第一章④
昼食を終えたメンバーは、一度、二階の個室へ戻り、防寒対策をしたのちに再び居間へ集まっていた。
事前に前崎と中原の分のスキーウェアと防水ズボンも用意してくれたと言うので、二人はそれを着用した。
「あ、そうそう――貴重品の管理は各自でお願いね。こんなところに泥棒が出るとは思えないけど、一応」
市口が思い出したように言う。
すると、
「泥棒じゃなくて、ミノタウロスが来たりしてな?」
蕪木がニヤリと口角を吊り上げて、意味深な言葉を返した。
――ミノタウロス……?
確か、中原が印刷して持ってきた紙に大きく書いてあったワードだ。
「もう! 冗談やめてよ、竜真」
蕪木のあおるような言動を、市口がたしなめる。
それから八人は、雪で包まれる前庭に出た。新雪の絨毯が広がる庭を左手に進み、葉が落ちた木々が覆う広大な森へ一列になって入っていく。先頭は一番身体の大きい相羽が務め、次点に市口、加藤、蕪木、冴和木、前崎、中原、紙倉の順番で並んだ。
「空気が澄んでて気持ちいいわね。これで天気が良かったら最高なんだけど」
風はさほど吹いていないが、空は市口の言葉どおり、完全に灰色の雲で覆われている。いつ雪が降り出してもおかしくないだろう。
「ところで蕪木さん――」
前崎が声を掛けると、蕪木は歩きながら首を横に回して後方を見やった。
「――あん? なんだい?」
「先ほど言っていた、ミノタウロスというのは?」
「え? ああ……正直俺もあまり知らないんだけどな。この辺りに伝わる民話らしいぞ――なあ、哲也?」
蕪木が強めに声を張ると、加藤は前を向いたままそれに応えた。
「よくある話さ。大昔、この辺りにあった小さな村に、戦で敗れた落ち武者とその恋人が逃げ込んできたそうだ――」静まり返った森の空気は、声を一段と響かせる。「――落ち武者は戦いの傷によってまもなく亡くなってしまったが、村人たちは、独り残されて悲しむ恋人を手厚くもてなした。その甲斐あってか、女も日ごとに、少しずつ傷心を癒やし始めていたらしい。……ところがある日、そんな女の美しさに欲望と嫉妬を抑えきれなくなった村の若い奴らが、酒を多量に飲ませたあげく、乱暴をはたらいてしまった」
「……酷い話だわ……」
市口が憤りを持った口調で呟く。
「それで、どうなったんですか?」
前崎が促すと、加藤は少し言い辛そうに続けた。
「ショックをうけた女は、森の湖で自殺したらしい。――そしてそれ以来、怒り狂った恋人の落ち武者が亡霊となり、女の死んだ森の中に潜みながら、村の人間たちを全て殺していったっていうオチだ」
「神話のミノタウロスとはだいぶ違う点も多いが、怒りに満ちる落ち武者の顔は化け物に見えただろうし、森を迷宮と考えれば、昔の人々がなぞらえたのも理解できるな」
先頭を歩く相葉が足元の雪を踏み固めながら言った。
「そうね。それに、落ち武者ってことは、兜や甲冑を着ていたでしょうから、その姿も、上半身は牛、下半身は人っていう、ミノタウロスの姿に似てると思ったのかもね」
市口が自らの考察も付け加える。
「――そう言えば、兜って角みたいなのがあるわよね?」
冴和木が思い出したように呟き、指でUの字を描く。
「鍬形な。因みに、クワガタムシの由来はここから来ているらしい」
相羽が淡々と説明すると、
「へえ~。トリビアじゃん」
蕪木が感心したように大きく笑った。