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短編 (山乃末子)

かくれんぼ ~醒(さ)めない悪夢~

作者: 山乃末子


 彼女は私に言った。この世には誰の記憶にも残らない恐ろしいモノ達が実在していると。その上私はそれらに会ったこともあるという。でも私はそれらを自分の想像だと思い込んでいる。さらに彼女は言う。私はそのモノ達の世界へ行ったことさえあると。合わせ鏡を作ることで入り口を開いて。でも私はその時のことも悪夢として記憶に押し込めた。あまりの事に何も答えられない私に彼女は告げた。そのモノ達が実在する証拠に、もうすぐ彼女はいなかった事になることを。



 私は突然姿を消した彼女のことを考えている。学業そっちのけで。必死になって。


 ・・・こんなバカな話がありますか。私の学友が、同じ学部、同じ講義も取っていたはずの友達が、大学に籍がないなんて。他の友達に聞いてもみんな知らないって言う。名前を言ってもわからない。・・・写真が、せめて写真でもあれば・・・残念ながら一つもない。入学の時の集合写真にはもちろん入っていなかった。その頃はまだ知り合ってなかったけれど。サークルで聞いても誰一人彼女の名前を知らなかった。・・・あり得ない。もちろん電話もしたが、その番号は使われていません、という例のコールが聞こえるだけだ。メッセージも送信できない。アカウントごと消されてしまったようだ。いくら事情があっても普通こんなことしないだろ。・・・例えば、明日、私が事故や病気で死んだって、私のスマホやアカウントがそんなことにはならない。


 下宿にも行った。一度遊びに行ったことがあったから覚えている。留守だった。問い合わせると、空き物件だった。いつからですかって聞いたけど、春から誰も入ってないって。そんなわけないじゃない。だって私が彼女の下宿に遊びに行ったの5月だよ。私は頭を抱えた。講義なんか出ても頭に入らない。もう彼女のことしか考えられなかった。


 ・・・


 彼女と知り合ったのは同じ講義に出てたから。たまたま隣にいてペンを借りた。綺麗なロングヘアで物静かな子だった。たまに後ろをくくっていることもあったが、ほとんどストレートだった。長いスカートをいてることが多かった。少し変わった人に見えたが、しゃべってみると意外に話は合った。背はまんなかぐらい。肌の色は抜けるように白かった。血管が、静脈がうすく青く見える感じだった。確かにちょっと浮世離れしてる感じはしていたけれど・・・


 彼女はいなくなる前の日に、おかしなことを言い出した。・・・なんて言うのか、つまり、失踪予告のようなことを。・・・私は・・・スルーしたってことになるんだと思う。彼女の様子は特にいつもと変わらなかった。その後彼女は予定があるとかで別れた。私は下宿へ戻った。私がなんとなく振り返ってみると、意外とまだ近くにいた。私の方に背を向けて歩き去るところだった。


 その夜変な夢を見た。彼女とかくれんぼする夢を。私が鬼で彼女が隠れる。彼女は「もういいよ」は言わなかった。返事がないのをかいして、私は夢の中を探し始める。木陰にしゃがんだ影が見える。長い髪の女の子。肩に手をかけて声を掛けると、すっくと立ち上がって振り返った女は彼女ではない。そいつは狂喜の笑い声を上げながら私に襲いかかる。髪を振り乱し追い迫る鬼女きじょから必死で逃げているところで目が覚めた。


 その日、いつも会ってた午前の講義に彼女は居なかった。私はまさかとは思ったけれど、それとなく友人や知り合いに聞いてみた。私の杞憂きゆうを晴らしたくて。でも、彼女のことを知っている人はいなかった。特徴を言っても、首をかしげるだけだ。サークルで聞いても結果は同じだった。そんな。だって私と一緒に来てたでしょう。こんなことってある?


 ・・・


 一週間たっても彼女の行方ゆくえはわからなかった。大学へも出てこない。


 私は学業どころではなくなった。彼女が存在していたことに疑いはない。大学に外部の人間が入ってくることは、うちの大学の場合は充分にありうる。特に入るのに身分証は必要ない。でも、でも、説明がつかない。彼女は講義に普通に参加してたし、そりゃあそんなに目を引くわけじゃなかったかもしれないけれど、特徴的なあのロングヘアを誰も覚えていないなんて。サークルの人も誰一人覚えていない。講義はまだわかるけれど、私と一緒に来て参加してたのに、誰一人知らないなんて、そんなことがありるの? それに下宿。私が入ったこともあるその部屋は誰も借りていないことになっていた。そんな訳ない。


 ・・・私は彼女にだまされているのだろうか。それともからかわれているのか。もしかしてこれはなにかのドッキリで、私はターゲットにされてる? 何のために。そんなことしてどうするの。・・・私は友人やサークルの先輩やアパートを管理してる会社にもう一度彼女のことを聞いてみたくて仕方がなかった。でも、怖くて聞けない。・・・だって、どうして彼女のことを知らないはずがあるの。何故なぜそんな嘘をつくの。もしかして、私だけ・・・いやそんなはずない。そんな訳ないじゃない。


 ・・・


 日がつにつれ、私は表面上は普通に振舞っていたが、おなかに何か重いものがまっていくような感じがしていた。友達、サークル、彼女達皆かのじょたちみんなにからかわれているのか。じゃあどうしていつまでたっても彼女は私の前に現れないの? ・・・そもそもそんな人間本当に始めから居なかったのか。じゃあ、じゃあおかしいのは私なのか。でも、彼女の鮮明なイメージ、会話、やりとり、あれらが幻だなんてことがあり得るのか。私は考え続ける。・・・それしかできないから。


 私は夜も眠れなくなった。彼女のことが気になって仕方ないのだが、私にはどうすることもできない。いくら考えても彼女を見つけ出す方法なんてなさそうだし、彼女が消えたことについて合理的な筋道を立てた説明もできない。このまま待っていたら、そのうちに何でもなかったようにまた現れるのだろうか? 彼女が存在してないわけがない。私がおかしいはずもない。・・・でも、そうすると、私の周りの人たちがグルになって私に嘘をついていることになる。どうしてそんなことを? 何のために? 私は周りの人間の様子や顔色を伺うようになった。でも、何もおかしなものは見つけられない。きっと、彼女のことはもう済んだことなんだろう。・・・なんだ? 済んだことって? ・・・わからない。


 ・・・


 二週間目ぐらいに変な夢を見た。つまり、この世は既にあいつらに侵食されてる。既に、というか元々ここはそういうところなんだ。私が知らなかっただけ。大学の友達も、サークルの先輩も、奴らに喰われている。取り付かれていて、操られている。でも、ダメ。何も言っちゃいけない。気付いた素振りをみせちゃ駄目。絶対に。そんなことをしたら、奴らは一斉に襲いかかってくる。そうして、私も、いなかった事になるんだ・・・彼女と同じように・・・


 ・・・


 一月ほどたった頃、私は限界を感じ始めた。私はいつまでたっても確かな答えの出ない堂々巡りから抜け出せないでいた。ついに自力でここから出ることはできないと悟りはじめた。私の頭がちゃんとしてて、記憶も間違いないというなら、私の周りの人達がグルになって、彼女と一緒に私をだましていることになる。でもそんなことする理由なんて何もない。・・・じゃあ、私が・・・私がまともだっていう前提条件がおかしいのか。こんなことを相談できる友人は居なかった。居たとしても結局相談なんてできなかったかもしれない。私はこの話を他人にするのが怖くなってきていた。・・・それこそ彼女がいれば、聞いてくれたかもしれないけれど。親や兄妹に話しても無駄だろう。私だってこんなこと相談されたら困る。どう答えて良いのかもわからない。


 私は病院へ行った。私は自分がおかしいのではないか、ということを正直に担当の先生に話した。中年の、やや痩せた誠実そうに見えたその先生は、最初信頼できる感じで、優しそうだった。でも、なぜか、話が進むにつれて、私はなんだかおかしな感じがしてきた。・・・つまり、この先生も、彼女達とグルなんじゃないか、私はめられてるんじゃないかって。先生が何かおかしなことを言ったり、した訳では全くないんだけれど。薬も出してもらったが、私は全部捨てた。二度とその病院にも行かなかった。


 ・・・


 ・・・私はついに、最後に私ができることを試してみた。私は正気で、私の記憶は正しく、彼女も実在している。友達やサークルの先輩達の記憶に彼女がない理由。すべてを説明できるありえない馬鹿げた話。彼女は奴らに消されたか、向こうの世界へ連れていかれたんだ。・・・それを確かめる方法は・・・


 夏休みに実家へ帰って、母の部屋を借りた。電灯も消して、窓のカーテンも締め切っている。化粧台の私の前には合わせ鏡。なるべく正確にできるように直角定規を使った。がんばったけれど、それでも像は無限には続かず、ほんの少しずつ上方へ上がっていった。


 こんなことをしてどうなるのだろう。馬鹿馬鹿しい。・・・でも、私にできることは、もう他に何もない。こうして鏡に映る自分自身を睨みつけながら、夜通し起きていることしか。


 外で鳥の鳴き声がする。狐か猫に襲われでもしたのか。悲痛な声。一瞬視線が鏡から離れる。その瞬間、悪寒おかんがした。


 合わせ鏡に意味があったのかどうかはわからない。彼女は正面に写った。顔の色が、暗かったこともあるが、いよいよ白く、もはや人ではない感じがした。音はしないが、私をからかうように、歌うように、あの言葉を発そうとしているのがわかった。・・・言わせてはいけない。決して。あの五文字を言わせる前に・・・


 化粧台の鏡は粉々に砕け散った。それなりに大きな音がしたはずだが、私にはその音を聞いた意識はなかった。だだ、次第に自分のものとは思えないぬくみを両手に感じてくる。・・・そして、音になっていないはずの声が聞こえる。聞こえた気がした。


 「本当にいいのよ。わたしのことは」


 私はどれだけの間立ち尽くしていたのだろう。悪夢にも思える現実は鏡の破損とじわじわくる両手の痛みだ。もしあの時彼女にすべてを言わせていたらどうなっていたのか。


 彼女のことについて私はわかった、と思う。彼女はむこうのがわへ行った。それはいい。ただ、私にとって、それからは狂気が特別なものではなく、あたりまえになった。


 お読み頂きありがとうございます。楽しんでいただければ幸いです。


 蛇足かもしれないとも思いましたが、書いてみました。「あの、恐るべきモノ達、悪夢」の続きの話ですが、先にこっちを読んでしまうと、前の話を読む意味はあまりないかもしれません。前に書いた話が、完全性という意味でかなり瑕疵かしがあるので、補うことができないかなあと考えていたら、別の話ができました。


 私としては、前の話はそれはそれでいいと思っていましたが、いくつも不完全な点があります。逆にその方が怖いというところもあると思います。それに続きを書いて、さらに不完全な点が増えてしまったようにも思います。ただ、この話は前のとは違った怖さはあると思います。


 化粧台は昭和の嫁入り道具的な、開けて合わせ鏡になるタイプをイメージしています。最近は洗面台でできるみたいですね。


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