第一章⑥
古民家に着いたのは、午後三時五十五分を回った頃であった。西に傾き始めた太陽は、搾り出すかのような精一杯の光を放っているようだったが、残念ながら、灰色の雲によって大部分が遮断されてしまっていた。
「みんな、ご苦労様」
居間に集まり、ザックを降ろすと、市口がほっと息を吐いた。
「結構体力使ったわね……汗だくだわ。――ねえ哲也、この家って、お風呂使えるの?」
冴和木が気だるそうにウェアを脱ぎながら言う。
「ガスも電気も通ってないが、風呂は薪で沸かす五右衛門式だったから、使えることは使えるぞ。まあ、長い間使用されていなかったようだから、まず、しっかりと掃除をしなきゃいけないけどな」
「お風呂に入れるんだったら、掃除くらい喜んでするわ」
冴和木が腰に手を当てながら笑みを零す。
「ふむ。だとしても、問題はまだある」
「何?」
「持ってきた飲料水には限りがあるから、風呂用の水となると裏手の井戸から大量に汲んでこなきゃならないんだ」
「うげっ。誰がやるんだよ……」
思わず蕪木が愚痴る。
「それは男子の仕事ってことだったでしょ? 竜真、お願いね」
にべも無く、さらりと言う。
「風呂なんて一日くらい、入らなくたっていいだろう」
「絶対嫌よ。汗汚れを落とさないなんて、蕁麻疹が出るわ。そもそも、力仕事は男って言ったのは、誰だったかしら?」
「…………っ」
蕪木が言葉に詰まってしまったことで、この戦いは決着がついたようだった。
「――それじゃあ、凜華にはお風呂の準備をお願いしようかしら」
市口から向けられた視線を、冴和木はウインクで返す。
「まかせて。そのかわり、一番風呂は貰うわよ」
「げんきんなものねえ……。沙希ちゃんは、食事の準備を手伝ってもらえる?」
「分かりましたっ」
「真由子は休んでいて。疲れたでしょう?」
「い、いえ……そんなことは……」
虚勢を張るも、紙倉の疲労具合は、血色の悪そうな顔色からして一目瞭然だった。そんな彼女に、市口は優しく声を掛ける。
「無理しないの。こんな場所で体調でも崩したら、それこそ大変じゃない。今日はいいから……ね」
「そうですよ、真由子さん。こういうときは、持ちつ持たれつです」
彼女はしばらく迷っていたようだが、中原の言葉もあってか、やがて、申し訳なさそうに頭を下げた。
「……すみません。じゃあ、少しだけ部屋で休ませてもらいます」
「ええ。ゆっくりしてて」
紙倉はもう一度深くお辞儀をすると、重たそうな足取りで二階へ上がっていった。
その姿を見送ってから、仕切りなおすように相羽が言う。
「じゃあ、俺たちの仕事は薪割りと水汲みだな薪割りは俺が行くとして……もう一人は……前崎くん、手伝ってくれるか」
「ええ、構いませんよ」
「よし。なら、水汲みは哲也と竜真がやってくれ」
「ああ」
加藤が了承した一方で、蕪木は眉間へ皺を寄せる。
「もうヘトヘトなんだがなあ」
「文句を言うなっての。軽い仕事を回してやるから。ほら、行くぞ」
めんどくさそうな声を上げる蕪木の背中を加藤が押すと、二人はその場を後にした。
「――さてと、前崎くん。俺たちも行こうか。急がないと暗くなっちまう」