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第六章③

「証拠なら、ありますよ」

 前崎の毅然とした態度に、相羽の顔がピクリと動く。

「中原」

「あ、――は、はいっ」

 視線を外さないまま合図を送る。すると、それまで固唾を呑んでいた中原が、慎重な手つきであるものを持ってきた。

 前崎はそれを受け取り、全員の前で掲げる。

「これは冴和木さんの携帯電話です。彼女の部屋を調べたときに、ベッドの枕の下に置いてあるのを見つけたんですが――実は、このデータフォルダの中に、ボイス記録が残っていたんです」

「ボイス記録……?」

 市口が訊き返す。

「ええ。どうやら冴和木さんは、就寝前にこの合宿の記録を、録音という形で残していたようなんです。かじかむ指で文章を打つより、簡単と考えたのかもしれません」

 前崎は再生ボタンを押すと、そのボリュームを最大にした。そして同時に、補足説明を付け加えていく。

「聴いて分かるとおり、大半は何気ないものなんです。しかし重要なのは、それも終わろうかというとき……よく聴いていてください」

 携帯の小さなスピーカーから流れる音に、全員が耳をすませる。

 すると、それまで、とつとつと一人語りをしていた冴和木の声をノック音が遮った。

『こんな時間に誰よ……もうっ』

 冴和木のめんどくさそうな声と共に、がさりと大きな衣擦れの音がしたところで、ボイス記録の再生が、ぶつりと終了する。

「皆さん、聴こえましたよね? この録音の終盤には、ドアがノックされる音が記録されていたんです。おそらくこの後ドアを開けた冴和木さんは、そこにいた相手に殺害されてしまった……。データのプロパティを確認してみても、保存時刻は日付が変わった二日目深夜の一時四分~一時十二分となっています。この時間帯は、もう全員が就寝していたはずですから、このときに彼女の部屋を訪ねた人物こそが犯人とみて間違いないでしょう」

「――でもこれじゃあ、肝心の誰だったのかまでは分からないわ」

「いいえ市口さん。それが分かるんですよ」

「えっ?」

「実は先ほど、皆さんを一人ずつこの部屋へ呼んだのは、とある実験をしたかったからなんです」

「実験?」

「あのとき俺は、時間を指定し、市口さん、紙倉さん、相羽さんの順番で来てもらうようにと中原に指示を出しました。しかし、いざ皆さんが部屋の前に来たと分かっても、あることをするまで、あえてドアを開けなかったんです。それが何か……最初に来た市口さんなら、分かりませんか?」

「そんなこと言われても……」

「決して特別なことではありません。至極、単純なことですよ」

「……私も含めた三人が、共通してやったことなのよね?」市口は考えこむように頬に手を添える。「…………あっ……まさか……ドアのノック?」

 その瞬間、相羽は表情を強張らせ、対照的に前崎はやわらかい笑みを湛えた。

「正解です。俺が皆さんを一人ずつ呼び出したのは、その、『ノック音』を録音したかったからなんです。普段は気にも留めないことですが……人というのは、実に様々な癖を持っているんですよね。箸の持ち方から、ごはんの食べ方。話し方や走り方、そして――ノックの仕方なんかにもまた、本当に僅かですが違いが出るんです」

 前崎は右手で、壁を軽く叩いてみせる。

「例えばこんなふうに、手の平をドアへ向け、一般的に言われる第一関節から第二関節までの面を折り曲げて叩く人もいれば、指先や爪の辺りを使う人なんかもいます。あるいは反対に、手の甲を向け、人差し指から小指までの一番硬い、指の付け根の突起を使うやり方もある。更に言えば、ノックのテンポや回数、スナップの仕方も、それぞれ人によって微妙に異なります」

 見え始めた話の終着点に、誰もが固唾を呑む。

「では、肝心の問題である、冴和木さんの携帯に残されていたノック音の最大の特徴は何か? それは、三回を一セットにして叩いているという点だったわけです。ここまで言えば、もう分かりますよね? そう……メンバーの中で、その特徴を持っていたのは、あなただったんですよ! 相羽さん!」

 前崎の指摘に、相羽の顔がひきつる。

「これこそ、あなたがあの時間に起きていた人物、つまり、犯人であるという証拠なんです。それでもお認めにならないと言うのならば、俺の携帯と冴和木さんの携帯に残された音声データを警察に提出して、その波長を解析してもらいましょうか? 詳しく調べれば、ノックの回数だけじゃなく、強弱やその間隔も、かなりの確率で揃うと思いますよ」

「………………っ」

 血走った目は、まばたきを忘れたかのように見開かれ、握り締めた拳も、ぶるぶると震えていた。それはまるで、反論の言葉を懸命に探しているかのようであったが、やがて、詰まらせていた息を静かに吐き出すと、相羽は肩の力をすとんと抜いた。

「最初にキミを見たとき、なんとなく嫌な予感がしたよ。残念ながら、それが的中しちまったようだな……。自分的には、上手くこなしたつもりだったんだが……」

「じゃあ、本当に……省吾が……?」

 自嘲的な笑み零す相羽の姿に、市口が愕然と声を震わせた。

「ああ……」

「ど、どうして!」

「そんなことを? か……。一言で言うなら復讐さ。一年前、俺にとって最愛の人を殺した奴らに対しての」

「……最愛の、人?」

「それはひょっとして、ヒトミさん、という方ですか?」

 その名前を前崎が口にした瞬間、言葉にならないざわめきが起きる。同時に、相羽の驚いたような表情が、その答えを物語っているようだった。

「やはり、そうなんですね」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、前崎さんっ。誰なんですか、そのヒトミさんって?」

「どうして前崎くんが、日登美ちゃんのことを知ってるの?」

 中原の問い掛けに答える間も無く、続けざまに市口が驚いた声を上げた。そんな二人に対し、前崎は至って平然と言う。

「俺が最初に気になったのは、一日目の夕食時にしていた中原と紙倉さんの会話だ」

「私と真由子さんの?」

「ほら、憶えていないか? あのとき中原は、紙倉さんに今の大学へ入った理由を訊いていただろう?」

「え、ええ。確か、オープンキャンパスへ行った時にサークルの勧誘を受けて、それで入学を決めたんじゃなかったでしたっけ?」

「ああ。だがその後、紙倉さんはこうも言っていたはずだ。自分を勧誘してくれた人は、もういない方だ、と」

「そういえば、言っていたような……」

「俺はここが少し不思議だったんだ」

「どういうことですか?」

 中原は眉根を寄せる。

「卒業した先輩なら、普通にそう言えばいいだろう? けれど、紙倉さんはその表現を濁した。つまり察するに、卒業してはいないが、大学にもいないということになる。じゃあ、どこへ行ったのか? ……考えられる可能性としては、病気や諸事情による退学……もしくは……亡くなってしまった、といったところだろう」

「あの会話で、そんなことまで……」中原は圧倒されたように言葉を零す。「……でも、どうして名前まで知っているんです?」

「それは今日の朝、紙倉さんを起こしに行った時に彼女との会話の中で出たんだよ。その際の表情やニュアンスが、中原と話をしていたときに近いものを感じたから、なんとなく同一人物かな、ってな」

 紙倉に目を配ると、彼女はそれを肯定するように、小さく頷く。

 するとそこで、市口が思い返すように呟いた。

「た、確かに……一年前の冬、当時一年生でサークルの部員だった山口日登美ちゃんっていう子が、亡くなってしまう事件があったわ……。でもっ! まさかそれが今回のことに……」

「日登美さんの存在が関係していると考えると、蕪木さんが納屋へ行った事にも、辻褄が合うんですよね。だって、彼は冴和木さんと加藤さんが亡くなったことに酷く怯えて部屋に篭もっていたわけですよ。にも関わらず、こっそりと納屋へ行ったということは、そこへ呼び出した人物が犯人でないと思ったからでしょう。彼自身、何か思い当たる節があって、この事件に日登美さんが関係していると踏んでいたのであれば、真っ先に疑いを向けるのは、当時から同じサークルの仲間であった市口さんと、オープンキャンパスで顔見知りだった紙倉さんのはずです。一年前に日登美さんが亡くなっているのなら、半年前に転入してきた相羽さんは、無関係と思っても不思議は無いでしょうからね」

 そうして相羽をちらりと見やる。

「ああ……すべて、前崎くんの言うとおりだ……。部屋で震えていた竜真に、犯人の目星が付いたって伝えたら、あいつはすぐに食いついて、俺の指示を聞いてくれたよ。殺されるとも知らずにな」

 彼は肩を竦め、鼻を鳴らした。その冷たい表情は、初日とはまるで別人のようだ。

「教えてもらえますか……相羽さん。そこまでして、三人を手にかけるに至った、日登美さんという方との、関係を」

 すると相羽は、深いため息を一つついて、静かに語り始めた。

「俺と日登美は、お互い家庭の事情で小さい頃から養護施設で育てられた身だったんだ。養護施設つっても、大人数のところじゃなくて、せいぜい3~4人しか居ない、いわゆる小規模のグループホームってやつだな。当然、一人一人の繋がりは濃くなりやすい。中でも日登美は、俺と年が近かった上に似た境遇ってのもあってか、意気投合するのにそれほどの時間は必要なかったんだ。高校生になる頃には、俺は弁護士、あいつは教師を目指して、お互い切磋琢磨していたものだ……。特にアイツは、地域の歴史や郷土史なんかに興味があったみたいでな……大学も、特待生制度が使えて、その手の分野が学べる所を選んだ。――それがこの大学だったんだ。……だけど、志を持って入ったサークルで、あいつらと出会ってしまったがために、全てが狂った」

「何が、あったんです?」

「約一年前、クリスマスを一週間後に控えた夜のことさ。バイト終わりの俺の携帯に、日登美からの意味深なメールが入っていたんだ。何度連絡しても繋がらなくて、遠くでやたらに救急車両のサイレンが鳴っていたのをよく憶えているよ」相羽は拳を震わせて続ける。「……心臓の止まった日登美がその中心にいたと知ったのは翌日のことさ。警察は、酔った勢いで公園の池に足を滑らせた結果の事故死、もしくは自殺と簡単に断定したが、まだ二十歳にもなっていなかった日登美が好んで酒を飲むとは思えないし、悩んでる素振りだってなかったから、当然、何か尋常じゃ無い事があったのだとすぐに悟った。だから、日登美の死後、俺はその原因を調べて周ったんだ。けれど大学は箝口令が敷かれているのか、見知らぬ俺に詳細な情報を提供してくれる者なんて到底いなかった。そこで俺は、思い切って転入することにしたんだ。偏差値では元の大学のほうが高かったし、スポーツのちょっとした実績もあったからな。さほど難しくはなかったのさ」

「日登美さんと同じサークルに入部したのも、メンバーの腹のうちを探るため?」

「ああ。事情を知っている奴が居るなら、必ずボロを出すと思ったからな。そうして三ヶ月ほど経った頃だ。飲み屋で哲也と竜真を酔わせて、何があったのかを聞き出した。そのときに、懇親会で冴和木を含めた三人が共謀して、日登美の飲み物に違法薬物を混入し、摂取させたことを知ったんだ」

「違法薬物……」

「今で言うところの、危険ドラッグってやつだ。……竜真は自らの好意をあしらわれた腹いせに、哲也はイタズラ半分、凜華は、見た目への些細な嫉妬心から……。そんなくだらない理由で、日登美は未来を絶たれたんだ! ……考えてもみろ。教師を志す人物が、違法薬物に関わりを持ってしまったとなれば、その資格を失うに等しいじゃないか。……もちろん、状況からすれば大半の奴は気にするなって言うだろう。けど、アイツは親の愛情を受けられなかった分、心の弱い所もあったから……だからこそ、違法薬物を摂取してしまったという事実を知った日登美は酷く絶望し、悩み……俺にただ約束を果たせなかったことに対する謝罪だけをメールに残して自殺してしまったんだ」

 相羽はぶつけどころの無い悔しさを表すかのように、自らの拳を壁に叩きつけた。

「その……約束というのは?」

 前崎が問う。

「お互いに夢を叶えるっていう約束さ。そのときには、結婚も視野に入れていたんだ。なのに、あの三人は、自分たちのやったことが日登美の夢を狂わせ、死に至らしめたことなんて気にしていないかのように普段どおりの生活を続けていた。それを見ているたびに、アイツの苦しみを思い知らせてやらなければという衝動が湧き上がってきたんだ。――けど、三人もの人間を殺すなんて、人目の多いところでは難しい。……そんなとき、ふと思い出したのさ。養護施設に居たとき、そこのイベントでトレッキング合宿があったことをね。……その場所ってのが、まさにここだ」

 すると、市口が慌てたように声を上げた。

「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃあ、私たちはここに誘導されたってことなの?」

「……ああ」

「ありえないわ! だ、だって今回の合宿候補地としてここを見つけたのは、私と哲也だったはずよ? もちろん、最終的にはメンバー全員に同意を取ったけど、それまで、省吾は口出しなんてしなかったじゃないっ」

 二人のやり取りをじっと見ていた前崎が、そこで口を挟む。

「市口さん。一つ訊きたいんですが、この場所はどうやって探したんです?」

「どうやって、って……パソコンを使って色々検索して……そしたら良さそうな場所があったから……」

「それはもしかして、誰かの個人ホームページやブログだったんじゃ?」

「よく憶えてはいないけど、たぶん……」

「では、それを作ったのは相羽さんだったんですよ」

「な、なんですって!」

 市口は咄嗟に相羽の表情を窺うが、彼は一切の否定をしなかった。

「人っていうのは、自分が興味のある情報にばかり目が行ってしまう傾向があって、それを作った人には意外と無関心だったりするんです。同じサークル内にいれば、当然、どんな場所が候補地として求められているかも分かるわけですから、興味を引くようなサイトを作ってそこへ誘導することは、それほど難しくなかったでしょう」

 違いますか? と、相羽に確認を求めれば、彼は力なく笑って言う。

「……その通りだよ。葉子と哲也が興味を持ったサイトは、まさしく、俺が作ったものだ。だからミノタウロス伝説も、誘い込むための作り話。全て嘘さ。全く、キミは本当に頭が回る奴だな……前崎くん」

 相羽の褒め言葉を「……どうも」と受け流す。そして、

「でも、そこまでしてここを選んだということは、相羽さんは当然、鍵のトリックにも当時から気づいていたわけですね」

「ああ。あの合宿は中一か中二のときだったかな。当時、俺は体調を崩してしまって、二階の部屋で寝ていたんだ。そうしたら、別の部屋から物音がしてな。ドアの隙間から顔を出してみると、民宿のオーナーが空き部屋の鍵を使って、複数の客室に侵入しているのを見ちまったんだ。そのときは目ぼしいものが無かったのか、何も盗らなかったようだが……。とにかく、そこから鍵の仕組みを調べた俺は、この二階の八部屋のドアが、変則的なキーロックシステムになっていることを理解したのさ」

「どうしてそのオーナーは、こんなドアのトリックを作ったんですか?」

 中原が訊く。

「俺も正確なところは分からんよ。でも、今はこんなだが、昭和の終わりから平成にかけては、かなり羽振りが良かったようでな。この民宿も、金の使い道に困って建てたようなことを自慢げに言っていたんだ。だからたぶん、ドア鍵のトリックは、一種の刺激を求めてのものだったんじゃないかと俺は思う」

「なるほど。でもそれから急速に景気が後退したことで、廃れてしまったわけですか」

 前崎の言葉に頷きながらも、相羽は続ける。

「もちろん、それも理由だろうけど、この建物に関して言えば、部屋の金品が無くなる騒ぎが絶えなかったからだと思う。おそらく、二階の部屋が空き部屋になっているときは、オーナーがその鍵でドアを開けて、恒常的に客の貴重品を物色していたに違いない。――しかしまさか、納屋の柱にトリックのヒントが記されていたとは……気づかなかったよ」

「……もしかしたら、そのオーナーは当時から物忘れが激しかったのかもしれませんね。……けど、鍵の繋がりをメモ用紙なんかに書いても、それ自体を失くしてしまう恐れがある。その点、納屋の柱なら火事にでもならない限り失くなることも無いし、当然のことながら盗まれることもありません。ここが民宿だったなら、客が納屋に入ることすら、ほぼ無かったでしょうから、そういう意味でも、うってつけの場所だったんでしょうね」

「そうかもな。仮に見つけられたとしても、それが何なのか、検討のつく奴はいなかっただろう。キミみたいな、奇特な人間を除いて」

「…………」

 前崎はどう反応していいのか分からず、困ったように頭を掻いた。それから一つ間を置いて、再び話を切り出す。

「――ところで、先ほど相羽さんは、ミノタウロス伝説が全て嘘だと言いましたよね?」

「ああ」

「……本当にそうですか?」

 前崎が念を押すように訊くと、相羽の表情が僅かながら曇ったように見えた。

「どういう意味だい?」

「相羽さんが作ったというミノタウロス伝説って、こんな話でしたよね?」

 そう前置きしてから、前崎は続けた。

「――ある小さな村に、戦で敗れた落ち武者とその恋人がやってきた。落ち武者は戦いの傷によってまもなく亡くなってしまったが、村人たちは一人残された恋人を手厚くもてなした。ところがある日、女の美しさに欲望と嫉妬を抑えきれなくなった村の若い奴らが共謀し、酒をたらふく飲ませたあげくに、乱暴をはたらいてしまった。ショックを受けた女は、森の湖で自殺し、怒り狂った落ち武者の亡霊が、殺人鬼となってその森に潜みながら、村の人間たちを次々に殺していった、と。――――これって、どことなく日登美さんの事件と似ていませんか?」

 すると、弾かれたように市口が声を上げた。

「そ、そう言われてみれば……! 村はサークル、大量のお酒のくだりは危険ドラッグと捉えられるかも……」

「ええ。それに、日登美さんは公園の池で亡くなっていたんですよね? これも、森の湖で自殺したという展開と似ています。これだけ重なると、決して、単なる偶然や穿うがち過ぎとは言えないと思うんですが」

 前崎の投げかけに、相羽はしばらく黙った後、ふっと思い返すように口を開いた。

「特別意識していたわけじゃないが……俺自身、引っ張られた部分はあったんだろうな……。だが、それは哲也や竜真もそうだ。どこかでやましい気持ちがあったからこそ、日登美の死が関係していると連想したはず。……まったく、自業自得さ」

 そのとき、遠くでヘリコプターの音が聞こえてきた。

「仏壇へ手を合わせるより前に全てが明るみになってしまったのは残念だが、俺は満足しているよ。きっと日登美も、空のどこかで喜んでくれているだろうさ……」

 相羽が天井を見上げながら、薄く哀しい笑みを湛えたときだ。


「果たして、そうでしょうかね?」

 前崎がポツリと呟くように言った。

「相羽さん。あなたは、蕪木さんの携帯で偽の遺書を作りましたよね?」

「それがなんだ。奴らのやったことを考えれば、それぐらい――」

「いいえ!」捨て鉢な態度を見せる相羽に対し、前崎は強い口調で言い放つ。「たとえどんな理由があったとしても、濡れ衣を着せるような方法で全ての行為の責任を押し付けようとしたあなたの行動を、教師志望だった日登美さんが本当に喜ぶと思いますか?」

 そこで懐かしそうに口を開いたのは紙倉だ。

「そういえば……日登美さん、言っていました。自分には大切な人がいて、お互い忙しくてあまり逢えていないけど、その人の真っ直ぐで優しい心が好きだから、弱い自分でも頑張れる、と……」

「…………」

 前崎は目を閉じ、いたむように言う。

「日登美さんが亡くなってしまったことは、本当に残念です。あなたが、彼女に対して何かしてやれたんじゃなかったのかと思うのも理解出来ます。――でも、だからといって復讐なんていう行為は、やっぱり間違っているんです」

 わななく相羽に対し、諭すように続けた。

「あなたが本当にすべきだったのは、三人を正当な方法で償わせることだったんじゃないでしょうか? 日登美さんが教師、あなたが弁護士を目指していたのであれば、なお更……」

「ううっ……」

 その直後、脱力したように膝からくずおれた相羽の瞳からは、大粒の涙が零れ落ちていたのだった――。

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