揺れる剣士がいるかもしれん」


 レックスは、ふと思い出したようにクラリスに忠告する。


 ふむ、洗脳された俺の話か? ……残念ながらソイツはもう居ません。サイコロ火山で火葬されてます。


「アイツにどれだけ魔法を撃とうと決して当たる事はなく、無傷のままお前の正面に立っている。お前が奴から逃げ出さない限り、気づけば目前に肉薄していてそのまま首を飛ばされるだろう。『風薙ぎ』を名乗る敵が居たら、一目散に逃げろクラリス」

「む。それは確かレックスの?」

「ああ、俺様のライバルだ。勿論クラリスが強いのは知ってるが、それでもお前とアイツとでは相性が悪すぎる。決してお前を軽んじてる訳ではないのだが……」

「いや、委細承知した。レックスがそう言うからには、風薙ぎとやらは凄まじく強い男なのだろう」


 え、そんな買い被られても困る。クラリスの周囲ぐるっと範囲攻撃で吹き飛ばされたら終わりだろ。


 俺は、剣士相手に負ける気はしない。が、化け物(クラリス)相手に勝てるとは思えん。戦う土壌が違うじゃん。


 ……んー、でも距離次第ではワンチャン有るか? 


「ではさらばだ。妹よ、たまには実家に戻ってくるのだぞ」

「え、絶対嫌です」

「妹が冷たくて我は悲しい……」


 妹に無下に扱われ悲しそうなクラリスは、挨拶もそこそこに話を切り上げて立ち去った。


「次は、ゆるりと茶でも飲もうぞ」


 クラリスも国軍の一人、きっと忙しいのだろう。


 メイちゃん、帰ってやりなよ実家。肉親にあまり寂しい思いをさせるもんじゃなないぞ。俺だってちょくちょく顔見せにいってたし。






「で、本当に魔王軍が出てくる可能性はどれくらいだと思う?」


 クラリスが去った後、レックスは俺達にそんな相談してきた。


「低いやろな。……王都襲撃が本当なら有り得なくはないけど、わざわざ北砦に潜伏する意味が分からん。自前でもっと良い洞窟を掘れる技術があるんやから」

「そもそも、魔王軍はまだ世間に認知されていませんから、本当に居るとは思ってない人が大半でしょう。……そんな状況で、わざわざ自分から砦に姿を現すメリットが無いです」

「つまり、ミーノの狙いはやっぱりクラリスを王都から遠ざける事か」


 言われてみればその通り。北砦がどの辺にあるのか知らないけれど、魔王軍の動きとしてそれは考えにくい。やっぱり今回のクラリスの任務は、何か裏がありそうだ。


 ……あ、まさか。もしかして、俺達の依頼って────


「なぁレックス。ちょっとエマちゃんに確認した方が良いかもしれん」

「何をだ?」

「王都に魔王軍が襲撃するかもしれないから、私達が護衛として王都に呼ばれたのだろう? ……だったらその、魔王軍が襲撃してくると予想した人物は誰だ?」


 そう、今回の依頼はエマちゃんからの依頼だった。だが、エマちゃんに『魔王軍が襲撃してくる』という予想を吹き込んだ人物が居るかもしれない訳で。


「もしかすると、今回のエマちゃんの依頼もミーノ将軍に唆された可能性があると。フラッチェはそう言いたいのか?」

「ふむ、じゃあウチらが王都に呼ばれたのもミーノとやらの掌の上って可能性があるんか」

「そ、それは考えすぎなんじゃ?」

「いや、ミーノならあり得る。……奴はいくら警戒してもし足りない、エマちゃんに確認しておくか」


 まぁ、だから何だという気もするが。レックスはミーノ将軍を毛嫌いしているみたいだが、奴のやばさが俺はいまいちピンと来てないし。


 ま、うかつにあの女を信じなければ大丈夫でしょ。


「それじゃ、ウチは教会に戻るな? 進展があったら、また報告しに来るわ」

「頼んだぜカリン」


 修道女はそう言うと、俺達の部屋を後にした。


 ……何とも言えぬ重い空気が、部屋に残る。


「まぁ、そう心配すんなレックス。何があろうと、私がこの剣で何とかしてやるから」

「ま、そうだな。今からアレコレ考えたってしょうがねぇ。まずは情報を集めてからだな」

「じゃ、今日はもう休みましょうか」


 そんな何とも言えぬ不安を振り払うよう、レックスは明るい声を出し。


「じゃ、また明日も訓練所な? 今度は俺様と一緒に行こう、迷わんようにな」

「ふん、今日は道を知らなかっただけだ。もう迷ったりすることはない」

「そこはかとなく不安ですね……」


 そしてそれぞれに用意された個室に向かい、夜を過ごした。








 最強のパーティは、すやすやと眠る。城の外で起こっている地獄に気付くことのないままに。


 助けを求める悲鳴に、愛するものを殺された怨嗟に、全てに絶望した断末魔に。彼らは、気付かない。







 ずっと遠くにいると思い込んでいた『敵』は、既に彼らの懐で剣を研いでいた。







「剣聖様!! 起きてください、敵襲です!!」


 明け方早く。幼い少女が宿の部屋に張り込んできて、剣聖を叩き起こす。


「あ? 敵?」

「魔王軍です!!」

「……何だとぉ!?」


 顔を真っ青にしたエマが、レックスの居る宿に飛び込んできて。彼女の怒声に、眠け眼をこすりながら彼らは飛び起きた。


「戦闘準備だ、急げお前ら!!」

「おう!」

「はい!!」


 寝間着にローブを纏って、杖を掴んだ魔導士がレックスに背負われて。軽装備の剣士は、既に小剣と防具をつけ終わっている。


 彼らは慌てて、エマの指示するまま正面の城壁まで駆け出して────




 朝日に照らされる、紅き漆黒の路上。




 あれだけ活気のあった城下町が廃墟となり、道沿いには見渡す限り死体が積み上げられているのを目視した。


「……」


 レックスが王都に到着して、一日目。魔王軍は、その城下に既に迫っていた。

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