32話
「……何処に行ってた、フラッチェ」
「いやぁ、すまん。うっかり東の訓練所に向かっていた」
ミーノ将軍と別れた後。俺は彼女に教えられた通り道を進み、無事に西の訓練所へと辿り着いた。東西って難しいな。
だが、訓練所の入り口付近には少し苛立った甲冑の男が仁王立ちしていた。どうやら、遠回りして色々巻き込まれている間に先を越されたらしい。
「……」
「いふぁい、無言でほふぉをつねらないでくれ」
「目を離した俺様にも責任があるから、これで勘弁してやる。……何か揉め事は起こしてねーだろうな」
俺の頬をうにょんうにょんと、両指で引っ張って遊ぶレックス。ちょっと道を間違えただけじゃないか、そんなに怒らなくても良いじゃん。
「おふぉしてないです」
「なら、よろしい」
嘘じゃない、俺は揉め事は起こしていない。メロとは結局何もなかったし、関わるなと言われたミーノ将軍と親し気に会話しちゃった程度だ。
……ただ、ここで彼女に会っちゃった事がバレたら、俺は凄く怒られる。間違いなく、滅茶苦茶怒られる。
ミーノも「出会わなかったことにしよう」とか言ってたし、ここは黙っておこう。実際、別に彼女と何かあった訳でもないしな。
「よし、なら入るか。やるぞ、乱取り」
「おう」
俺は微妙にヒリヒリする頬を擦りながら、レックスについて訓練所に入る。
それは、中々に立派なモノだった。弓矢の的や防具を身に付けた人形等が立ち並ぶ区画、方円の線が引かれ中で打ち合っている兵士達、片隅に用意された治療器具が完備された保健施設。
ここにいる兵士達は、大将軍ペニーの率いる精鋭なのだろう。
「……剣聖だ」
「在野最強冒険者の剣か……」
俺とレックスが訓練所に入ると、四方の兵から好奇の視線を感じた。鍛練を止めて、レックスの剣技を見学しに近付いてくる奴もいる。……レックスの剣は、剣士なら金を払ってでも見たいだろうしな。
だが、よく見ておけ新米剣士共。真に最強なのは一体誰なのかを。ここ数日で急激に高まり、レックスすら既に追い抜いてしまったかもしれない俺の超絶剣技を。
「────よっ」
そんな間抜けな掛け声と共に仕掛けられた、風をも切り裂く豪剣。俺はそれを容易く受け流し、ユラユラと体軸をブラして幽鬼のごとくレックスに肉薄した。
これからは、最強剣士の称号は俺のモノだ!
「くすん」
「いや……、うん。やっぱ強くなってるなぁフラッチェ。そろそろ師匠の足元くらいには達してるんじゃないかお前」
「……うるさい、バカァ」
俺がその師匠だよ馬鹿野郎。
やはりと言うべきか。メロとの戦いで新たな課題も見え、かつ成長も実感したことだしと本気でレックスに試合を挑んでみたのだが……、一本すら取れる気配がなかった。
当たり前だ。レックスだって、以前より強くなっているのだ。今の俺が多少成長したところで、その差が埋まるべくもない。
……ただ、もし俺が男の身体だったら、筋力で組み伏せられたタイミングが数回有った。いくら俺は筋力を必要としない剣筋だからと言って、力は有るに越したことはない。
つまり。俺はそろそろ本格的に、肉体改造をする必要がある。
「……もっと、鍛えてマッチョになってやる。今に見てろレックス……」
「えー。俺様は、今のお前の体型の方が好きだけどなぁ」
高らかに宣言すると俺が筋骨粒々になった姿を想像したのか、レックスは顔をしかめ苦言を呈した。
何だよ、俺が鍛えたら悪いのかよ。
「どうした? 筋力の優位性が無くなれば私に勝つ自信が無いのか?」
「いや、そうじゃなくて。今のお前の体型の方が、スラっとして可愛いぞ」
「あん? 可愛い事が剣にとって何の得がある」
レックスの発言は意味不明で支離滅裂だった。容姿に剣は関係ないだろう。
「……あー、えっと。痩せて小柄な方が、剣に当てにくくて有利だ。特に、お前の剣ではな」
「おお、成程!!」
そうか。確かに避けて受けて流してカウンターする戦法の俺は、小柄な方が有利なのかもしれん。仮にも剣聖の頂にいる男の助言だ、参考にしてみても良いかも。
「だからフラッチェ、鍛えるにしてもほどほどにしとけよ」
「分かった、レックス」
俺の返答を聞き、レックスが何故か自分の胸を撫で下ろした。変な男だ。
「それじゃ、私はクールダウンを兼ねてその辺の兵士に喧嘩売ってくる」
「揉めるなよ」
「分かっている」
さて。今日の反省会をしないとな、レックスに負けたままではおれん。折角この場所には王都指折りの練度の兵士が居るのだ、相手役には困らないだろう。
適当に、俺達の手合わせを見学していたその辺の兵士を誘って剣を合わせ。俺はレックスが立ち去った後も、じっくりと敗因を分析するのだった。
「やっぱり強いよなぁ、私」
俺は兵士の面前でレックスにボコられてしまった訳だし、もしかしたら相手にされないんじゃないかと怖かったのだが……。誘ってみれば兵士達は列をなして俺との稽古を希望してくれた。流石ペニー将軍の配下、意欲も士気も上々だ。
最初は一人づつ相手をしていたがあまり勝負にならず、2対1、5対1とドンドン人数を増やし組手を行った。思いもかけず、良い集団戦の訓練になった。
「中々いい練度だったな、ペニー将軍の部下。私にはちっと届かなかったが」
「そうですね」
結果、調子に乗った俺は、日が落ちるまでペニー軍の兵士の相手を続けた。話してみるとペニーの部下は気の良い連中が多く、俺と兵士達は修行の合間に意気投合し仲良くなった。
そして日が沈む頃になると。お互いに疲れが貯まってきたからか妙なテンションになり、兵士含め稽古がヒートアップして激しく打ち合うようになった。
その酷さたるや、「少しでも軽くなって速度で勝つ!」とか言って全裸になるアホや「勝てたら付き合ってくれ!」等と告白まがいの事をしてくるバカが出てくる始末だ。何にせよ訓練所はかつてない盛り上がりを見せ、そのままの勢いで徹夜で稽古をする流れになりかけた。
だがしかし。そんな真っ暗の訓練所でワイワイ兵士達と騒いでいたら、「いつまでやっているんですか!」と幼女に怒鳴り込まれお開きにされた。
兵士一同は幼女に罵声を浴びせられ、しゅんとして帰っていった。因みに全裸の奴はしれっと減給を言い渡されていた。
「伺っておりますよ、メロ将軍との一件。流石は剣聖様のパーティメンバーです、あの男によく勝てましたね」
そしてありがたい事に、エマちゃんは俺をそのまま出口まで送ると申し出た。この城の構造は複雑だから助かる。
「剣に関しては弱っちいかったぞ、メロ。何の自慢にもならん」
「いえいえ十分ですよ、彼はペニーさんですら手を焼く男ですからね。私の方から手を回して、彼を今回の依頼に関わらせない様にしてますので安心してください」
メロの話になると、エマちゃんは少々頭を抱えるようなそぶりを見せた。やはり、メロに関しては苦労しているらしい。
「……後さ。これは個人的に聞きたいだけなんだが、ミーノ将軍ってどんな奴なんだ?」
「ミーノ将軍ですか? ……それは、どういった意図の質問なのでしょうか」
「あー」
この娘が本当にペニーの参謀やってるなら、ミーノがどんな人間か知っているはずだ。正直、今日会って話してみた限りではミーノにそこまで酷い印象は受けなかった。
だが、それが逆に不気味でもある。レックスにあそこまで言わせる女が、普通なはずがない。
「レックスが絶対に関わるなって念押ししてきてさ。メロより酷い悪魔だと。それで、どんな奴なのかなって気になったんだ」
「成程。流石は剣聖様、人を良く見ている」
そう言って素直に俺が聞いてみると、エマちゃんは少し考えこむようにしてゆっくりと返答した。
「……そうですね。少なくとも、彼女は悪魔ではない。もっと別のおぞましい何かでしょうか」
「それはつまり?」
「あの人は、国を運営していく中で最善手を選び続けています。悪辣では有るけれど、国を運営するなら必要な人物と言えるかもしれません」
「エマちゃんは、ミーノをそこまで悪い奴だと思ってないのか?」
「とんでもない、最悪の政敵ですよ。ただ少なくとも、ミーノ将軍はメロ将軍の様に他人を苦しめて悦に入るような性格ではないです。私からすれば、『悪魔』と言う呼称はメロ将軍の方がしっくりきますね」
「……レックスはミーノ将軍の方をボロクソに言っていたぞ?」
「ええ。レックス様から見たら、それはそれは憎たらしいでしょうねミーノ将軍は」
何だか、エマちゃんは凄く言葉を選んでいる気がする。とても難しい顔で、その幼女は話を続けた。
「ミーノ将軍は、他人を苦しめる趣味はないですけど……。それが『目的を達成する』最善手であれば、どれだけ他人を苦しめても一切気にしない性格です」
「つまり?」
「以前の隣国の侵攻の際に、守ろうと思えば守れた筈の自国の集落を『守っても金銭的・戦略的に無意味だから』と言う理由で見捨てたり。政敵を窮させるために家族や友人を人質にとったり。まぁつまり、目的の手段を選ばない人です」
「うわ……、そんな奴なのか」
「それでその。前回の戦争でミーノ将軍が見捨てた集落と言うのが……剣聖様の故郷でして。おそらくミーノ将軍は知らなかったんでしょうね、剣聖様を敵に回すような愚策をあの女が取るとは思えませんし」
……そうだったのか。
レックスの集落が焼け落ち、故郷に残してきた両親や兄弟を全員失ったあの事件。レックスを孤独に追いやったその過去は、ミーノ将軍の指揮が原因で起きたのか。
「そのことをレックスは……」
「知っていますよ。その事件がきっかけで、剣聖様は我が国の大将軍任官を蹴って冒険者になられたのですから」
「えええ!!? アイツ、大将軍に任命されかけてたの!?」
「はい。……実際、ウチの大将軍格の誰よりも強いですしね」
エマちゃんから聞かされる、衝撃の事実。
そっか。アイツは「自由に生きたいから冒険者になった」なんて言ってたけど、本当はそんな事情があったんだな。そりゃ、故郷を見捨てた奴と一緒に肩を並べて戦う気にはなれん。
「レックスが将軍かー……。レックスだもんなぁ」
「羨ましいのですか? ですが、フラッチェ様だって望むなら将軍になれると思いますよ。どうです? 話を聞く限り、貴女の実力であれば私から働きかければ大将軍も狙えます」
「え、まじで?」
「勿論ですとも。ペニーさんとも闘ったことがおありなんでしょう? 三大将軍のうち2人に勝てるなら誰も文句は言いません。……フラッチェ様、真面目にやってみる気はありませんか? 我らペニー派は全力で支援しますよ」
俺が……大将軍? 師匠がずっと「本当なら自分が大将軍だったのに」とボヤき続けていた、剣士の最高権力者に?
「貴女の剣の実力を冒険者で腐らせるのは勿体ないです。ペニー将軍もきっと喜んで推挙してくれますって」
「……ほほう」
俺が将軍……か。大勢の兵士を率いて、先陣切って敵に切り込んで大暴れする役回りか。そりゃあ……剣士として憧れの一つではあるが。
「興味があれば是非にでも────」
「その辺にしとけエマちゃん」
にゅ、と。
城門近くに到着した俺の首筋を掴む、謎の男が声を掛けてきた。
「ウチの剣士を国軍に勧誘しないでくれるかな?」
「あちゃー。いえ、別に貴方と敵対するつもりはありませんよ剣聖様? フラッチェさんに興味があればお手伝いしますよと、そういう話でして」
「そー言うのを引き抜きって言うんだ。それに、フラッチェ引き入れて政治戦争のコマにするのはお勧めしない。ソイツ、人知を超えた馬鹿だぞ」
「誰が馬鹿だ!!」
その謎の男の正体はレックスだ。どうやら、わざわざ俺を迎えに来てくれたらしい。
「そんな風に引き抜きとかされるなら、ペニーのオッサンたちも警戒しないといけねぇんだが」
「……う、ごめんなさい。メロ将軍に勝てると聞いて、少々欲が出ました……」
「おう、だが二度目はないぞ。フラッチェは渡さん、ソイツは俺様の女だ」
「そ、それは大変な失礼、申し訳ありません。……やっぱりそういう関係でいらっしゃるのですね、お二人は」
「違うから。こらレックス、誤解を生む表現は止めろって言ったろ」
「俺様の仲間はみんな、俺様の女だ」
レックスはそのままポン、と俺の頭に手を置いて。やや気まずそうに此方を見ているエマちゃんを牽制するように、俺を引き寄せた。
「お前も、将軍とか野暮な仕事はやめとけフラッチェ。間違いなく向いてねぇ」
「向いてるか向いてないかはともかく。お前をボコボコに出来るようになるまでは、このパーティを離れるつもりはない」
「それでいい」
無論、俺だって国軍に入る予定はない。大将軍は剣士の憧れではあるが、それより先にやらねばならない事がある。
打倒レックス。これを成すまでは、修行の時間を削らないといけない仕事に就くつもりはない。
「では、ご機嫌よう剣聖様。私はまだ仕事がありますので、ここら辺で失礼しますね」
「じゃーなエマちゃん」
「……寝ないと身長伸びないから、ちゃんと睡眠時間は確保しなよ?」
「えぇ、ご心配ありがとうございます」
そう言って苦笑いしたエマちゃんは、そそくさと逃げるように立ち去った。引き抜き現場をレックスに見られて、ばつが悪いらしい。
「じゃ、俺達も帰るぞ。メイも宿で待ってる」
「おう」
そんな幼女を微笑ましく見守りながら、俺とレックスは暗い夜道を2人並んで歩き出した。




