第六章①
ここから解決編です。
「――さて、これで全員揃いましたね」
ドアを閉めると、前崎は定位置になりつつある窓際に寄りかかった。ベッド脇には中原が立ち、出入り口の傍には、呼び集められた三人が並んでいる。一人用の部屋に五人もの人間が入ると、流石に窮屈さを感じてしまう。
「――それで、前崎くん。いったい、何をするつもりなの?」
市口が口火を切るように言った。
「皆さんに集まってもらったのは、ここで起きた全ての真相を、今のうちに明らかにしたいと思ったからです」
「真相……?」
「ええ。つまり、今回起きた連続殺人事件の犯人が、本当は誰なのか、ということです」
前崎の発言に、三人が思わず顔を見合わせる。
「お、おいおい……犯人って、それは竜真が自分の携帯に残していたじゃないか」
相羽が戸惑ったように手を広げる。
「あれは偽の遺書だったと、俺は思ってます。携帯ならば誰でも文章を打ち込むことが出来ますからね」
「そ、それはそうだが……」
「じゃあ、前崎くんはもしかして、まだ私たちの中に犯人がいるって言うの?」
市口の視線を受け止めながら、前崎は頷く。
「……残念ながら、そうだと言わざるを得ません」
「そんな……」
「で、でも――」青ざめる市口の横で、絞り出すように小さな声を発したのは、紙倉だ。「凜華さんと加藤さんの部屋は、み、密室、だったんですよね……?」
「はい。それが、この事件最大の謎でした。とりあえず、順番に整理しましょう。まず、第一の殺人事件が起きたときのことです。あの日、部屋から姿を見せなかった冴和木さんを除いたメンバーで朝食を済ませた後、加藤さんが天候を確認しようと、外の様子を見に行き、そこで無数の巨大な足跡を発見したことが、異変に気づいた切っ掛けでした。――そうですよね、相羽さん?」
「――あ、ああ。哲也の声を聞きつけた俺と前崎くんが外に出て、それから全員に知らせようと家に戻ろうとしたところで、二階の、凜華の部屋の窓ガラスが割れていることに前崎くんが気づいた」
「ええ。冴和木さんの部屋は、応答もなく、鍵も掛かっていたため、ドアを壊して中へ入ると、床には彼女の遺体が横たわっていました。現場の様子から、当初は冴和木さん自身が犯人を招き入れ、何らかの方法で密室が作り上げられたのではないかと思われましたが、翌日、今度は警戒していたはずの加藤さんが殺害されたことで、俺たちは余計に迷走しました。加藤さんの遺体はベッドにあり、争った形跡もなかったことから、寝込みを襲われたと考えられます。当然、鍵は掛けていたでしょうから、この時点で、犯人は自由に複数の部屋へ出入りできたというわけです。しかしその方法も、犯人は自分だという遺書を残して、蕪木さんが亡くなってしまったために、解明されず仕舞いで終わったと思われました。――けれど、現場の納屋を調べていたときに、俺はあるものを見つけたんです」
「あるもの?」
前崎はポケットから自分の携帯電話を取り出し、一枚の画像を三人に見せた。
「これは、納屋の入り口傍の柱に描かれていたモノです。皆さんは、これをどう思いますか?」
「どう、って……ただのイタズラか何かじゃないのか?」
と相羽が言えば、紙倉は首を捻り、市口もまた、
「……よく分からないわ……」
一様に同じ反応を示す。
「そうですよね。俺も最初は、なんか変なモノっていう漠然とした感覚しかありませんでした。でも、気づいたんですよ。これが、全てを解き明かすものであるということに」
「こんなものが、何か関係あるっていうの?」
「ええ。とりあえず、ここでは『図式』と言っておきますが、実はこれ、描き残されていた場所も結構重要なんです。――試しに中原」
「は、はい」
「中原がもし、あの入り口に立って外を見たとき、そこから何が見えると思う?」
前崎は窓越しに見える納屋を指差して言った。
「何って、山とか空とかしか……。後はやっぱり、この建物くらいでは?」
そう言うと、前崎は満足げに頷いた。
「まさしくそれだ。もっとはっきり言うならば、この図式は、俺たちが今いる、古民家の、二階の『部屋割り』を描いていたんだ」
「部屋割り?」
前崎は見やすいように写し描きした紙を広げた。
「皆さん、もう一度この図式をよく見てください。上下に分かれた八つのアルファベット、これは、1~8までの数字を英語にしたときの頭文字なんです。一番左下の『O』が『ONE』で1号室、その上の『T』が『TWO』で2号室になり、右斜め下の『T』は『THREE』つまり、3号室……と、ジグザグに繋がっていくわけです。この部屋割りの通りに」
「あっ! た……確かに、同じです!」
中原が興奮気味に声を上げる。
「納屋の入り口からこの二階を見上げると、正面に見える部屋は『1』『3』『5』『7』――。図式でいうところの、下の列『O』『T』『F』『S』に当たります。そして、上の列『T』『F』『S』『E』が、建物の裏側に当たる『2』『4』『6』『8』の部屋。そう考えると、この図式の真ん中、上段『F』 『S』と、下段『T』 『F』の間にある少し空いたスペースも、二階の柱と階段の部分が考慮されたものであることが分かります」
「なるほど……。あ、でも、アルファベットが部屋の番号だっていうのは分かりましたが、肝心の、この矢印はいったい?」
「それは中原も言っていた『線繋ぎ』だ」
「線繋ぎって……同じものを結んでいるって、ことですよね……? けど、何が同じなんですか?」
「ふふ。それは、コイツさ」
前崎はくすりと笑うと、ポケットの中からあるものを取り出して掲げた。窓ガラス越しに差し込んだ太陽の光が、それをきらりと光らせる。
細い棒状の金属に『3』と書かれたプラスチックのタグ……。
「そ、それって……鍵!? え、じゃあ、矢印は鍵を指しているって言うんですか?」
「そうだ。そしてこれこそが、密室トリックの、まさしく『鍵』にもなっていたんだ」
「密室の『鍵』って……どういうこと、ですか?」
紙倉が申し訳程度に手を上げて前崎に問いかける。
「いいですか。俺たちは先入観で、基本的に一つの部屋には、一つの鍵でしか入れないと思い込んでしまっている。けど、この二階の八部屋はそうじゃなかったんです。どうしてそんな造りにしたのかは当事者がいない以上、分からないけれど……この八部屋は、一つの鍵で二つのドアを開けることが出来る仕掛けになっているんですよ。この矢印の通りにね」
そこで思い出したように中原が手を叩いた。
「――――そっか! だから前崎さん、さっき私の部屋に入ることが出来たんですね!」
「まあ、そういうことだ」
下段左から二番目『T』は右斜め上の『S』に矢印が繋がっている。つまり、前崎の部屋である3号室の鍵は、中原の部屋である6号室も開けることが出来るというわけだ。
「ま、待ってよ! こんなこと言いたくないけど、ホントにそんなことってありえるの? にわかには信じられないんだけど……」
市口が困惑したように言う。
「それじゃあ、実際に検証してみましょうか――」前崎はつとめて冷静に言うと、ポケットからもう一本の鍵を取り出した。「これは、4号室――つまり、加藤さんの部屋の鍵です。少し拝借してきました。俺の説が本当にただしければ、この部屋は加藤さんの部屋の鍵で開くことになります。試しにやってみましょう。見ていてください。――中原は、俺が廊下へ出たら、内側から鍵を掛けてくれ」
「わ、わかりました」
全員の視線を受けながら、前崎は3号室の鍵を中原へ預けると、一人、廊下へと出た。
ドアが閉まると、すぐさまロックの掛かった音がして、内側から合図が上がる。
『――前崎さん、掛けましたよっ』
「オーケー。それじゃあ、今からやってみよう」
前崎は『4』というタグの付いた部屋の鍵を、3号室のドアノブの鍵穴へ、ゆっくりと差し込んだ。そして、慎重にその鍵を反時計周りで回していく。
すると程なくして、錠箱の中でそれぞれの凹凸が引っ掛かったような手応えが、摘んだ親指と人差し指を中心に伝わった。これがもし噛み合わなければ、潰れたネジ穴を回そうとするドライバーのようになるはずである。けれど、前崎は微塵の心配も無く、むしろ確信を持って指先に更なる力を加えた。
果たしてその直後、受座であるドア枠側面の溝にはまっていたデッドボルトが収納され、小気味良い音を周囲に響かせたのだ。




