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第一章⑤

 最初はたわいない談笑を交えていたメンバーたちも、次第に言葉数が少なくなり、足音と呼吸のリズムだけが、大半を占めるようになっていた。

 周囲を覆いつくす雪は、場所によって脛の辺りまで積もっていた。その下には、動物が掘った穴や崩れやすい足場などが存在している可能性もあり、地面の土が見えない分、不用意な行動には注意が必要である。当然、先頭を歩く相羽やその後ろの市口は神経を使っていることがうかがえたが、一方で、メンバーが踏み固めた狭い一本道だけを歩くというのも、中々にバランス感覚が必要となるため、隊列の後方につけている前崎といえど、意外に体力を消費していた。

 そんなことなど露知らずといったように、空では白鳥の鳴き声が響き、V字型に並んだ集団が、地上を歩く八人を尻目に、羽をぴんと伸ばしながら優雅に去っていく。

「真由子さん、大丈夫ですか?」

 鳥たちを見送ってから視線を後方へ移すと、最後尾を歩く紙倉に、中原が心配そうな声を掛けていた。

「は、はい」

 しかしその返事は思いのほか弱い。紙倉は集団から少し遅れ始めている上に、だいぶ息を切らしているのが傍目から見ても明らかであった。彼女はメンバーの中で一番体格が小さく、この雪道はかなりこたえているようだ。

「――少し休憩しませんか?」

「そうするか……」

 さりげなく投げかけた前崎の言葉に、先頭を行く相羽たちが同調し、そこで隊列が止まる。

 前崎は傍らの木に寄りかかり、ウェアのファスナーを半分ほど下げた。籠もった熱が解放され、入れ替わるように入り込んでくる冷気が、汗の滲む身体を心地よく撫でる。

「真由子、大丈夫?」

 前方にいた市口は、紙倉の元に歩み寄ると、ザックから水筒を取り出し、お茶をコップに注いで手渡した。

「はい、これ飲んで」

「す、すみません。ありがとうございます」

「気にしないで。疲れたら疲れたって、ちゃんと言うのよ」

「はい……」

 その頃、列の先頭では、相羽と加藤、蕪木が地形図を覗き込んで話し合いをしていた。

「どこまで進むんだ?」

 蕪木が鼻をすすりながら訊ねる。

「もう少し先に、落ち武者の恋人だった女が身を投げたとされる湖があるらしいんだが……予定ではそこまでかな」


 しばらくの休憩を挟み、歩みを再開した八人は、更に十分ほど進んだところで、その言葉通り、柵に囲まれた、湖らしき、ものを発見した。『らしき』……というのも、それは到底、湖と言うにはあまりに小さすぎる代物であったのだ。どちらかというと『池』や『沼』に近いだろうか……。しかも、全体のほとんどが雪に埋もれた状態で、全員をすっかり拍子抜けさせるものだった。

「立て札みたいなものも……特にないわね」

 冴和木は辺りを見渡し、少しがっかりしたように呟く。

「ま、地方の民話なんて、所詮はこんなもんだろうな」

 蕪木は鼻白みながら、足元の雪を掴んで丸めると、柵の向こう側へ放り投げる。そんな中、中原だけは周囲を興味深そうに携帯のカメラで写真に収めていた。

「何もない風景をそんなに撮ってどうするんだよ?」

 前崎が呆れたように訊くと、

「重要な記録ですよ。記念すべき、私たち郷土史研究会の第一歩なんですから」

 中原は満足そうに言った。

「ってことは、二人は初フィールドワーク?」

 そこで、会話を聞いていた市口が話しかけてきた。

「はい、そうですっ」

「そっかあ……。うーん、じゃあ……今回の場所は、ちょっとコアすぎたかしら。……ごめんね。せっかく参加してくれたのに……」

「いいえ、そんなことないですよ! 私が求めていたのはこういうのだったんです」

 本当かよと前崎は突っ込みたくなったが、あくまで心の中だけに留めておく。

「それならいいんだけど……。ところで、沙希ちゃんと前崎くんは、いつもどんな活動をしているの?」

「それがですね、聞いてくださいよ。前崎さんは全然やる気なくて、いっつも部屋で本を読んでいるだけなんですよ。読書は知的財産を増やす立派な活動だ、なんて言い訳を言って――」

 すると市口は思わず吹き出して、面白そうに笑い声を上げた。

「あははっ。それじゃあ、今回はどうして参加をしようと?」

 中原はその経緯を、半ば大げさにしながら、市口に説明していく。それに対し、前崎はただ、渋い顔でため息を吐くだけだった。


「ねえ、ところで今何時?」

 冴和木の問い掛けに、加藤が腕時計を確認する。

「えっと……三時二分だな」

「じゃあ、そろそろ戻らない? 思ったような成果も無かったわけだし、これ以上ここに居ても意味ないでしょ? 夕食の準備もあるし……」

「そうだな。暗くなっても危険だ」

 倒木に腰をかけていた相羽は、その意見に同意すると、立ち上がって全員へ声を掛ける。

 そしてちらつき始めた雪の中、八人は行きと同じような順列になって、来た道を戻ることにした――。


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