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27話

「なぁ、何でフラッチェは怒ったんや?」


 ジトー、とした視線が俺に集まる。


 レックスの疑惑の目。メイやカリンの不思議そうな顔。それらは全て、俺に向けられていた。


「なぁ、前に言ったよな。いずれ自分から話すから待ってくれと。まだ、話せないのか」

「うっ……、えーと」


 そ、そうだよなぁ。レックスは本気の俺の剣筋、見ちゃった訳だもんな。流石にもう、バレたと思ったほうがいいよな。


 一国の大将軍に勝てる剣士がゴロゴロいるはずもない。ましてや、そんな奴が冒険者なんて底辺職についている可能性は非常に低い。


 となると、俺の正体は限られてくる。


「……」


 親友の視線が、俺の心の奥を抉る。レックスは基本アホだが、こういうときは無駄に勘が鋭い。どうしたものだろう。


「……フラッチェ、隠さなくてもいいし。私はもう、ぶっちゃけお前の正体気づいてる。レックスから話聞いた時点で、薄々分かってたけど」

「お、そうなのかナタル」

「うん。……気付かないほうがおかしいし」


 そして、妹に至っては確信している模様。何故普段はバカの癖にこういう時だけ鋭いのか。


 あー、これはとうとう自白しないといけないかね。そんで、メイやカリンに土下座しないといけない感じか。着替えとか見てごめんなさいって。


 うぐぐ、カッコ悪い……。


「フラッチェさんの正体って、何なんですか?」

「兄貴からの手紙に書いてあったし」

「ん? 手紙?」


 情けない覚悟を決め、俺が土下座の準備をすべく両手を地面につこうとした瞬間。ナタルは、何やら妙なことを言いだした。


 俺からの手紙って? 確かに家族に向けてちょくちょく送ってはいたけど、何か変わったこと書いただろうか?




「兄貴、最近弟子を育ててたって聞いてるし」

「弟子!?」


 弟子!?


「……成る程、そっちか!」

「あぁ、お弟子さん……」

「俺の弟子は天才だと、手紙で滅茶苦茶自慢されててウザかったし。……女の弟子とは聞いてなかったけど」


 ナタルはどや顔で、意味不明な事を言い始めた。


「天才な弟子か。成る程、レックスが剣筋そっくりいうたんもそう言うことか」

「……どうして今まで、正体を隠してたんですか?」

「大方、兄貴が死んだのはコイツがヘマをやったから、とかじゃないの? 詳しくは本人に聞けし」


 いや、俺に弟子? そんな事手紙に書いたっけ?


 弟子とかいねーし、自分を鍛えるので手一杯だったし。手紙にそんなの書いた記憶もない。ナタル、何か他の奴からの手紙と勘違いしてるんじゃないか?


 だが、これはラッキーだ。このナタルの勘違いを利用して、その方向で誤魔化してしまおう。


「だ、大体そんな感じだ」

「そっか。お前の剣は、やっぱりアイツから継いだ剣だったんだな」

「まぁな」


 と言うか本人です。


「……成る程、キレたのも納得や。ただでさえ煽り耐性低いフラッチェが、死んだ師匠を馬鹿にされたわけやし」

「レックス様のライバルのお弟子さん、かぁ。道理で強いと思いました」

「で、本当の名前はなんて言うんだ?」

「まだ内緒だ。……師匠と再会したら、その時に名乗ろう。フラッチェという名も、結構気に入ってるんだ」

「そうか」


 ……やったか?


「じゃ、しばらくはフラッチェのままで。よろしくなフラッチェ」

「意外な縁ですねぇ」

「そやなー」


 ふぅ、やったみたいだ。今回も何とか、無事に誤魔化せたらしい。 


「それよりレックス。近々、王都に行くってどういう事だ?」

「あん? ギルドで手紙もらってな、王様から直々に頼みたいことがあるんだと。多分また魔王軍の拠点でも見つけて、俺様に声かけたんだろ」

「うわ、国軍からの依頼か……」

「ああ、メロが関わってこないよう念押ししとくから安心しろ。お前らは俺様が守る」

「カッコいいねぇ、よろしくリーダー」


 そうか。また、調査か討伐依頼を受けるのか。


 ……また共闘するならペニーがいいなぁ。あのオッサン、ロリコンなのを除けばマジで善い奴だったんだな。


「にしてもメロという男、あんなのが将軍は大丈夫なのか? 権力持たせちゃ駄目だろ、あのタイプ」

「子供なんだよ、アイツ。ペニーの功績が認められた時、自分の方が強いのに何で僕は将軍じゃないんだって大暴れしかけてな」

「うわぁ、やりそう……」

「で、ペニー含めてその場の人間で止められず、仕方なく同時に将軍に任命された。でもアイツ、誉めておだてとけば言うことは聞くのよ。だから今もそんな感じに、扱いづらい戦力として扱われてるって話だ」

「面倒くせぇ……」

「実はメロの奴、野盗退治とかで割と戦果も上げてるらしくてな? 国王曰く、扱いさえ間違えなければ使える男なんだと。あーいうのも上手に使っていかないと、国は回せない訳だ」

「政治も大変なんやなぁ」


 そっか。確かに雑魚退治にはメロ程有能な人間も居ないだろう。だから人格に問題があっても、目を瞑らないといけないのね。


 国王の胃は大丈夫なのだろうか。


「あの、興味本意なんですが……最後の将軍ってどんな人なんです? ペニーさんとメロ将軍と、もう一人の」

「三大将軍の最後の一人か。……ソイツもたち悪いのか?」


 メイの質問に、俺も乗っかることにした。確かに、三人目の将軍はどんな奴か気になるな。


 これから王都に行くなら、出くわしてしまう可能性もある。あらかじめ聞いておかねば。


「……俺様に聞くな」

「お?」


 だが。その人物の話題になった途端、レックスが鬼の様な形相になった。


 嫌悪感を隠しもせず、レックスの目はつり上がり声のトーンが下がる。


「1つ言っておく。奴には絶対に関わるな」

「わ、分かった。そんなにヤバイのか」

「ヤバいとかそういう次元じゃない。アイツと話をするくらいなら、糞壺に身を投げた方がましだ。それくらい、醜悪な存在だよ」

「そんなにか。そこまで言うか」


 何か地雷踏んだっぽい? わりかし温厚なレックスがここまで言うって相当だぞ。逆にどんな奴なんだ、その将軍。


「神算鬼謀のミーノ。それが、奴の名前」

「神算鬼謀……?」

「小汚く卑しい企みが得意な、人の皮を被った悪魔。それがミーノだ。たちの悪さで言えば、メロの比じゃない」

「メロより酷いの?」

「メロは精々、性格と思考と性根と理性と根性と品性と道徳その他諸々が壊滅的なだけだが……」

「それだけ壊滅してたら十分じゃないか?」

「ミーノは全てが終わっている。何もかもが醜悪で下劣で極悪だ。確かに国の役には立っているかもしれないが、あんな奴は一刻も早く切り殺した方が良い」


 そう言ったレックスの表情は、見たことが無い程に険しかった。まるで、親の仇について話すような口ぶりだ。


 何か、あったんだろうな。


「あの将軍より酷いって、ちょっと想像がつかないのですが……」

「メロも十分アレだぞ? ……ミーノに比べると霞むってだけで。本物の悪魔ってのはアイツの事を言うんだ」

「あの傲慢色情魔が霞むレベルとか」

「良いか、王都に行っても国軍にはなるべく関わるな」

「分かりました。そんな恐ろしい組織なんですね、国軍」

「いや、下っ端は良い人が多いんだぞ? 特に募兵組……、自分から軍に志願した連中は、話してて気持ちいいんだが。その上に立つ将軍二人が本当に最悪でな」


 うーん。レックスがここまで言うって事は、本当に酷いんだろうな。神算鬼謀のミーノ、ね。覚えておこう。


「分かったよ、レックス。で、王都には何時頃行くんだ?」

「明日準備して、明後日だな。……連続の依頼で悪いが、俺様は受けようと思ってる」

「そっか」

「魔王軍関連なら、受けなしゃーないやろ。気にすることはあれへん」

「そうですよ」


 なら、また鍛冶屋に行かないと。俺の剣、今日の戦いでボロボロになっちまった。


 ……前の依頼の報酬で、予備の剣も買っておくか。消耗品だしな、刀剣類は。






















 ────夜。


「ふぅん。この時間も、剣振ってるんだ」

「あん?」


 月明かりに照らされ久しぶりのアジトの裏庭でコソコソ素振りをしていた俺に、話しかけてくる奴がいた。


「水と布、持ってきたし」

「……ナタルか。遅くまでご苦労さん」

「カリン先輩に、寝る前に裏庭見て来いって言伝された。高確率でお前が剣振ってるからって」

「敵わないな。……今日、メロに苦戦して自分の力不足を痛感したところだ。とても、剣振らず眠る気にはなれなかった」

「お前らしいし」


 その人物は、メイド服を着た小柄な俺の妹ナタル。俺の汗を拭く支度を整えてくれたらしい。


 ……妹と二人きり、俺は月夜の下で剣を止める。だけど折角用意をしてもらって悪いのだが、まだ今日は眠る気になれない。


「水とか全部、そのあたりに置いておいてくれ。後で私が片付けておく、ナタルはもう寝ると良い」

「そうか。なら、木の傍に置いておく」

「ありがと」


 俺はナタルにそう告げて、再び剣を構えた。今日の仮想の敵はレックスではなく、メロ。あの神速と呼べる剣が、正当に剣術を会得して振るわれたときに俺はどう対処すればよいだろうか。


 フェイントを織り交ぜ、足さばきも正確になり、体幹がブレない神速の剣士。さらに時折、魔法による範囲攻撃が飛んでくる。常識的に考えて、勝てる相手じゃない。


 だからこそ、想定しろ。剣術を身に着けたメロとの戦いを。レックスならどう戦う? 俺にはどんな対処法がある? 


 ……ああ、俺には眠っている時間などない。この世には強い奴が、山のように居る────




「なぁ。一つ聞いていいか、女剣士」

「……ん?」


 再び剣に没頭しかけた俺に、ナタルは話しかけてきた。俺は再び剣を止め、ナタルに向き合う。


「どうした?」

「……確認したいことがあるだけだし」


 ジトリ、とメイド服の妹は、静かに俺を睨みつける。少し、怨みの籠ったような目だ。


 ……何だ? 俺は、ナタルに何かしただろうか?





「……兄貴、だよな? お前」

「────っ!?」



 その言葉に、俺は動揺して目を見開いた。おい、勘違いして気付いてなかったんじゃないの!?


「なに、目を見開いてんの?」


 気づけば。動揺し硬直しきった俺の目前に、ジト目の妹が立っていた。いつの間にか歩いてきたらしい。








「……私が、今日のお前を見て気付かないと思ったか。……行動の全てが兄貴そのものだったし」

「な、な、何のことかな。私はお前の言う通り、「風薙ぎ」の弟子で────」

「あれ、嘘だし。私の兄貴、弟子がいるとか手紙書いてないし」


 で、ですよねー。俺、そんな手紙書いてないよねー。


 あ、あわわわ。ナタルの分際で何でこんなに勘が鋭いんだ。普段のお前はアホアホじゃん。パンを買ってきてくれと言ったら、パンを買って食べてくるようなアホの娘じゃん。


 ま、まだだ。そうだ、コイツはアホの化身なんだ。きっとうまいことやれば誤魔化せるはず。


「……そ、そんな訳がないだろう。ほら、よく見ろ。薄っぺらいがほうれ、私には胸があるぞ。女なんだ、お前の兄貴ではない」

「なら、試していい?」

「試す? 何を?」

「フラッチェ、お前が私の兄貴かどうか」


 そう言って、ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべ俺の耳元に近づくナタル。


 ……な、何をする気だ? 


 実妹に「女のふりして同僚(おんな)と一緒に水浴びしてました」とか、バレたら恥ずかしくて悶死する。


 絶対にバレる訳にはいかない、何としても誤魔化さないと。


「兄貴の、玉砕した告白台詞シリーズー。~パン屋の看板娘、フラン姉編~」

「!?」


 俺が身構えていると、ナタルはニヤリと笑顔を浮かべクルリとスカートを靡かせてターンした。そして、楽しげな声で軽快なメロディを唄い始めた。


 な、何をする気だ! そして何だ、その意味不明なシリーズは!?


「それは特に祭りでも記念日でもない普通の朝の事だった~」

「ナ、ナタル? お前は何を────」

「わざわざ早起きしてパン屋の前で出待ちして~、出勤前のフラン姉に一言~。『フラン……、俺という剣の鞘となってくれ!』」

「ぎゃあああああああ!! 何で知ってんの、何でそんなひどい事するのお前!?」


 何でお前がそのセリフ知ってるんだ!! 俺が記憶から消したいランキングトップ3に入る、圧倒的黒歴史を!!


「その時のフラン姉の返答は『ごめん、ちょっと意味が良く分からない』だった~」

「いやあああああああ!! 思い出させるなぁぁぁ!!」

「フラン姉には、その時すでに婚約者がいて~。つまり兄貴は単なるピエロ────」

「うわああああああ!!」


 やばい、吐く。俺の心のデリケートな部分が、妹の無慈悲な斬撃でズタズタに切り裂かれる。


 コイツは悪魔か? 人の血が流れているのか? どうしてそんな酷いことを平然と行えるんだ?


「……ぷぷ。やっぱり兄貴だ」

「認める! 認めるからそれ以上話を続けないでくれ! その話は心にクるんだ、真面目に死にたくなるんだ」

「変に誤魔化すからだし」

「悪かった、悪かったから許してくれぇ……」


 敗北。やはり、兄という生き物は妹に敵わないらしい。


 俺は半べそをかきながら、悪魔のごとき妹に頭を垂れて許しを乞うのだった。

















「……ほーん。兄貴、結局マジで野良魔族に負けてんじゃん」

「うぐっ!!」

「しかも、レックスとかいう生涯のライバルに助けられ」

「ぐはっ!!」

「挙げ句、女の子にされて元の体に戻ることも出来ない」

「あああああっ!!」

「兄貴、だっさ」

「もうやめろぉぉぉ!! お前、もう少し言葉を選べよ? お兄ちゃんのハートが繊細なの、よく知ってるだろ!?」


 こうして、妹に自らの正体を暴露させられた俺は、今までの本当の事情を逐一説明する羽目となった。妹からの心無い罵倒に深く傷つきながら。


 せっかく奇跡の生還を果たしたのに、妹から返ってきたのはこんな罵倒だ。酷すぎる。


「兄貴こそ、私達の気持ちを考えてほしいし。母さんがどれだけ悲しんだと思ってるの? 今度、顔を見せに戻ってこい」

「う……分かってる。それはすまんかった」

「はぁ、兄貴がそう簡単に死ぬとは思ってなかったけど。女の子になってるとか、ちょっと情けなさ過ぎて想像外だし」

「だからもうこれ以上兄ちゃんの心を抉ってくれるな? 泣くよ?」


 言葉はナイフ、とよく言うが……、妹のナイフの切れ味はちょっとレベルが違う。レックスの大剣並によく切れそうだ。


 妹は良い剣士になるかもしれん。


「はぁ……、兄貴は本当にアレだし」

「アレって何だよ」

「言わなきゃ分からない?」


 俺が妹に切り刻まれた繊細な心を、ポロポロと涙を流して癒していたら。ナタルはす、と顔を伏せて俺にもたれ掛かってきた。


 そういや、最近コイツとは顔を合わせていなかったな。いつの間にか妹の身体は、もう子供とは言えない大きさになっている。


 更に俺は女性化して小さくなり、生前程の体格差はなくなってしまった。小柄な俺の体躯に、ずっしりとした妹の体重を感じる。


「兄貴は本当、アホだし」

「……ナタルにだけは言われたくないなぁ」

「アホ過ぎて何も言えないし」


 それは、ナタルの甘えなのだろう。ぎゅ、とナタルが両腕で俺を包み込んだ。その声が徐々に震え、湿り気を帯びてくる。


「兄貴のアホー……」

「……あぁ。アホだったな、ごめん」


 やがて妹は、グスグスと目から涙を溢し始めた。俺はそんな妹の背を撫で、落ち着かせてやる。子供をあやすかのように。


「生きてたなら……言えよぉ」

「ごめんな」


 小さく嗚咽を溢す妹を、優しく抱き締めて。俺はナタルを、その場でそっと慰めた。


 そうだよな。俺、凄くナタルを悲しませてたよな。あー、本当にアホだわ俺。


「ごめん」

「うっさい、負け犬」


 ────そんなアジトの裏庭の、二人きりの時間は。月夜に照らされ、ゆっくりと過ぎていった。

次回、2章最終話

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