第一章⑧
一通りの作業を終えると、玄関の一角は、燃料となる大量の木片が占めることになった。すっかり暗くなった廊下には、台所と居間の部屋から、それぞれ仄かな明かりが漏れている。
「お疲れさーん、って、うわっ」
LED式のランタンを片手に、台所から現れた市口は、積み上げられて小山のようになった木々を見て、驚きの声を上げた。
「これまた精を出したわねえ」
「まあ、足りないよりはいいんじゃねえか?」
肩をすくめ、軽妙な仕草をする蕪木に、前崎も雪を掃いながら同意するように首肯した。
「それもそっか……こっちに来る前に見た天気予報でも、今夜から大気が不安定になって寒波が押し寄せるって言ってたからね……」
「ふーん……。なら今夜は冷えそうだな……ところで、肝心のメシはまだか? いい加減、腹減ったぜ」
「今運んでるところよ」
市口がそう言うと、台所の奥から、
「すみません、葉子さん。これってどこに……」
遠慮がちな声が聞こえてきた。
「はいはい。今行くわ――」
「あれ? 今のって、紙倉さんですよね? 彼女、二階で休んでたのでは……? 大丈夫なんですか?」
前崎の疑問に市口が頷く。
「少し横になったら気分が良くなったって言って降りてきたから、途中から手伝ってもらうことにしたの。自分だけ、じっとしてるのも悪いと思ったんでしょうね……あの子らしいわ」そう言って、目を細める。「――あ、もうすぐ用意出来るから、二人は向こうの部屋で待ってて」
市口と別れて居間に入ると、部屋では梁に引っ掛けられたランタンの光の下、中原が食器類の準備をしていた。
囲炉裏の上から伸びる自在鉤には、深めの鉄鍋が吊り下げられていて、閉じられたその蓋の隙間からは湯気が漏れている。
「おおっ、うまそうな匂いだな」
蕪木がウェアを脱ぎ捨てながら、はしゃぎ声をあげる。
「あ、蕪木さん。お帰りなさい。どうぞ、座っててください。前崎さんも、お疲れ様でした」
「……ああ」
前崎も頷いてウェアを脱ぐと、囲炉裏の傍に腰を下ろした。それから中原が差し出してきたビニールパック式のウェットティッシュを一枚貰い、黒ずみで汚れた自らの両手を丁寧に拭いた。
囲炉裏にくべられた炭の割れ目の中では、赤い炎が、溶けた鼈甲のような輝きを放っている。そこへ冷え切った手をかざせば、じわりとした柔らかい温かみが、沁みるように広がった。
そうしてしばらく温まっていると、
「さっむーい……」
風呂を担当していた冴和木が身体を小刻みに震わせながら居間へ戻ってきた。
「よう、そっちの方はどうだ?」
軽い口調で蕪木がその首尾を訊ねると、彼女は若干不機嫌そうに口を尖らせた。
「今、外で哲也と省吾が火を点けてくれているわ。それにしても、水が冷たくて手が凍りかけたわよ……」
そう、ごちりながら、冴和木はもどかしそうにギリギリまで、その身体を囲炉裏の中央へ近付ける。その間にも、居間には市口、中原、紙倉によって次々と料理が運ばれてきて、ランタンの明かりの下を彩っていった。
おこげの混じる白米に、ソテーされた鮭の切り身。ほうれん草の胡麻和えが副菜として添えられ、食欲を誘う。
「器が使い捨てタイプなのは雰囲気にそぐわないかもだけど、許してね」
市口がくすりと笑う。
その後、食事の準備がすっかり整おうかという頃になって、ようやく相羽と加藤が雪で濡れた防寒着を脱ぎながら姿を見せた。
「遅かったなあ」
胡座を掻いて待ち遠しそうに両膝を揺らす蕪木が、二人に視線を送る。
「風呂釜の火が安定しなくてな。ちょっと苦戦してたんだ」
やれやれと相羽がため息をつく。
「で、お風呂はどんな感じなの?」
冴和木が心配そうに訊ねると、
「今沸かしてるよ。大量の薪をくべて来たから、後は勝手に燃えてくれるだろう。頃合を見て火の調整をする予定だ」
加藤は腰を伸ばし、鼻を啜りながら答えた。